第一章:「借金とカラアゲと、滑り台の奇跡」
「なぁシン、あと5分だけ寝かせてくれ……」
「昨日もそれ言ってたぞ」
「人間ってのはなぁ、“あと5分”に人生をかけてんねん……!」
午前10時。
中野区のアパート302号室。
築40年以上、雨の日は天井がちょっと泣くという仕様付き。
そこに住む二人の男、職業:借金取立人。
一人はタクマ。関西から上京して3年目。
東京生活に慣れたようで、たまにボロが出る関西弁男子。
もう一人はシン。東京生まれ東京育ちの、無口な相棒。
会話の70%はタクマが喋り、残りの30%はタクマのツッコミで構成されている。
「つーかお前、朝からスーツって気合入りすぎじゃね?」
「仕事だ」
「だからってネクタイまで完璧って……そのうちネクタイが仕事するぞ」
タクマはソファに沈み込みながら、テレビを付けた。
『ヤミ金業者が依頼人に暴行、警察が調査中』
「……あ、これ。うちの元取引先ちゃうか?」
「名前が一文字違いだな」
「やっべぇな、また警察来たらウチの冷蔵庫のカラッポバレるで」
その時、シンのスマホが震えた。
「……新しい依頼。杉並の一戸建て。逃げた債務者だ」
「また逃げんのかよ〜〜〜。いや、まぁ逃げるよな……俺でも逃げるし」
午前11時45分。杉並区の閑静な住宅街。
タクマはインターホンを押すシンの隣で、壁に背中を預けていた。
「……出ないな」
「今ちょうど、冷凍ギョーザ焼いてる時間とか?」
「……逃げたな」
「もうっっ……オイ!出てこいコラァ!!」
次の瞬間、タクマがドアに全力キック。
──バゴォォン!!
「なぁシン。俺ら、そろそろ玄関ドア職人に怒られるんちゃう?」
「すでに怒られてる。3件前」
「ドア代払うぐらいなら、債権回収あきらめようや」
ポスト口から、ひらりと一枚の紙飛行機が飛び出した。
タクマが拾って読むと──
『今日は心が死んでるので逃げます。借金は来世で返します。P.S. サンダルは左の棚です』
「いや、いらん情報多いねん!!」
「……マメな奴だな」
「変な礼儀やめぇぇ!」
その時、路地の先をピンクのパーカーが猛スピードで走っていく。
「アイツちゃうか!!」
「色的に確定だな」
「追うぞ!取立人魂、見せたるわぁ!!」
──追跡開始。
「止まれぇぇえええ!!返せこのやろう!!」
「すいませぇぇええん!今日の飯代だけでもくださいぃぃい!!」
二人が追いかけるのは、走りながら泣き出した借金男(27歳・無職)。
タクマは道端の自転車を見て、ジャンプしようとする。
「……鍵かかってる!平成じゃあるまいし!!」
「時代に負けたな」
「くっそ〜!東京の防犯意識、ナメてた……!」
一方、シンは無言で電動キックボードを起動。
「待てやぁあああ!!その乗り物ずっるぅぅぅ!!」
5分後。
借金男は公園の滑り台の裏に“隠れた”。
──透明な滑り台だった。
「丸見えやないか……」
「……現代技術の無駄遣いだな」
「突撃してええか?」
「どうぞ」
「借金返さんかぁぁぁ!!」
タクマ、全力タックル。
滑り台が少し揺れた。
「ギャァァアア!ギョーザ買っただけなのにぃぃ!!」
「ギョーザなめんなよ!!レンチンでもうまいんやぞ!!」
近くの子どもが拍手していた。
帰り道、コンビニで唐揚げ弁当を買ったタクマは満面の笑み。
「結局さ、人生ってのは唐揚げと睡眠とギョーザだよなぁ」
「……食い物ばっか」
「いや、今日の債務者もギョーザで人生詰んだんやぞ?なんか親近感湧くやん」
「……そうか。じゃあ次の依頼人にも親近感湧くな」
「なんでや?」
「さっきの男の、妹らしい」
「家族で連帯保証人!?地獄かよ!」
「でもサンダルの位置、教えてくれるからな」
「いらんねんそのホスピタリティ!」