第87話 灰騎士と鉄壁の護り
ある一族の話をしよう。
その一族は、代々容姿端麗な女性が多く生まれてくる血筋であった。だが、それが災いして多くの男たちがよってたかって彼女たちを求めた。
そんな一族のところに、ある時、亡国の騎士団がやってくる。その騎士たち瀕死の状態であり、一族の者たちはそんな彼らに救いの手を差し伸べた。
騎士団は命を助けてもらったお礼として、一族に対し、絶対の忠誠を誓い、一族を死んでも守ると約束した。
そう、死んでも。
まさに言葉通りであり、騎士団は生前は無論、死後も一族を守る剣として、一族のために尽くした。
それこそが、【灰騎士】。
代々その一族―――フラレテーナ家の長に代々継がれる異名であり、魔術そのもの。
【灰騎士】を手に入れたフラレテーナ家は魔術師としての地位を徐々に確立していき、いつしか名家と呼ばれる程になっていった。
だが、力を持ってしまった結果、フラレテーナ家はそのあり方まで徐々に変貌していくこととなる。
当初は【灰騎士】に対し、敬意と感謝の念を忘れずにいた彼女たちであったが、世代を重ねるごとに薄らいでいく。生前の騎士団に助けられた者たちは彼らとの固い絆で結ばれていたが、それはあくまで当事者の話。その子孫にとっては、【灰騎士】とは自分たちにとって都合の良い駒という価値しかなかった。
一方で、かつて男たちから受けた屈辱、それに対する怨念は逆に代を重ねるごとに膨らんでいった。
そして、いつしか「自分たち女の魔術師は男よりも優秀であり、優先される存在」という意識が強くなってしまう。いや、意識が強くなったというよりは、意識を変えたといべきか。
即ち、男たちへの恐怖から、男たちへの侮蔑に。
滑稽な話である。直接被害を受けたわけでもないただの子孫が、先祖の体験をまるで自分の体験の如く語る。その一方で先祖と固い絆で結ばれていた【灰騎士】をただの道具のように扱う。
まさに堕落の一言に尽きる。
そして、その堕落の集大成とも言うべき少女は、目の前の光景に眉をひそめていた。
「……ちっ」
舌打ちをするグレイス。
彼女は今まさに、己のとっておきの武器である【灰騎士】によって攻撃している。
その刃は鋭く、その鎧は固い。
一人ひとりが並大抵の剣士よりも遥かに強い。それが二十人もいるのだ。普通ならなぶり殺しにされる末路が待っているはず。
だが、ルクアの場合は違った。
「―――っ」
まるで、さも当然と言わんばかりに次々と【灰騎士】達の攻撃を対処していく。
時には剣を木剣で弾き、時にはただ身体を捻るだけで回避する。
その動きに一切の乱れはなく、グレイスの眼から見ても無駄がないのが見て取れる。
正直、ある程度の予想はしていた。
ルクアとギーツ。二人の戦いの様子は、グレイスも見ている。そして、この選抜戦に置いての彼の戦いぶりも知っていた。故に、ある程度は対抗してくるとは分かっていたことだ。
だがしかし、それでも。
(どうして……どうして、あんなにも余裕な態度なんですの……!?)
少なくとも、グレイスにはそう見えた。
先にも言ったように、ルクアの動きに乱れはなく、無駄がない。だというのに、彼は汗一つかかず、その表情に焦りは一切存在しない。
まるで単純作業を粛々とこなすかのように。
それに加えて、だ。
「うぎゃああああああああっ!? くんなくんなくんなぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
何とも情けない声を上げながら、自分の周りに結界魔術を張っているミア。
先ほどから、彼女は一歩も動いていない。【クランケージ】を使った影響で疲れているのか、その場に立ち止まったままである。
無論、そんなものは袋叩きの格好の餌食。
故に、【灰騎士】達が一斉に剣で叩き切る。
……はずなのだが、その刃が届くことはなく、ただただ結界に弾き飛ばされるという結果だけが残っていた。
「この……!!」
思わず、苛立ちの声が漏れる。
ルクアはともかく、ミアに対しても優位を取るどころか、一向に攻撃を与えることができない。
相手は二人。こっちは二十。数の上では圧倒的有利。実際、攻撃を仕掛けているのはこちらの方。
だというのに、全く勝つ気配がない。
その事実に、グレイスは腹が立って仕方がなかった。
そういう人間は、どこかしら隙が生じてしまう。
そして。
「―――そこっ!!」
焦りと苛立ち。それらが生み出した隙を、ルクアは見逃さない。
【灰騎士】達の動きが一瞬乱れた矢先、ルクアは高速で移動し、グレイスの背後を取った。
それと同時に木剣をグレイスの後頭部に直撃させる。
……はずだったのだが。
「―――その対策を、していないとでも思ったのかしら」
木剣は、少女の頭を叩くことはできなかった。
見てみると、空中にできた何かで防がれている。
その正体は灰。
灰がグレイスの後頭部の上で集まり、盾となって彼女を守っていた。
「っ―――」
攻撃が当たらず、一旦距離を取るルクア。
そんな彼に対し、嘲るかのように、グレイスは言葉を告げる。
「あははっ。ええそうね。こういう使役魔術を使う相手は、直接術師を狙うのが定石。でも、考えなかったのかしら。どうして私がこうして無防備にしているのかって」
「……、」
「私達、フラレテーナ家は男から身を守るためにあらゆる手段を講じてきた。そして編み出したのが、この防御魔術。どんな攻撃を一切受け付けさせない鉄壁の護り。たとえ不意打ちを狙ったとしても自動的にこの『灰』がわたくしを守ってくれる」
二十の屈強な騎士たち。それらの護りを今のように一瞬にして抜けたとしても、『灰』によって守られる。
未だルクア達に攻撃を与えられていないグレイスではあるが、それは向こうの同じ。灰騎士と灰の防御。これらがある限り、彼らも自分を傷つけることはできないのだから。
「分かったかしら? 貴方じゃ私に一太刀を浴びせることができないってことを」
「―――いや。今ので、大体理解できたよ」
「……は?」
思わず、言葉が漏れる。
理解できた、とルクアは言った。それはどういうことなのか。あまりにも意味不明な言葉に苛立ちをさらに募らせたグレイスが問いただそうとした次の瞬間。
「ふんっ!!」
ルクアの木剣の切っ先が、グレイスの腹部に叩き込まれたのであった。




