第75話 崩れていく女魔術師の陣営
【クランケージ】
それは、先日この迷森であった襲撃事件の犯人・ゲルスンが使った結界魔術。
その効果は、範囲内にいる全ての魔術を封じるというもの。
無論、そんな魔術が簡単に使えるわけがない。上位の魔術師どころか、異名を持つ魔術師でさえ使えないと言われる超高等魔術。
ゲルスンが使えたのは、禁薬の力があってこそ。本来なら彼などに扱える代物ではない。
だがしかし、結界魔術ということに変わりはない。
そしてここには―――結界魔術において、右に出る者はいない少女がいた。
「ちくしょう!! 本当に魔術が使えねぇ!!」
ルクア達を追い込んできた者たちは、各々自分の状況に困惑していた。
魔術が使えなくなる結界……噂には聞いていたが、自分がその中に入り、実際に体験してしまうのとでは話が違う。
驚く一同に対し、ミアは声高らかに言い放つ。
「なーはははははッ!! どうだ参ったかお前達!! これでお前達は魔術は使えない!! お前らが常日頃から馬鹿にしている、ただの人間と同じだ!!」
ただの人間。
一見何の変哲もないその言葉は、魔術師である彼らにとって、侮辱同然の言葉であった。
だが、彼女の煽りはそこで終わらない。
「なぁ? どんな気持ちだ? 今まで散々魔術使って追い回してきたくせに逆に魔術を使えなくなって追い込まれた気分は? なぁ? なぁ?」
ミアはこれでもかと思う程、挑発を続ける。その言葉の端々には、どこか日頃の鬱憤を晴らすような感じがするのは気のせいではないのだろう。
無論、そんなことを言われて、黙っている連中ではない。
「くそが!! 調子にのんじゃねぇぞ!!」
「テメェが攻撃魔術を使えないことには変わりねぇだろ!!」
「こんなことしても時間の無駄だろうがっ!!」
「テメェなんざ、魔術使わずにぶっ殺してやる!!」
殺意マシマシの暴言の数々。実際、彼らの瞳にはミアを殺すと言わんばかりの感情が溢れかえっている。まぁ、ミアの態度からして当然と言えば当然の反応だろうが。
いつもの彼女ならば、怒声を浴びせられただけで、涙目になっていただろう。
だが、今日のミアは一味違う……残念な意味でだが。
「確かに、私は攻撃魔術が使えない。それは事実だ。だが、お前ら、大事なことを忘れていないか? 今、私は誰と組んでいるのかを」
通常、【クラウンケージ】を使っただけでは、形勢逆転とはいかない。何故なら、彼らが言う通り、ミアは攻撃魔術を使えない。相手の魔術を封じたところで、身体能力がひ弱な彼女が素手で百人以上も相手をして勝てることなど皆無。
けれど、今の彼女にはその攻撃手段が存在する。
魔術が使えないこの結界の中でも、自分の力を十全に発揮できる存在。
そう。ミアがここまで大きな態度を取られる要因。
それが、今の彼女の相方―――ルクアにあった。
「「「……っ、」」」
魔術師たちの顔色がどんどんと青ざめていく。
どうやら彼らも気づいたらしい。
だが、もう遅い。
「さぁ、トイレはすませたか? 女神にお祈りは? 結界内で逃げまわりながら命乞いする心の準備はOK?」
不敵に、そしてこれまでに見せたことがない笑みを浮かべるミア。
そうして、彼女は言い放つ。
「っというわけで、―――やってしまえ、私の秘密兵器よ!!」
それと同時に、ルクアがミアの前に立った。
しかし、その表情はどこか複雑なもの。
「……何というか、色々言いたいことはあるんだけど……」
調子に乗りすぎているミア。きっとここにステインがいれば、彼女の頭を鷲掴みにして「調子に乗るな」と言っていることだろう。
加えて、この状況。圧倒的自分に有利な場面で力を振るうことに、少々躊躇いがある。
けれども、だ。これは選抜戦。彼も勝たなければならない立場にいる。故に、卑怯だなんだと言っている場合ではない。
故に。
「とりあえず、悪いけど全員、倒させてもらうよ」
覚悟を決め、ルクアは百人以上の相手に突っ込んでいったのであった。
*****
当然、というべきか。【クラウンケージ】については、すぐにグレイスの耳に入った。
「くっ、あの引きこもりが、あんな魔術を使えるだなんて……」
想定外すぎる展開。
確かに、ミアが結界魔術に長けていることは分かっていた。だが、それでもここまでの超高等魔術を使えるとは予想などできるわけがない。
「グレイス様。いかがなさいましょう」
「ふん。問題ありませんわ。あの結界内にいる連中は、使い捨てのただの駒。わたくしの部下たちには結界が解除されるまで待機を命じておいて」
しかし、意外にもグレイスの動揺はそこまで長くなかった。
確かに一瞬、焦りはしたものの、即座に冷静さを取り戻し、部下に命令を下す。
「あの結界魔術は確かに脅威的なものだけれど、長時間張り続けられるものではありませんわ。恐らくは一時間……いいえ、三十分も持たないはず。そして、一度解除されてしまえば、あれだけの魔術、即座に発動させることは困難。そこを狙い、確実に潰しなさい」
強力な魔術程、消費する魔力はけた違いに多い。そして、魔力を消費すれば魔術師は体力を消耗してしまう。そうなれば、隙も多くなり、弱点をさらしてしまうわけだ。
ルクアに関してもそう。どれだけ強かろうとも、百人を相手にすれば、いくら彼でも体力を消耗しないわけがない。
体力が消耗しきったその時を狙えば、誰であっても隙をつける。
(勝った……今度こそ、勝ちましたわ。これで、ようやくわたくしたちの悲願が達成される)
ルクアとミア。この二人を倒せば、彼女が本当に倒したい二人……つまりはステインとシルヴィアを敗北に追い込むことができる。
そして、自分たちの勝利によって、今年の代表となることができ、姉の汚名を返上することができるのだ。
そうして、勝利が確実になったと勘違いしてているグレイス。
しかし、だ。
彼女は完全に忘れていた。
自分たちが敵に回しているのは、何もルクアとミアだけではない、ということを。
「承知しました。では、早速結界が解けた後の作せ――――」
瞬間。
報告をしていた女子生徒が、グレイスの目の前から消失した。
「…………は?」
思わず、そんな声を漏らしてしまう。当然だ。人が目の前で唐突に消えたのだ。驚かない方が無理というもの。
けれども、グレイスの驚きは、そこで終わることはなかった。
「これは一体、な―――」
「え、嘘。どうしていきなり消え―――」
「至急、状況の確に―――」
それぞれが、自分の言葉が言い終わる前に、次々と消えていく部下たち。
混乱と困惑。それらが伝播するかのように、少女たちは焦り、叫びながら、けれどもその消失は止まることを知らずに続いていく。
まるで連鎖しているその状況を前に、グレイスは目を見開くことしかできなかった。
「これは……これは一体、どういうことですの……!?」
叫び、問いただすも、誰もその言葉に答えを返さない。
故に、彼女は自分で考える。
魔術的攻撃ではない。それは理解できる。これだけの魔術的攻撃であれば、魔力が感知できないのはおかしいし、そもそもグレイス本人が消えていないことが疑問だ。
だとするのなら……。
「まさか……まさか、まさか、まさかっ!?」
そうしてようやくグレイスは理解する。
この大会の、相手を倒せばその相棒も失格になるという条件。
そして。
その条件を利用できるのは、何も自分たちだけではないということを。




