第十一章:「何もない日と、壁の向こうの君へ」
午前9時ちょうど、中野区・302号室。
静かすぎる朝。
鳴らない電話。来ないメッセージ。
テレビの音だけが、部屋の中で虚しく反響していた。
「……今日は、依頼ないらしいぞ」
「マジか」
「社長が“今日は好きにしていいわよ♡”って言ってた」
「……なにそれ逆に怖い」
「俺たち……死ぬのか?」
朝ごはん。
シンはトーストと目玉焼き。
タクマは昨日の唐揚げ弁当の残りをレンチン。
「なぁ……お前、家でまで唐揚げ食う?」
「唐揚げは裏切らんからな」
「女かよ」
午前11時。
タクマは洗濯物を畳みながら、ポツリと呟いた。
「……なあシン。もし俺らが、実は“誰かに見られてる存在”やったらどうする?」
「監視社会の話か?」
「ちゃうちゃう、もっとこう……“物語の中のキャラ”的な……」
「……お前、朝からまたメタいこと言い出したな」
「いやさ、今もやけど……」
(チラッと読者側を見る)
「……そこのお前、うん、お前や。なんかずっと読んどるな」
「え、なに急に?」
「ちょっとトイレ行くから、ページめくらずに待っといてくれる?」
(タクマ、立ち上がってトイレに向かう)
「……オイオイ、マジでページ閉じるなよ?あと3分で戻るからな。
なに?お前?読者か?よし、今は読まんでええ。出すもん出してからまた喋るわ。
……って、トイレで語りかけてる俺が一番ヤバいやんけ!!」
(ドア:バタン)
午後1時30分。
ベランダでアイスコーヒーを飲むふたり。
「……静かすぎて怖いな」
「お前が静かなのは珍しいな」
「いや、あかん……何も起きん日って、逆に落ち着かんわ……」
「事件がない=平和、ってわけじゃないのが俺たちの仕事だからな」
「誰やねん今の名言風ツッコミ」
午後3時。
テレビでドキュメンタリー。
タイトル:「借金と私 ~元債務者の涙~」
「……あっ、これ社長の元カレちゃう?」
「またかよ」
午後5時。
タクマが言った。
「……今日、なんもしとらんのに疲れた」
「何もしてないのが一番疲れるって言うからな」
「なにそれ社会人病かよ」
「俺たち、自由に見えて地獄の社畜だぞ」
(沈黙)
「……なあ、そろそろ“トラブル”起きてええんちゃう?」
「言うな。それ、確実に次回にフラグ立つやつだ」
午後8時。
ふたり、静かにラーメンをすする。
それだけ。
夜10時、就寝準備中。
「……シン、お前寝るときさ、なに考えてんの?」
「今日の夕飯を明日に繋げるレシピのこと」
「地味ぃぃぃ!!」
(沈黙)
「……でも、今日みたいな日も悪くなかったな」
「まあ、たまにはな」
──今日は、ただそれだけの一日。
でも、不思議と印象に残る、そんな「何もない日」。
(カメラがフェードアウトしながら、タクマの声)
「……で?まだ読んどるん?しゃーないな。明日も来いよ?
俺らまた、どっかで暴れてるかもしれんしな」