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第29話 驕りきった魔術師への正しい対応

 応接室にいた男は、明らかにステインが嫌いな男だった。

 その理由は簡単。


「ふん。いつまで私を待たせるつもりだ。このヒブリック・レーヴェルの時間を無駄に使わせるとは、何様のつもりだ、貴様」


 第一声がこれである。


 年齢的には確かに目の前の男の方が上なのかもしれない。だが、その一言でステインは自分がこの男を『上』だと思うことはないと判断した。


 見た目に関してもそうだ。無駄に着飾った衣装に宝石の数々。妙に手入れがされている半分ハゲた頭。そして脂肪がたっぷりたまっているであろう出っ張った腹。まさに、「魔術師の貴族」をこれでもかと体現した有様であった。


「加えて、私はそちらの者だけ話したかったんだが……何故、貴方がここにいるのか、レーナ殿」


 言いながら、ヒブリックの視線がステインの隣へと向けられる。

 そこには、険悪な顔つきになりながら、男を睨みつけるレーナの姿があった。


「話? どうだか。どうせお兄様のことで見当違いなことを言いふらしに来たのでは?」

「見当違い? 失敬な。私は事実を述べているだけだ。あれがヨークアン家の恥さらしであり、ゴミクズであるのは事実。そちらの方こそ、いい加減あのような男に執着するのはやめるべきだろう。レーナ殿」

「私がお兄様と一緒にいることをとやかく言われる筋合いはありません。これは既にあの人……父上にも了承済みのことですので」

「そうそれです。聞いた話によれば、貴方は別の魔術学校に行く予定だったはず。なのにこの学校には無理やり入学しようとしたらしいですね? あのゴミクズのパートナーになるために」


 ヒブリックのイラつく説明。言い方はアレだが、しかし、内容的には納得のいくものであった。


 やはり、レーナはルクアと一緒に比翼大会に出場しようとしていたらしい。彼女の性格からしてみれば、当然だろう。


 では、結局何故そうならなかったのか。

 その答えは、ヒブリックが続けて語った。


「無論、そんなことは許されるはずがない。貴方の父上であるご当主は断固反対し、もしも同じ学校に行くというのなら、比翼大会に出場しないことを条件とした。そして、その提案に貴方は乗ってしまった。本当に馬鹿なことを……あんなゴミクズのために、大会出場をしないことを条件にこの学校へやってくるとは。全く困ったお方だ。貴方がそこまで気に病む必要などないというのに」


 気に病む。

 その言葉に、ステインは妙な違和感を覚えた。

 そんな彼の疑問に答えるかのように、ヒブリックは語りを続けるのだが……。


「あのゴミクズは貴方という晴らしき存在を生み出すための『贄』となれたのです。それこそが、アレがこの世に生まれてきた唯一の理由で―――」

「黙りなさい」


 一言。

 そのたった一言は、まるで目の前の男をくびり殺さんと言わんばかりの嫌悪と殺意が込められていた。


「そのことを……私の前で口にするな」


 静かに、声を荒げることなく告げる言葉。

 しかし、それは明らかに相手を牽制するための代物であった。


「……まぁいい。貴方についての話はまた後日。話を戻すとしよう」


 ごほんっ、と咳払いをしつつヒブリックはステインに視線を戻した。


「担当直入に言う。ステイン・ソウルウッド。あのゴミクズとの大会出場を辞退しろ」

「……、」


 予想外の言葉、ではなかった。


 というか、あまりにも予想していた通りの言葉にステインは呆れていたのだ。

 ルクアをゴミクズと言い放つ男。そんな奴がここにやってくる理由など、それ以外に考えられない。


 あまりにも馬鹿げた提案にどう返したものかと考えているうちに、レーナが代わりに口を開く。


「いきなり何を言いだすんですか、貴方は」

「いきなりも何もない。これはヨークアン家として当然の要求だ。あんな出来損ないが歴史ある『比翼大会』に出るなど、魔術界への冒涜以外の何物でもない」


 やれやれと首を振るヒブリックに対し、ステインは何も言わず、話の続きを聞く。


「そもそもにして、私はあのゴミクズが魔術学校に入学すること自体反対だったのだ。全く、当主も何を考えているのやら。隷属の契約をこともあろうに『比翼大会』で優勝する、なんて条件を付け加えるとは……まぁそんなことは天地がひっくりかえってもあり得ない。だからこそ、条件にしたのだろうが。何せ、そもそもにしてあんなゴミクズと組む人間などいるわけがないのだからな……だというのに、余計な真似をしてくれよって」


 ヒブリックは眉間にシワを寄せながらステインを睨みつけた。


 確かに、ステインがルクアをパートナーにしていなければ、十中八九、ルクアは大会に出場することができなかっただろう。レーナは大会に出れず、シルヴィアに至っては傍に近寄ることすらできない。ヨークアン家の者たちは、きっと彼女たち以外で彼に協力する者はいないと踏んでいたのだろう。


 そんな馬鹿な真似をする者は存在するはずがない、と。

 しかし、いた。いたのだ。

 ここに、彼らの思惑をぶち壊す男が。


「分かるか? お前があのゴミクズと出場を決めなければ、私がこんな場所に来る必要性もなかったのだ。つまり、私がここにいるのは全てお前のせいというわけだ。お前のせいでこちらは迷惑を被っているのだよ」

「そうかよ……で? だからどうした? アンタが迷惑してるからって、俺には全く関係のないことだと思うが?」


 余計な真似? 知ったことか。


 ヨークアン家の人間たちが、どんな思惑動いていたかなど、ステインにとってはどうでもいいこと。そもそも、ルクアと本当に大会に出場させたくなかったのなら、もっと別の手段をとればよかった。なのに、どうせ相方が見つからないとタカをくくっていた。そのツケが回った。これは、それだけのことだ。


「目上の人間にそのような態度を取るとは。やはりソウルウッド家の人間とは、田舎貴族らしい、野蛮でかつ低俗な連中のようだ」

「あ?」

「貴様らのことは調べている。貴様の父親、そして弟は低俗な商売をしているそうだな。何でも、非魔術師でも魔術が使える道具を開発しているとか。まぁ、どれもこれもガラクタ同然で、ほとんど使い物にならないようだが……しかし、ガラクタであろうが何だろうが、非魔術師が魔術を使えるようになるなど、言語道断。それは全ての魔術師に対する侮辱だ。よって、貴様らが作っている道具の販売・及び開発を禁止する用意をこちらはしてある」

「なっ、そんな横暴な……!!」

「横暴などではない。これは、魔術師たちの未来を守るための当然の処置だ」


 などと言っているが、こんなものはどこからどう見てもステインに対する嫌がらせだ。


 本来ならば、そんなことできるはずがない、と一刀両断すべき発言だが、相手はヨークアン家。魔術の世界において二大巨頭と言われるその影響力は計り知れない。


 それこそ、田舎貴族の商売を完全に終わらせることくらいは容易いだろう。


「だが、貴様の態度次第では、その処置をしないこともやぶさかではない」


 言うとヒブリックは一枚の書類を取り出し、ステインの前へと放り投げる。


「比翼大会に出場しないという誓約書だ。それに署名しろ。そうすれば、貴様の野蛮かつ低俗な身内には手を出さないでやろう」

「貴方という人は……っ!!」


 レーナは怒りの声を上げる。

 こんなものは単なる脅迫ではないか。


 レーナはステインの性格をある程度理解しているつもりだ。故に、彼は自分が被害を受けるだけならば、別段どうとも思わないだろう。むしろ、邪魔する連中をなぎ倒す。そういう男だ。


 だが、自分以外の者に迷惑をかけるとしたら?

 そして、それが自分の家族だとすれば……流石のステインも身を引かざるを得ないのは自明の理。


「―――そうかよ」


 だからこそ、その言葉を聞いたレーナは何も言葉を発することができなかった。

 失望した……などとは口が裂けても言えない。言えるわけがない。家族を人質にされている男に対し、裏切り者などと、罵倒を浴びせることなど、そんな資格は自分にはない。


 もしも自分が同じような立場に陥れば……兄を盾にされてしまえば、きっと自分も同じ選択をするから。


 だから、仕方ない。仕方がないのだ。これは。

 そんなことをレーナが思っている間に、ステインは差し出された誓約書を手に取った。

 そうして。




 次の瞬間、差し出された誓約書を、思いっきり真っ二つに破き捨てた。




「「……え?」」


 その場にいる誰もが予想せず、唖然としている中、ステインは。


「話は終わりか? ならとっとと回れ右して帰れ、クソ魔術師」


 ヒブリックに対し、そう吐き捨てたのであった。


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