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冒大付属の磁力使い  作者: 高瀬義雄
序章 純人の立場
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第9話 彼らの全力と本気

鏡月は自分の相手を見て斬り合いに期待していた。

自分には剣術意外に誇れるものが無かったから。


こちらに来てからも毎日の素振りは欠かさず、自分を置いて逝った祖父の幻影を視て過ごしていたのだ。


ザルツとはやってみたが刀を折られそうだし、そもそも剣士ではない。

他に純粋に剣術を競い合える相手がいなかったのだ。


そこに来たのが剣ではなく爪を扱う獣人で、例え話が通じなさそうなやつでも、刃同士を振るえるなら誰でも良かったのだ。


一般的な獣人であれば。


「アハハハハハハハハハ!さアもっとヤロウよ!」


大した傷にならないなら多少の傷すら構わず、こちらを血祭りにあげようとする相手を見て、あまり賢くない自覚がある鏡月でも、普通の精神状態ではないと気づいた。


一応女性なので最初は配慮すべきかと思ったが、太刀筋から全く油断できないと感じたのだ。


おまけに相手が正気でないのなら仕方ない。


正気でないくせに全くブレない爪を見て、相手にとって不足なしと見た鏡月はやる気になった。


「悪く思うなよ。」


凍雲一刀流 弐の型 霰風花(せんぷうか)


霰のような細かい斬撃が敵に噛み付く。


実家の女傑たちを知っている鏡月としては、戦場で性別どうこうは言ってられないのは分かっているが、

正気のない女性を斬るほど男として腐っている訳ではない。それがVRでも。だから峰打ちで済ませようとしたのだが。


「ナニヤッてるの?ハーツマンナ。」


戦う気は有るが殺る気のない斬撃に興醒めしたのか初めてまともな言語が出てくる。


それでもあまり脳が生きているようには見えなかったが。


「ナーニカゲンシテンノ?バッカジャナイノ?」


よく聞くと正気を保ってないのに出てくる言葉は理性どころか抑揚を宿している。


鏡月はようやく相手が魔術を使って理性を保っていることに気づいた。


「まさか自身に精神干渉系の魔術をかけてまで理性を確保してるのか?」


まず精神干渉系の魔術というのは基本禁忌指定されており、許可が無ければ使えないはずだ。


自分達の高過ぎる凶暴性から、独自の精神干渉系の魔術に特化したイリアの一族は、自分達の性分をよく理解していたと言えるだろう。


自身にしか使えず、狂気を保ったまま正気を維持するこの魔術は、軍事利用も難しく悪用もできないため一応見逃されているのだ。


「こうすりゃ文句はないかい?ソンナコトどうでもいいからさア!ヤロウヨ!コッチの方が楽しイカらサ!」


狂気と正気を反復横跳びするイタチを前にした鏡月は

この魔術が一朝一夕のものではないことを察した。


同時にこれまでの爪による斬撃も、理性ある修練の上に成り立っていたことまで看破できたのだ。


「••••••こりゃあ俺が悪いな。謝罪するぜ。日本の侍、三間坂家の一族として。」


「そういう御託いいから早くやってくんな〜い?これでいいんでしょ?」


元よりこちらの方が好みだからイリアは狂気を解放しているに過ぎないのだ。


容姿だけで判断した面倒な男も寄ってこないし。


珍しく完全に狂気を吐き出した彼女は、これ以上は付き合わないと目を狂った獣のそれに変えた。


「その詫びとして俺の全力で行かせてもらう。」


完全に侍としての己となった鏡月は、言葉通り今現在の自身の最高の一太刀を放つ準備をする。


刀身を鞘に滑らせ、何度も行われた修行の果て、一切の摩擦なく刃が定位置に来る。


凍雲一刀流 居合 壱の型 零度 凍々華(とうとうか)


左手で鯉口を切り、右手を柄に添える。

魔力を帯びた刃の魔紋が輝きだす。

鞘走りに最適化された動きが居合の構えを取る。

鞘の魔紋からも漏れた魔力が発光現象を生みながら、収束する魔力から決死の一刀が放たれる。


現代において侍の居合とは二つの意味がある。

表の歴史通りの居ながらにして敵に合う日常の備え、

そして裏はーー


()()()()()()()()()()()ことを意味する必殺剣。

居合というのは次の剣を考えていないからだ。


イリアは反射で獣化を行い、魔剣並みの切れ味を誇る爪と金属のような牙、より強靭で柔らかい筋肉を得ても相手の剣が視えなかった。


だから避けることは諦め、自慢の爪で弾くことを優先した。


切々爪弾き(つまびき)


両手から作られた魔力の爪が神速の居合に沿うように当てられ、流れるように刃を反らした。


彼女はそれを得意としていてそのための技まで持っていた。


そしてそれは最適解だった。


凄まじい魔力によって擬似的な刀身まで展開するその一刀は、イリアの想像以上の射程を誇り、躱すことは現実的ではなかったのだ。


伸びた魔力の刀身から反らしきれず脇に刀傷を負ったイリアは、


(だが致命傷は避けた!殺った!)


こぼれるVRのデータを見ながら振るわれた刀を潜り、無防備な相手の喉笛を掻っさばく。


だが、自分の爪が敵の薄皮に届く数瞬で、敵がまだ残心を解いていないことに気づく。


(この体勢ではもう間に合わないのに?)


樋鳴り残心 氷散華


振り切ったはずの刀を鳴らし刀傷に込められた魔力が収束すると、イリアは彼に全力を出させたことを少しだけ後悔した。


(うっわ。ずっる。)


身体から氷の華が生え、自身を覆い尽くしていき意識が消える。

たまには正気で話していいやつもいるかと、このクソッタレな世界をほんの少しだけ褒めて笑っていた。



ーー全てが終わった時鏡月は一瞬の出来事だったのに随分長い時間が経ったと錯覚していた。


言葉そのままに全力を込めて斬ったので余計な魔力はほぼ無かったのだ。


(あっぶねえええええ。全力じゃなかったら負けてたな。もう何もできねえし。)


もう少し長引いていたら魔力が足らなくてとどめをさせなかっただろう。居合一発で決めて正解だった。


いささかちょっとカッコつけ過ぎたかと思う。

だが彼女の狂気から見ている人はいなかったし、本人は満足していた。


ただ身体が重い。ちょっと張り切りすぎたなと思い

横になった。



ーーアインはここまでの差かと思った。

自分が集団の中では一番強い自覚があり、エイグの鼻もそれを否定はしなかった。


だがエイグは言ったのだ。一番強いのは己の目の前にいる()()()ではないと。


それを知っていながらこの状況は相手にまだ上がいることを意味していた。


学生の中でも上澄みの自覚はあったはずだが

接近戦では相手の足元にも及ばない。


今も自分の意識を一撃で刈り取りそうなフックが眼の前を食い破る。


(参ったな。この距離では勝負にならん。どうしたものか。)


獣化を早めに切りたくはない。相手は海人だが何か一つは手札を隠しているだろう。


獣化したところで殴り合いに勝てる確証もないのだ。


ーーザルツは暫く振りのご馳走に歓喜していた。

自分と本気で殴り合いできる訳ではないが避け続け、

技を放とうとすれば距離を取り躱される。


それでもまともに対応できている時点で彼の中では十分評価が高い方だった。


(最近陸に上がってからはまともにやれてなかったからな。丁度いい。)


それでも飽きてきたため捕まえるために魔術を使おうとする。


だが相手はこちらのペースに乗る気はないようで距離関係なく逃げ始める。


逃走のためではなく、魔術に対して逃げているだけのようでイマイチこちらが主導権を握りきれない。


(だがそろそろかもな。)


痺れを切らしているのはこちらだけではない。

向こうも周りの決着が着き始めたのを見てようやくやる気になったようだ。


「なあ、そろそろ真面目にやろうぜ?逃げてばかりじゃつまんねえだろ?」


ザルツは相手が攻めてくるなら獣化を切って、その制限時間内に決着を着ける気だろうと踏んでいた。


そしてそれは半分正しく、半分当たっていた。


「ここまで勝てる気がしないのは始めてかもしれん。仕方ない、先に使わされるとはな。」


これまでの草食獣のような足運びから肉食獣のそれへと変わる。


しかし彼が切ったのは普通の獣化ではなかった。


自分の身体を部分的に獣化する。

身体にかかる負荷は強靭な筋肉と足腰で無理矢理耐えることで無視する。


身体への負担が大きいが獣化を切ってその間時間稼ぎに徹されれば負けが確定する。


そんなことをザルツは絶対にしないだろうが。

全く面白くないからだ。


だがアインはそれ込みで周りが負けたのを見て、眼の前の相手を倒した後の事を考えていた。


例え獣化を切って眼の前の海人を倒せたとしても、

他を相手するのに獣化がなくては勝負にならないだろう。


「おいおいおいおい、おもしれーなあ、お前!!俺を倒した後の事を考えてやがんのか??そういうことは俺を倒してから考えろよ!!」


ザルツは本当に()()を出しそうになった。その時の覇気はアインの本能に最大級の危険信号を与えた。


だからアインは本能的に獣化を切らざるを得なかった。後のことを考える余裕はなかった。


盛り上がった筋肉が山のように隆起しながら体格を拡張し、それは鍛えられた身体に力だけでなく鋭さを与える。

全ての力を総動員し、今日最高の一撃を放った。


虎狼斬月流 豪斬覇撃蹴(ごうざんはげきしゅう)


右足を下方から後ろに回し、相手に背後を取らせながら筋肉の塊である足を身体を軸にして回転させる。

そのままの勢いで上段に蹴りを入れる。


拳では勝てないと感じたアインは蹴りで勝負した。


ザルツはどこかの流派なら自分を知っている可能性があるかもしれないと思ったが、それなら最初からばれているかと思い、脳の隅に追いやった。


蹴りをわざわざ拳で相手するほど相手の実力が楽観できるレベルではないと感じた。

だからこの海人は文字通りの最適解を行った。


羅甲澪瀑流 堅羅甲


両手の甲殻が肥大化しより堅牢な壁となる。

アインは失策を悟り、ぎりぎりで無理矢理蹴りを曲げた。


蹴り技を空かされたせいで大きく体勢を崩された彼は

敵の方が次の動きが速いことを察して賭けに出た。


ザルツは心の中で謝罪していた。


(殴り合いがしたくてこっちから挑発したのにわりいな。そんな手加減できなさそうなんでな。)


それでも無茶苦茶な軌道で蹴りを曲げた相手を称賛すると、そのままこちらに身体を投げだしてきた獣人にそこまでするかと驚愕した。


(はあああ!?関節技まで仕掛けてきやがるだと!!??)


性格的にここまで負けず嫌いだと思わなかったザルツ

は自分の油断を呪った。


壁を展開していたために鈍重だったせいで相手の組付から逃げられず、後ろを取られる。


羽交い締めにされて重量に任せて引き倒されてから、足までロックされる。


(なりふり構わない方法だが負けるよりましだ!)


グループの中で己が一番の強者である自負を捨てたくなかった彼は、その冷静さに反して非常に負けず嫌いだった。


膂力で勝るこちらががっちりと関節を極めてしまえば終わりのはずだった。


(巫山戯るなよ。)


ザルツの本気の威圧を受けてもアインは動じなかった。


もはやVRであることも忘れて完全に二人だけの世界に入っている。


そこでアインは相手が全く諦めておらず魔力を自分の拳に集めているのを感じた。


(この状況で殴るだと?効くかそんなもの。)


アインは無視して関節を極めた。お互い完全に密着している状況では重心も滅茶苦茶で力も入らない。


それは間違っていなかった。相手が普通の海人ならば。


収束した魔力が甲殻を形作り相手の頭との1cmにも満たない隙間から拳を放る。


途轍もない衝撃に頭をかち割られたアインはそれを自覚する暇もなく意識が飛んだ。



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