第84話 転移少女の意地
そこから先は、もう魔術師の戦いではなかった。
自分の傷を全てステインに押し付けたリューネだったが、しかしそれを決定打にできなかったことは大きな誤算。それは認める。
だが、それでも今の状況がどちらに有利なのかは一目瞭然。
ステインの状態はボロボロだ。いくら【恐拳】と言われている男でも、傷だらけでは相手にならない。故にリューネの圧勝だ……そう考えるのが普通だろう。
けれど、現実はそんな甘いものではなかった。
「ふんっ!!」
体中から血を流しながらも拳を振るい続けるステインにリューネは翻弄されていた。それは自分の作戦が通用しなかった故の動揺も確かにあったのだろう。
だが、それ以上にステイン自身の実力と気概が彼女の想像の斜め上を行っていた。
傷だらけの拳。血塗れの顔。体中に走る激痛。
それらを全く意に返さない動きでステインは戦っていた。
あり得ない。
ただ立つだけ、動くだけならまだ分かる。だが、ステインは普通に戦っていた。まるで、自分の身体の状態など気にしないと言わんばかりに。
リューネは知らないことではあるが、彼にとっては満身創痍で戦うことなど珍しくもなんともないこと。
魔術を使わず、魔術師を相手にするということはそれだけリスクが大きい。いくら『絶喰』があるからと言って、絶対無敵というわけではない。リューネのように『絶喰』の穴をついてくる者は少なくなく、そもそも魔術を使わずに倒そうとしてくる奴もいる。故に、ステインの怪我は日常茶飯事のこと。
そして、だからこそ、彼はどんな状態でも戦えるように身体を鍛えている。
これは、たったそれだけの話なのだ。
「そらっ!!」
「―――ぐっ!?」
転移魔術をしたリューネの先を読んだステインの拳が叩き込まれる。
傷によって少しは集中力が欠けていると思ったリューネだったが、それも甘い考えだと身に染みた。むしろ、ダメージを負ったことで逆にステインの動きと読みはどこか洗練されたようにも感じ取れる。
(ああ、ほんと……凄すぎるだろ、キミ。ちょっと卑怯じゃない?)
心の中で思わずそんなことを呟いてしまう。それだけ、ステイン・ソウルウッドという男は規格外すぎる。
完全無敵の男、ではない。それは彼が傷だらけで血塗れな見た目をしていることから明らか。彼の恐ろしいところは、そんな状態でも戦えてしまう意思の強さ。そこをリューネは見誤ってしまったのだ。
(このままだと……)
先ほどから転移魔術で移動しながらリューネも攻撃をしかけているが、一向に決定打を与えられていない。それどころか、魔術を使った代償のダメージがどんどんと蓄積されていく。
既にステインもリューネも身体はボロボロ。それゆえに【チェンジリング】はもう使えない。
着々とリューネは自分が追い詰められているのを実感していた。
だというのに。
「お前。この状況でよく笑えるな」
その指摘に、リューネは一瞬戸惑ってしまった。
「……ボク、今笑ってた?」
思わず、そんな問いを投げかけてしまう。
ステインの言葉は尤もだ。リューネはどこからどう見ても満身創痍。既に自分の手の内を全て見られ、対応されてしまっている。
はっきりって、リューネは追い込まれていた。
だというのに、何故か笑みを浮かべてしまっていた。それも、自分のことだというのに、今の今まで気づくことがないくらい、無意識に。
「ああ。これ以上ないってくらいにな。何だ。自覚なかったのか」
「恥ずかしながら、ね…」
全く、戦闘中に気づかず笑ってしまうとは、自分はいつから戦闘狂になってしまったというのか。
……いや、それも無理もないこと。
何せ、今、自分は望んだ相手とこれ以上なく本気のぶつかり合いをしているのだから。
「自分でも分からないくらい、楽しくなってたみたいだ……」
「楽しい、ね……なぁ、お前、何で俺と戦いたがってんだ?」
当初、ステインは目の前の少女に何かしらの恨みつらみを買ってしまっていたのだと思ったが、そうではないのはこれまでの戦いで明らか。
憎悪や嫌悪と言った感情をステインは今まで何度もぶつけられてきた。だが、リューネからはそれがない。
純粋に戦いを愉しんでいる。それは先ほど無意識の内に笑みを浮かべていたことから明らか。
だからこその疑問。
「何でって……そりゃあ決まってるさ――――憧れの人に勝ちたいってのは、そんなに不思議なことかな」
その答えに、ステインは目を大きく見開いてしまう。
「一年の時……キミの戦いを見た。ボクの兄……ガルドバ・ロミネンスがキミに叩き潰される姿を」
【壊炎】ガルドバ・ロミネンス。
その名前をステインは忘れたことがない。
当然だ。ステインが叩きのめした連中は数知れないが、その中でも何度殺しても飽き足りない者はそうそうないないのだから。
「ボクや母さん、家の女の人たちは、あの男に散々な思いをさせられてね。女をモノとしか扱わず、自分以外の弱い奴を遊び道具としか見てなかった。そんな男が、まるでボロ雑巾のような姿になって泣いて喚いて命乞いをして……それを見て、ボクは心の底から思ったんだ。ざまぁ見ろって」
ひどい言いよう……とは思わない。
自分を虐げていた者の情けない姿。それを見れば、誰だってそう思うのが普通だ。
けれど、リューネの中にあったのはそれだけではなかった。
「でも、それ以上に……自分もキミのようになりたいって思った。周りが何を言おうと、どんなことをしてこようと、そんなの知ったことかって言い返すように堂々した立ち振る舞い……そんな人間に、ボクもって」
ロミネンス家では女の地位は低い。
殴られ、蹴られ、嬲られても、我慢しなければならない。そういう風に教わり、育ってきた。どれだけ間違っていようと、常識として叩き込まれた。
けれども、目の前の男が、その全てを壊してくれたのだ。
「分かってるさ。分不相応なことくらい。それでも……それでも、ボクは変わりたかった。こんな弱い自分から、キミのような強い人間に……」
男だから、女だから。そんなものは、ただの言い訳であり、自分が何もしなくていい理由にはならない。
何故なら、周りからの反応や侮蔑、そういう諸々を受けても尚、ステインという男は自分を貫き通した。
そういう男のようになりたいと思うのであれば、自分もまず、当たり前という縛りをかなぐり捨てなければ何も始まらない。
「だから、キミを倒して証明したかった。周りに、あの家の連中に、何より……自分自身に。こんなボクでも強くなれるんだって」
故に、リューネはこの一年、必死に努力してきた。
魔力があっても、魔術を使えば身体にダメージが入る。そんな自分にできることが限られているのは百も承知。
既に目標は見えている。ならば、そこに向かって足を進めるだけ。
たとえそれがどれだけ小さな一歩でも。他人からしてみれば、笑われるような努力でも。
彼女が何もしない理由は、既に無くなっているのだから。
「おいおい……お前、ホントにあいつの妹か?」
思わず、ステインはそんな言葉を呟いてしまう。
「あんなゴミクズの血縁だったのに、何でこうも性格が違うんだ? はっ。全く、世の中ってのは本当に訳分かんねぇな」
心の底からの言葉。
ガルドバ・ロミネンスはどうしようもない男だ。もうそれ以外の言葉ないくらい、愚劣で卑劣。本当に最底辺のクズと言っていい。既にステインの手によってガルドバは破滅している。魔術師としても、人間としてもまともな人生を送れない。それだけのことをあの男はした。
そんな、そんな男の妹が、だ。
どうして、こんなにも輝いて見えるのだろうか。
血塗れであり、ボロボロであり、窮地に立たされている。
けれど、それでもあきらめず、逆に笑みを浮かべて戦う彼女を見て、ステインは惨めだとは微塵も思えない。
本気であり、全力であり、己というものを全て出し切ろうとしている。
ああ、本当に何もかもが違う。違いすぎる。
そして、だ。
リューネとガルドバ、二人において決定的な違いは。
「あの野郎と戦った俺だから言ってやる……少なくとも、今のテメェは、あのゴミクズの何十倍も強ぇよ」
「―――っ、」
その言葉に嘘はない。
ここで偽りの言葉を並べることこそ、目の前の少女への最大の侮辱。
だからこそ、ステインの言葉はただの事実。正真正銘、彼が思っていることであり、それ以上でもそれ以下でもない。
「―――ありがとう。その言葉を聞けただけでも、ボクはキミと戦ったかいがあった」
同情ではない。ただ、当たり前のことを言っているだけ。
恐らくステインにとってはその程度の認識なのだろう。
けれど、だからこそリューネにとってはそれが何よりの救いでもあった。
きっとステインは気づいていない。
今のたった一言で、リューネが今までの人生の中で一番うれしく、泣きそうになったことを。
だが、涙を流している時間などない。
今、自分たちがすべきことはたった一つなのだから。
「んじゃ……そろそろ」
「ああ……決着をつけよう」
それが最後の言葉であるかように、少しの間静寂が周りを支配した。
互いに相手を睨みあいながら、動かず、ひたすら待つ。風の音、鳥の鳴き声、草木が揺れる音……それらしっかりと耳に入るくらい。
永遠に続くかと思われたそれを最初に破ったのは、リューネの方。
何の前触れもなく、転移魔術を発動した。
その先は、ステインの眼前。
「―――っ」
だが、ステインはそれを先読みしていたかの如く、タイミングを合わせて己の拳を叩きこんだ。
……はずだったのだが、しかし彼の拳は何も捉えることはなかった。
気づけば、リューネの姿は彼の背後にいた。
連続転移。
ステインがリューネの転移先を読めるのは今までの戦いの中で理解した。
なら、転移したあとの転移先は、どうだろうか。
通常ならそれも可能かもしれない。だが、今のリューネはズタボロ。転移魔術を一度しただけでも相当なダメージになり、連続で使用などできるわけがない。
その思考を逆手にとっての奇襲。
無論、代償としてのダメージは絶大。二度目の転移をしたリューネの身体にはこれまで以上の激痛が走っていた。
だが、それに見合う対価、つまりステインの隙をつくことはできた。
(後ろ、とった!!)
無防備。今のステインはまさにそれであった。
(キミの必殺技は距離を取らないと使えない技がほとんど。どれだけ強力でも、この至近距離では、使えないはず―――!!)
ステインが公式戦で見せている技は二つ。
『直閃』と『螺威光』。
どちらも超強力ではあるが、リューネの言う通り、距離を取らなければ使用することができない代物。ほぼゼロ距離のこの状況では絶対に使うことはできない。
そして、どんな強靭な人間でも急所に一撃を加えられれば倒れてしまう。
それはステインも例外ではないはず。
狙うは後頭部。
人間にとって頭部は頑丈に作られてはいるものの、急所のオンパレード。どんな屈強な人間であっても、強烈なのを叩き込めば、とどめの一撃になりうる。
今から防御の姿勢に入っても遅い。既にリューネの拳は、あと数ミリという距離まで迫っていたのだから。
だが、しかし。リューネは最後の最後で、読みを外してしまう。
ステインが使える強力な技が、二つしかないという思い込みによって。
「―――お前、最高だったぜ」
瞬間。
超高速でステインが放った『何か』が、リューネの脇腹に直撃し、彼女の意識を刈り取ったのであった。




