第25話 問題児が試験官をやっていた要因
唐突なクセンの言葉に最初に反応したのはレーナであった。
「それはどういうことですか!? 決闘を挑んできておいて、自分が負けた時の条件を蹴るだなんて……!!」
「落ち着つけチビ女。婆が言ったこと、ちゃんと聞いてたか」
「ち……誰がチビですか!! 私には、レーナ・ヨークアンというちゃんとした名前があるんです!!」
「っるせぇな。そういうことは人の名前をちゃんと言える奴が言うもんなんだよ」
「うぐっ……」
速攻で言い返され、レーナは返す言葉が見つからず、ただ唸っていた。
今日にいたるまでそれなりの日数がたったが、レーナはステインのことをまともに名前で呼んだことがない。というか、呼ぶときも「貴方」とばかりで、先輩とすら呼んでいない。
まぁ、基本的に誰にも敬語を使わないステインが人のことを言えた義理ではないのだが。
そんな二人に「まぁまぁ」と言い、間に入りながら、ルクアが話を戻す。
「延期ってことは……白紙になったってことじゃないんですか?」
「はい。決闘の決め事は絶対。あの方の退学は決定事項なのですが、少々厄介なことになり、今は事情聴取を受けているところです」
「厄介なこと?」
「ええ。あの方、そしてレオン・オルフォウス様が持っていた赤い液体。あれはどうやら禁薬だったそうで。それについての調査をしているのだとか」
「禁薬だと?」
瞬間、ステインが眉をひそめた。
禁薬。文字通り、禁止された魔術の薬。
魔術師が薬を作ることは珍しくない。だが、どんな薬を作ってもいいと言うわけではない。後遺症が残ったり、中毒性が高すぎたり、使用者に危険が及んだり等々……様々な理由で禁止されている薬が多くある。
ステインも怪しいとは思っていた。しかし、禁薬となれば話が確かにややこしい話になってくる。
「今回、あの二人が使おうとしていたのは魔力増強の禁薬。一度使えば魔力が増えるだけではなく、通常の数倍の威力がでるようになる効果だったとか。まぁ、代償として命の危険が伴うものですが」
「命の危険って、そんな……」
「禁薬とはそういうものです。そういう点からしてみれば、ステイン様とルクア様はあの二人の命の恩人、と言えるでしょうね」
「はっ。どうだが。こいつはともかく、俺の場合は相手が勝手に捨てただけだ」
「いいえ。薬を捨てて、自分の力で倒したくなった……そう思わせたのは貴方なのですから。貴方が助けたのには変わりありますまい」
微笑みながらまるで子供に言い聞かせるかのようなその態度に、ステインは少々腹を立たせた……が、何をどう言い返しても無意味だと悟り、何も口にせず沈黙で押し通した。
「でも、禁薬って……そんなものをどうしてあの二人が? そもそもどうやって?」
「それは分かりかねます。本人たちも覚えていないようで。というか、あれが禁薬であったという認識もなかったようです。どうやら記憶を操作されて痕跡があったとか。それでも手掛かりがないかお二人には協力してもらっているということです」
用意周到……いや、当然の処置か。
禁薬を使うとなれば、それだけで罪になる。あんな公衆の面前で使えば、退学どころの話ではない。故に、禁薬を渡した誰かは自分の存在を頭から消し、小瓶の中身が何なのかを教えずに使うように仕向けたわけだ。
まぁ、どちらに渡した禁薬も使われることはなかったが。
「それにしても、ここで禁薬が出てくるとは……これはまた、因果なものですねぇ」
「? どういうことですか」
「いえいえ。ステイン様とルクア様、お二人の出会いにはこの禁薬が少々絡んでいるものですから」
クセンの言葉に、レーナの視線が一気にステインの方へと向けられた。
「まさか貴方、禁薬を使ったことがあるのですか!?」
「何でそうなんだよ」
「じゃあ、誰かに禁薬を売って金儲けをしていたとか!?」
「だから何でそうなんだよ」
「それじゃあ……えーっと、ええっと……禁薬の売人の護衛でもしてたんですか!?」
「成程。お前は余程俺を犯罪者にしたいんだな」
最早呆れて溜息が出てしまう。
ここ数日でステインはレーナという少女を、大体把握できた。
ブラコン気質のお嬢様。そして何より、何故かステインのことを目の仇にしている。まぁ、後者に関して言えば、レーナ以外にもステインのことを嫌っている人間は多いのでもう気にはしていなかった。
未だ疑いの眼差しをステインに向けるレーナに対し、クスクスと笑いながら、クセンが説明する。
「そうではありません、レーナ様。実を言いますと、近年この魔術学校において禁薬が使われるケースというのが多発しておりまして。見かねた校長が少し前、校内の一斉摘発をし、背後にいる裏組織を壊滅状態にまで追い込みました。結果、組織のトップ並びに幹部クラスの者はほとんど捕まったという話です」
「……? それが、お兄様とこの男の出会いにどう関係が?」
「校内の一斉摘発がされたのは魔術学校の試験日だったのです。本来は別日にやる予定が、色々と立て込んでしまい、試験当日となったわけです。一斉摘発には外部の魔術師は当然、教員も相当な数が動員されました。学生の中にも何人か手伝いをしたとか。例えば、あのシルヴィア・エインノワール様とか」
普通ならば、学生が動員されるなどあってはならない。
だが、シルヴィアに関して言えば例外である。何せ、彼女は『比翼大会』の優勝者であり、この学校で最強の魔術師と言われているのだから。
「本来ならば試験日を変更するべきだったのですが、それをしてしまうと摘発のことが事前にバレてしまう可能性があった。そのため、試験は予定通り行われました。けれど、摘発に動員する教員が多かったため、試験官が少なくなってしまい、やむを得ず、こちらも生徒に手を貸してもらうことになりました。その生徒というのが」
「先輩だった、と」
「そういうことでございます」
確かにそれならば、二人が出会った要因に禁薬があったのは事実ではある。その禁薬が、今度は二人に牙を剥く寸前だった、というわけだ。
奇妙と言えば、確かに奇妙な縁だ。
「一斉摘発以降も禁薬に関しては厳しく取り締まっております。バックの組織も潰れ、学校へ流れてくることはなかったのですが……」
学校側も禁薬には敏感になっている。そのため、持ち込むことなど早々にできることではない。相手は厄介な人間とみて間違いないだろう。
そして、最も大きな問題点はというと。
(誰が渡したかなんてことはどうでもいい……って言いてぇとこだが、今回ばかりはそうはいかねぇか。何せ、連中に禁薬を渡した奴が、俺らを潰そうとしているのは明らかだしな)
禁薬を使えば、学校側が動くのは目に見えている。それを理解した上で、敵は公の場で禁薬を使わせようとした。
その目論見は、確実にステイン達を潰すことにあるには明白。
ステインに恨みを持つ人間、ルクアが活躍するのがムカつく人間はそれなりにいるだろう。だが、ここまで用意している奴となれば、明らかに危険すぎる。
「学校側もこの件に関しては徹底的に調べるとのことですが……お二人とも、ご注意の程を」
模擬試合の勝利。
しかし、その一方でステインとルクアに不穏な影がちらつき始めたのであった。




