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第85話 決着。そして異常事態

 目を開けると、眼に入ったのは見知らぬ天井……ではなかった。

 結界に覆われた青空とそこを飛び交う鳥。

 それらを目にした時、リューネはようやく自分が地面に突っ伏していることに気が付く。


「随分早いお目覚めだな」


 ふと声がした方へ視線を向けると、ボロボロになりながらも余裕な態度を崩さないステインの姿があった。


「ボク、どれくらい気を失ってた?」

「五分も経っちゃいねぇよ。戦ってた時も思ったが、中々タフだな」


 それを言うのなら、そっちもだろう。

 見るからにして、ステインの状態はひどいの一言に尽きる。体中、どこを見ても血だらけであり、痛々しい。だというのに、そんなことなど一切感じさせない雰囲気で未だ平然な顔をしている。

 はっきり言おう。信じられない。

 いや、信じられないと言えば、もう一つ。


「全く……【恐拳】って異名のくせに、蹴りを使ってくるなんて……」


 それが、リューネを仕留めたものの正体だった。

 あの瞬間。リューネがステインの後頭部に一撃を与えようとした時、ステインは行ったのは回し蹴り。

 無論、ただの回し蹴りではない。『瞬放』を使った、超高速での回し蹴りである。

 まさか、あの場面で蹴り技を使ってくるなど、思いもしなかった。

 油断。まさにその一言に尽きる。


「んだよ。卑怯っていいたいのか?」

「いいや。意表を突いた最高の技だったよ。それと、キミが蹴り技をしてこないって勘違いしたボクが未熟だった」


 リューネが調べた限り、ステインは拳や蹴りで戦うことが多い。だが、その中で技と呼べる代物は拳に限定されていた。

『直閃』然り、『螺威光』然り。

 だからこそ、強力な技であるのなら、拳がやってくるという先入観が、リューネのどこかにあったのだ。


「まぁ、実際のところ、アレは俺の技じゃねぇ。俺に戦い方を叩き込んだどこぞの馬鹿が得意だった技だ。そいつを見様見真似でやっただけ。実際、本物の『旋風』は威力も速さも倍以上だ」


『旋風』。瞬放を使った回し蹴りという至ってシンプルな代物だが、その速さと威力は御覧の通り。距離を詰めてくる敵に対しての技である。

 とはいえ、ステインの言った通り、これは彼の技ではなく、それ故に得意とは呼べない。だからこそ、普段は使わないし、本来の威力は出せていないのだ。


「うわ~……それ喰らってたら、ボク確実に死んでたね」

「だろうな」


 淡々とステインは事実を口にする。


「それにしても、キミって奴は本当に容赦がない。女の子相手にここまでボコボコにするなんて」

「良く言う。あそこまで煽っておいて」

「違う違う。そういうことじゃなくて……手を抜かないでくれて、ありがとうってことさ」


 普通の男ならば、相手が女という時点でどこか手加減をしてしまう。それは男女差別とかそういう意味ではなく、男の根底に刷り込まれた常識。それがいい悪いかは人それぞれだが、それでもためらう男が大勢いるのは明白だ。


 だが、ステインは違う。

 徹底的、完膚なきまでに拳を振るってきた。他人からしてみれば、それは非常識なことだろうが、しかしリューネにとってはそれが嬉しかった。

 手を抜かないということは、即ち、ステインが本気で自分の相手をしてくれているという意味なのだから。


「全力だった……いや。全力以上を出したはずだった。なのに、まだ追い付かないなんて……」

「阿呆が。そう簡単に負けてられるか」

「いうね……って言っても、まぁ、実際のところ、ボクのとった手段は正々堂々なんてもんじゃなかったけど。グレイスと手を組んで、キミたちを散々引っ掻き回した上での戦いなんて、どう考えてもフェアじゃあない」


 その点だけが、少しばかり心残りだった。

 これはあくまでサバイバル戦。正々堂々、なんてことが通用する場所ではない。それでもグレイスのやり口は正直リューネにとっては好ましいものではなかった。諸々の都合で彼女と手を組むことになったとはいえ、やはりどこか後ろめたさを感じてしまう。


「阿保か。あの程度の裏工作で俺に何か支障があるとでも?」

「あはは。確かに」


 言われ、リューネは改めて思う。

 そうだ。あの程度の工作など、彼らにとっては小石を蹴とばす程の作業に過ぎない。だからこそ、リューネはステイン達と戦えると信じていたし、実際そうなった。


 本当に、まごうことなき、敗北。

 これ以上の言い訳はできず、納得する他ない結果にリューネは満足していた。

 けれども。


「でも、諦めないよ、ボクは。いつかきっとキミに挑戦して、必ず勝つ」


 納得もした。満足もした。

 だが、それで終わるわけではない。

 これは過程。諦めるわけではなく、最後には絶対に勝つのだと、リューネの瞳は語っていた。


「上等だ。いつでも相手してやるよ」


 ステインは笑みを浮かべながら、ただ短く答える。


 これにて【恐拳】とそれに挑戦する少女の戦いは、ステインの勝利によって決着。

 それによって、この選抜戦という名のサバイバルも幕を閉じたのであった。








「あの……」


 ―――かに思われたのだが、物事はそんな簡単には終わらない。


 不意に、今まで口を挟まず黙ってみていたシルヴィアが、ここにきてようやく言葉を発する。


 ステインとリューネが、あまりに戦いに集中していたせいで、ここまでただ見守っていたのだが、状況がそれを許さない事態になっていた。


「そうだった。キミにも迷惑をかけたね。本当にすまない」

「ええっと……それは別に。そこまで迷惑をかけられたつもりないし」

「あははっ。あれだけの人間を相手したっていうのに、その発言。本当、キミらは常識では測れないね」


 相変わらずの天然発言に、リューネは笑い、ステインは溜息を吐く。

 そんな二人に対し、シルヴィアはいつものように無表情のまま言葉を続ける。


「私が言いたいのは、別のことっていうか、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「? 何だい。ボクはもう負けた身だ。答えられることなら何でも答えるよ」

「そう。そこについてなんだけど……貴方は気を失った。その上、こうして意識を取り戻しても再戦するつもりはない。これって負けを認めてるってことでいいんだよね?」

「そりゃまぁね。ここまでされて、もう一回! なんて元気はないし、そこまで恥知らずじゃないつもりだけど」


 それこそ今更の話。

 リューネは思う存分戦い、そして負けた。それを覆すつもりなど毛頭ない。それはステインも分かっているし、シルヴィア自身も理解していることだ。

 では、何故そんな質問をしたのか。

 答えは明白。






「それじゃあ……なんで、貴方はまだ『退場』になってないの?」




 


 もう一度言う。

 この選抜戦は二つのエリアに分かれたサバイバル。

 気絶するか、敗北を認めればその参加者は『退場』し、そして片方の参加者が敗北すれば、もう片方も強制退場する仕組みになっている。


 ならば、だ。

 気を失い、且つ負けを認めているリューネが未だに『退場』していないのは何故なのか。


「……、」


 たった一言。その単純で、当たり前の問いによって、ステイン達は、自分たちが今まさに『異常』に巻き込まれていることを理解したのであった。

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