第三章:「鬼社長と、無慈悲な煙の香り」
午後3時45分。
タクマとシンは、会社の事務所に戻ってきた。
「……ただいまーって、誰もいねぇか」
「社長、いないといいな」
「なんでそんなフラグ立てんねん!?」
──カツン、カツン。
奥からハイヒールの音が響いた。
「おかえりなさい、坊やたち♡」
静かに現れたのは、スーツ姿の美しい女性。
完璧なアイライン。紅の口紅。
そして、指にはロングタイプのタバコ。
何より、胸元が……えぐい。
「おおおおっ……出た、“鬼社長”…」
「久しぶりだな……地獄」
社長の名前は葉月。
この会社を一人で立ち上げ、借金回収業界の裏ボスと噂されている。
その目は笑っているのに、心が凍るほど冷たい。
「タクマ、シン。今日の成果、聞かせてもらおうかしら?」
「え、えーとですね……三万円分のタコ焼きと、千円……いや、一万円の回収で……」
「ふーん……」
煙を吐く。
──バゴン!!
書類がタクマの顔面に飛んできた。
「バカ野郎ぉぉぉおおお!!タコ焼きの話なんて聞いてねぇんだよ!!」
「ギャァァァアア!!顔面カラシマヨ地獄ぅぅ!!」
「遊びに行ってんじゃねぇんだよ!うちは慈善団体じゃねぇぇぇ!!」
彼女は机の上に乗り上げ、片足をイスにかけてタクの顔を覗き込む。
視線が……視線がどこ見ていいか困るレベルに刺激的。
「で、どうするの?今月のノルマ、あと20万足りないんだけど♡」
「ひぃぃぃっ……あ、明日から本気出しますぅぅぅ!!」
「君、昨日もそれ言ってたよね?」
「ワイの“明日”は無限に続くんですぅ!!」
シンがぼそっと言う。
「……社長、タバコ。法律的には……」
「法律?あたしの前で“法律”って言ったら死ぬわよ♡」
「失礼しました」
──5分後。
タクマはボロボロ。髪はぐちゃぐちゃ、Yシャツは灰まみれ。
シンは、社長の視線からうまく逃げて無傷。
「なぁシン……俺、生きて帰れた奇跡を讃えていい?」
「今日の仕事、地獄より怖かったな」
「鬼社長……絶対、前世で閻魔様と親友やったわ」
遠くで、葉月が優雅にコーヒーを啜る声が聞こえる。
でもその横には、鉄拳で壊されたマグカップがひとつ。
──この女がいる限り、逃げられない。
地獄よりキツイノルマと、魅惑の香り。
「……なぁ、明日サボったら怒られるよな?」
「怒られるっていうか、殺されるな」
「よし、明日は……全力で逃げる」
「バカか」