第78話 追い詰められる女魔術師
「あ、あり得ませんわ……」
グレイスは、思わず目の前の光景を見てそんな言葉を呟いてしまう。
彼女の眼前にあるもの。それはただの森。
そう……ただの森だけ。人っ子一人もいない、静かな木々がただ広がっているだけであった。
先ほどまで、何十人もいた自分の部下たち。その一人ひとりが次々と姿を消してしまう光景を目の当たりにしてしまった。
今一度言うが、彼女たちが消えたのは、魔術的攻撃を受けたからではない。
もっと単純な、そしてだからこそ、グレイスにはどうしようもないこと。
つまり、向こう側の部下たちが全員やられ、こちら側の仲間も全滅したという事実。
「こんな、ことって……」
あまりのことに、呆然とするグレイス。
これは混戦のサバイバル。何が起こるかは分からないのは理解していたつもりだ。故に、一人や二人が、いきなり退場してしまう、なんてことは想定済み。
だが、流石に一気に部下が消える、なんてことは想像だにしていないことである。
『これはまた、随分とやられたもんだね』
ふとその時、連絡用の魔術道具から、リューネの声が聞こえてくる。
「っ!? 貴方、無事だったのですか……!?」
『当り前さ。キミがまだ退場になってないんだから。キミがボクに課した「要求」をこなしていたから、本拠地にいなくてね。おかげで、何とかまだ無事さ。今のところは、だけどね』
グレイスが未だ退場していないことから、リューネが脱落していないのは言うまでもない事。そして、口ぶりから察するに、彼女は確かに無事のようであった。
「そちらの状況は?」
『ダメだね。今、本拠地の中にいるけど、終わった後だ。この様子だと、ここにいた者たちは全滅だろう。一気に攻め込まれて、一網打尽にされたって感じかな』
その予想は当たっていた。少なくとも、グレイス以外の者たちが全員消えたことで逃げ切れた者はいないと考えて言い。
『で? そっちに残ってるのは何人?』
「……わたくし以外、全滅ですわ」
『ありゃりゃ。っということは、外にいた子たちもやられたってことか』
見張りのため、リューネのように、本拠地以外で活動していた者も数人はいた。だが、その者たちとも連絡が取れないとなれば、やられたと考えるのが妥当な判断だろう。
『これはもう、詰みかな』
「何ですって?」
『だってそうだろう? 少し前に聞いたキミの情報だと、賞金目当ての連中は、今頃ルクア・ヨークアンに叩きのめされているはず。そして、君の部下はステイン・ソウルウッドとシルヴィア・エインノワールに倒された。つまり、君の手駒は全て無くなったってわけだ』
「……何がいいたいんですの?」
リューネの言葉に、グレイスは問いを投げかける。
回りくどい言い方をするな、と。
その言葉を理解したのか、リューネは言葉を続けた。
『あれだけ無茶な戦力投入をした上で、この有様。ボク、言ったよね? 罠じゃないかって。だと言うのに、キミは策を講じていると言って聞き流した。まぁ、ボク自身、強く訴えていなかったから、責められた立場じゃあないけど』
「くっ……」
『とはいえ、キミの部下たちが全員消されたのは痛い。これは、本拠地を一つだけにしていたがために、全員を叩きのめされるハメになったわけだけど……まぁ、そこまで気にしなくていいと思うよ。連絡地点を分散させていたとしても、きっとあの二人には見つかっていたと思うし』
ステインとシルヴィア。この二人が手を組んだ時点で、リューネ側の戦力はいずれ壊滅状態に追いやられれることは目に見えていた。
以前、ステインだけでは、探査能力がないとグレイスは言った。しかし、最強の魔術師と謳われるシルヴィアと一緒になることでそれも解消。どうやってかは具体的には分からないが、シルヴィアがこの本拠地を見つけ、ステインと共に崩壊させたのは誰の目から見ても明らか。
最強と最恐。あの二人を相手に正面から戦って勝てる者など、この学校にはいないだろう。
故にこの結果は仕方のないこと。
その上で。
『けれど、キミの戦力が無くなったのは覆せない事実だ。それは受け入れなきゃいけない』
それが今、グレイスが尤も問題視すべき事柄であった。
一方がやられれば、もう片方も負ける。その仕組みを使い、グレイスはルクアとミアに戦力を一点集中させ、潰すつもりだった。
だが、それを逆に利用され、彼女の戦力は最早ほぼゼロ。ルクアとミアを倒し、同時にステインとシルヴィアを退場させるというシナリオはもうほぼ不可能となったわけだ。
『さて……そろそろ、ボクは行くとするよ』
「行くって……貴方、何をするつもり? まさか、彼らと戦うつもりじゃないでしょうね? そもそも貴方には……」
『別の仕事を任せるって? 残念。その仕事はもう終わらせている。君に言われた通り、あの二人以外の敵は全部片づけておいたよ』
さらりと。
まるで買い物でも済ませたかのような言い草で、リューネはとんでもないことを言い放った。
この選抜戦において、半分以上の者たちがグレイスの側についていた。彼女の部下の者、賞金が目当ての者。多くの者が、グレイスの手駒として動いていた。
そして、それ以外を排除するのがリューネの役目。無論、彼女だけがその役目を負っていたわけではない。
そして、リューネは全て片付けたと断言した。
無論、それが嘘という可能性もあるが、この場でそんな嘘をついて、何もメリットはないのは明白。
何より、彼女ならば、それだけの実力があることをグレイスは知っていた。
けれど、それでもグレイスは認めることはできなかった。
「いいえ。いいえっ!! だとしても、勝手に出ることは許しませんわ!!
『勝手? どの口が言うんだい? これまで散々ボクの助言を跳ねのけておいて。それに、組む時にいったはずだ。ボクがステイン・ソウルウッドと戦うこと。これがボクがキミと組む条件。そして、もうボクが戦ってはいけない理由はどこにもないはずだ』
自分が課せられた役目は果たした。そして、グレイスの手駒は全ていなくなった。
残ったのは、自分たちを含め、三組。グレイスの手数を活かすという戦法が取れない以上、やるべきことは決まっている。
つまり、自分たちが直接戦うということ。
無論、それは大変なリスクが伴う。今までのような手駒を使って相手を攻めるのとはわけが違う。少なくとも、どちらかが敗ければそれまでなのだから。
けれど、最早それしか手段がない。
『ボクが敗けるのが心配なら、キミも早く行動するといい。まぁ……未だに言い訳を続けて、自分から動くこともしないというのなら、それもそれでアリだと思うが』
「貴方……っ!!」
『君に残された手段は、君自身が出るか、それともボクに任せるか。二つに一つだ。よく考えて決めることだ』
それじゃあ、と言って、リューネは通信を終える。
「くっ……!!」
リューネの言葉。あれは本当に戦いに行く気なのだとグレイスは察した。
そもそもにして、彼女はステインと戦うために自分と組んでいたにすぎない。そして、この状況で最早リューネを止める手段はなく、その理由もなかった。
「このままではまずいですわ……」
グレイスは彼女の実力を知っている。
だが、相手はステインだけではなく、シルヴィアまでもいる。その二人を同時に相手するというのなら、彼女が勝つ確率は限りなく低いと言える。
だとするのなら。
最早、グレイスが取るべき道は、一つしかなかった。
「……いいでしょう。リューネ。貴方の言葉に乗せられるのは不本意ですが、わたくしもやるべきことをやりましょう」
言いながら、グレイスは懐から小さな水晶を取り出した。
「どんなことをしてでも勝つ……ええ、どんなことをしてでも」
まるで自分に言い聞かせるかのような言葉。
そんな事を呟きながら、グレイスは己の戦場へと向かったのであった。




