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第92話 そして第三王女は舞い戻る

 やってしまった。


 ミアの表情から読み取れる感情を一言で表すのであれば、まさにそれである。

 自分自身がやったことだというのに、信じられない……それほどまでに先の行動は彼女自身にとっても異様なことなのだろう。


 そして、それはミア以外の人間にも言える。

 ルクアはミアとの付き合いは短いが、正直、彼女が自分を守るために戻ってくるとは思っていなかった。


 ミアはルクアを置いて一人逃げた。しかし、それは当然の判断。命のかかった場面で自分のことを大事にするのは自然の摂理。そもそもにして、ルクアが逃げろと言ったのだ。故にその点を恨むことなどありえない。

 故にルクアは思うことはただ一つ。

 何故、と。


 けれども、もう一人は違った。


「愚かな。そこの小僧に免じて、わざわざ見逃してやったというのに、こうして舞い戻り、妾の邪魔をするとはのう」


 理解不能。それが、アルカミラがミアに対して出した答え。

 何故、どうして、といった疑問は持たない。そんなものを問うたところで、自分のやることは変わらないのだから。

 そして。


「そこまで死にたいのならば、仕方あるまい―――望み通りにしてやろう」


 結論を出したと同時、ミアに複数の血の刃が襲い掛かる。

 ―――かに思われたのだが。


「―――させないっ!!」


 突如としてルクアが地面に一撃を放ち、土煙が舞う。それによって、アルカミラの視界は遮られた。


「邪魔だ」


 苛立ちが垣間見える口調。それと共にアルカミラは右手で土煙を一瞬にして払いのけた。

 時間にして、およそ一秒、あるかないか。

 けれども、その僅かな隙をルクアは見逃さない。


 土煙が無くなり、晴れた視界には既に二人の姿はなかった。


「無駄なことを……妾から逃げられるとは思っていないだろうに。まぁ、たまには狩りに興じるのもいいか」


 アルカミラは人外。吸血鬼。人を狩り、人の血を啜ることに何よりも長けている生物。

 故に、彼女の瞳からは誰も逃げられない。

 たとえ、それがどれほどの超人的な身体能力を持った剣士だとしても。



 *****



 ルクアは翔けた。

 自分よりも身長があるミアを抱えながら、全速力で逃げ続けた。だが、それも永遠には続かない。


 手合わせしたルクアには分かっていた。あの少女からは絶対に逃げきれない。きっとこうしている今も追いかけてきている。だからこそ、ルクアの目的は逃走そのものではない。


 一時的にでも、できるだけアルカミラと距離をあけること。そして、ミアを逃がすこと。それが最優先事項。

 ……なのだが。


「うぁぁぁああああああっ!! やったやったやっちゃったぞ!! 死ぬかと思った!! いやマジで本当に死ぬかと思った!! 初対面の時から思ってたけど、アイツやばいって!! 素人の私でも殺気ってのがびんびんに伝わってきた!! っていうか凄いな私!! さっきまで死にそうだったのにこんなにテンション高いとか!! これがあれか!! 死にかけたせいでアドレナリンがばりばり出てる状態ってやつか!!」

「ちょっと黙っててくれる!?」


 ルクアはミアを抱えている姿。そんな状態で大声で叫ぶ彼女に、流石にツッコミを入れざるを得ない。

 その勢いでだろうか。ルクアは思わず問いを投げかけてしまう。


「っていうか、どうして、戻ってきたんだ!!」


 ルクアは離れろと言った。そしてミアは逃げた。それは正しい判断だ。あのままミアに近くにいられれば、ルクアとしては戦いづらかったし、何より彼女が危険にさらされてしまう。いくらミアが強力な結界魔術の使い手だろうと、それが意味のないことだというのは、既に証明されてしまっている。


 故に彼女は間違っていない。

 間違っているのは、彼女が戻ってきてしまったことだ。


「ああ、全く。本当にどうして戻ってきちゃったんだろうな、私。自分でもびっくりだ」


 自嘲しながら、ミアは続けて言う。 


「自慢じゃないが、私は私が何より大事だ。他人のことなんて二の次。外に出るのも億劫で人との付き合いなんて面倒臭いにも程がある。昔馴染みのステインにだって、それで色々迷惑かけてきた。この学校に来たのだって自分の意思じゃない。自分で言ってて何だが、マジでどうしようもない人間だ。実際、一度はお前を見捨てて逃げたわけだしな」

「それは違う。僕が君に離れろと言った。君はその通りにしただけだ」

「けどお前を置いていった。その事実は変わらない」


 命が危険だから、誰かに言われたから。そんなもの、言い訳にならない。

 ミアは逃げた。これは誰にも否定できないことだ。


 彼女も最初はそれでいいと思っていた。自分が残ったところで何かできわけでもない。ミアができることはせいぜい、自分の身を護ることだけ。そんな奴が近くにいても迷惑なのは重々承知。

 けれども、だ。


「でも……逃げてる途中で足が止まったんだ。んで、頭の中で同じ言葉が繰り返されるんだ。これで本当にいいのかって」


 逃げて、逃げて、何もしない。

 今まで自分はそうやって生きてきた。何もできないし、何もやらない。自分のことしか考えないから、自分のことしか守れない。そして、その程度の人間なのだと自覚している。

 王族であること。結界魔術が得意なこと。それ以外は何者でもない、何もできないダメ人間。


 そんな手の付けられない底辺の人間が、逃げることをやめた。

 その理由は至って単純なもの。


「どうやらさ。こんなクズな私でも、友達を見捨てることは、やっぱできないらしい」

「―――、」


 思わず、言葉が詰まる。

 ミアの発言はルクアにとって予想外すぎるものだった。


 魔力はほとんどなく、魔術も使えない。ヨークアン家では多くの人間から見向きもされず、嘲笑されるのが当たり前の存在。

 そんな自分を、だ。

『友達』と呼んでくれる人間がいることが、言葉を失ってしまう程、嬉しかったのだ。


 とはいえ、今は緊急事態。気持ちを切り替える。

 目の前にある脅威に対抗する手段を考えなくてはいけないのだから。


「でもここから先マジでどうしよ。私の結界が簡単に壊されるとか、どんだけなんだって話。さっきの強固なやつだって壊されなかったけど、ほぼ割れかかってたし」


 その通り。二度目のミアの結界魔術は確かに血の刃を止め、ルクアを救った。しかし、強烈な一撃であることには変わらず、ほとんど割れた状態。二度目の攻撃を受ければ確実に結界は貫かれていた。


 だが、それでも防いだことには変わりない。

 だとするのなら。


「……ねぇミア。さっきのよりも頑丈な結界ってまだ作れる?」

「んぁ? いや、まぁ作れるけど……」

「だったら、一つだけ、方法がある」

「え? まじで?」

「うん。ただ……『アレ』を使うにはほんの少し、時間がいる。ミアにはそれまで足止めをお願いしたい」


 現状のルクアがアルカミラに勝つ方法は、最早一つしかない。だが、それを実行するには致命的な弱点があった。

 それを補えるのは、ミアの結界魔術しかなかった。

 危険な賭けだ。本来ならば頼むべきことではない。それを分かった上で、ルクアは敢えてミアに協力を仰いだ。


「それであいつを倒せるのか?」

「倒す。絶対に」


 ミアの問いに即答する。そこにあるのは自信……ではない。

 必ずやり遂げて見せるという覚悟と決意。

 そしてそれは、目の前の少女にも伝わったらしい。


「……よーし。こうなりゃとことんやってやる!! 時間稼ぎに関しては、誰よりも自信があるからな。私もちょっと思いついたことがあるし、目一杯嫌がらせしてやる!!」

「それは何とも頼もしい」


 こうして作戦は決定。

 そしてここから、魔力を持たない剣士と引きこもりの第三王女の反撃が始まるのであった。

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