世界は理不尽に包まれる
世界は理不尽に包まれる
2024年10月31日 日本国 京都
グリニッジ23:58 日本時間8:58
京都に突然、大きな鐘の音が鳴り響いた。
まるで多くの人に危機を伝えるように重く、そして不気味な音色であった。
市内全域、遠くにも聞こえる大きな音だった。
市民の多くは足を止めた。
何事か。
彼らはそう思った。
三条や東京から派遣されてきた清水、防衛省高官等、事情を知っている者達は時が来てしまったと感じた。
未だ準備は完了しておらず、防衛線の構築や戦術の落とし込みはこれからの部分も多かった。
それでも彼らには止まることは許されない。友や恩師、家族を守るために、約束を果たすために動くしかない。
すぐさま京都御所の内の京都防衛司令部に情報が集まり出した。
京都各地の寺社仏閣から結界が作動し始めたと。
閃光が天に向かって昇っていく。
比叡山、鞍馬寺、宇治川、嵐山、桂川、御所、金閣寺、清水寺、伏見稲荷、平等院鳳凰堂、北野天満宮、平安神宮、八坂神社、、、
街ゆく人々は皆、足を止め、上を見上げる。
鐘がずっと鳴り響いている。
空には光が集まり、薄い膜のようなものが少しずつ広がっていく。
光り輝く結界が京都の街を包み込もうとしていた。
東の琵琶湖からも大きな光が天に向かって昇っていくのが見える。
京都の巨大結界が1世紀以上ぶりに作動した。
清水は京都防衛司令部司令官として指示を下した。京都市に入る道を封鎖し市民を保護し、外敵を中に入れるなと。
京都府警や防衛省の部隊が展開を始めた。
同時刻 首相官邸 東京防衛司令部
京都の防衛司令部からの兆候確認の報告が入ってきた。9:00にもうすぐなるという時間帯であり多くの国家公務員が揃っていた。
「時がきた。」
近衛は、すぐに動き始めた。
「全国の自衛隊に防衛出動発令。速やかに外敵を駆除し国民を保護せよ。同時に火器等使用制限を解除する。」
京都でも清水が復唱した。
自衛隊が出動した。既に訓練名目で待機していた全国の自衛隊が基地外への展開を開始したのだ。
戦後初の防衛出動であった。
同時に東京は厳戒態勢に入った。
さらに曇っていた天気が急速に回復し空が歪み始めた。
東京の皇居においても歴代の徳川家と伊賀流忍者、明治維新後に明治政府が作り上げ維持してきた結界が作動した。
陛下はその美しさに感動しつつも、国民達の命が少なからず消えてしまうことを感じていた。
あと数分で世界史の転換点を迎える。
そのことは、間違いなかった。
人類史に残るであろう災厄をこの国が突破できるかどうかは、全国の自衛隊員と覚醒した国民にかかっていると感じていた。
近衛は間違いなく有効な手を打つだろう。烏間や清水といった優秀な政治家が脇を固めている。
しかし、彼は守りきれず死に逝く国民や国家と国民を守るためにたくさん犠牲になるであろう自衛隊員を思うと、心が苦しくなった。
だが、我が国の歴史の転換点である。
上に立つ人間の行動によって、国民の命運が決まる。帝は自らを律し、動き出す。
否、天皇だけではない。
京都にて事情を知る多くの人間や、全国の自衛隊がこの国を守るための行動を始めていた。
この日、日本では美しくも終末を告げる状況が起こった。伊勢神宮では、神殿が光り輝き、参道には手に槍を持っている石像が出現し神宮を守護し、愛知の熱田神宮、広島の厳島神社、島根の出雲大社、福岡の太宰府天満宮、国家鎮護の奈良の大結界、源氏と北条家が作り上げた鎌倉、西の守護者姫路城、帝国海軍の秘宝呉。
防衛省は日本国内の官庁のうち、その多くの話を国家公務員が唯一話を聞かされていたところであった。
既に海上自衛隊は修理改修中の軍艦を除き、全ての軍艦が艦隊を組んで洋上に展開していた。
これは基地での撃破を避けるためだ。
また、東洋最大の防衛拠点と言われた呉海上自衛隊基地には旧帝国海軍が整備した京都の公家に頼み込んで作り上げた簡単かつ古代よりは小さいがそれでも立派な結界が作動した。
航空自衛隊も戦闘機のスクランブル発進の用意をすべて基地で進めていた。
政府は対飛行生物の対策を進めつつ、地上への航空攻撃を考えていた。
政府は千歳、小松、新田原、那覇を要防衛拠点とし、陸上自衛隊を展開した。
陸上自衛隊も首都東京、市ヶ谷駐屯地に富士の戦車部隊の京都に行っていない一部を展開していた。
全国の陸自の師団長、旅団長には話が伝わっていたし、有事の計画書特1号については、各連隊長クラスまで伝えられていた。
既に皇居及び東京駅、霞ヶ関、桜田門に至るまで陸上自衛隊の第一空挺団と中央即応連隊の展開準備は整っていた。また、23区西部側は練馬、朝霞の二つの駐屯地を中核に豊島園跡地などを有効活用して避難民の受け入れの準備が進んでいた。
また、全国各地の陸上自衛隊も各担当地域内の大型公園や城跡、結界内を拠点に準備をしていた。
そして、あっという間に午前9時を迎えた。
空が裂け、地が裂け、異形の怪物達が姿を表す。
裂けた部分から人が逃げ出す。
さらに東京新宿の空には大きな空間が裂け、巨大な龍が出現した。
そして、下に向かってブレスを吐いた。
空気が振動する。
群衆はパニックになった。元々新宿には土曜日かつハロウィーンの朝ということで若者が集結し始めていた。
「逃げろ!」
「殺される!」
逃げる間にも側面から、モンスターに攻撃される。道路の端には倒れている人もいる。
豊かな休日は一転して地獄に様変わりした。
「助けてくれ!」
「誰か!娘を助けて!」
「化け物だ!」
助けを呼ぶ人、懇願する人様々いるが多くの人が地下や建物に逃げ込む。
「自衛隊は何やってんだ!」
「なんなんだこれは!」
状況が理解できずに憤る人。
「きゃー!」
「ぎゃああ!」
「うわあ!」
悲鳴を上げる人、そして殺される人。
あちこちから悲鳴が聞こえる。
新宿の空には大きな穴が開いたが、他にもあちらこちらに小さな空間の切れ目ができていく。その中からは続々とモンスターが出てくる。
あちらこちらで人が殺されていく。
警察官もいるにはいるが、小さなゴブリン程度ならまだしもオーク、オーガとでかくなっていくと、警官の拳銃程度じゃ止められない。
彼らが死ぬと、後ろの民間人がゴブリンに殺される。あっという間にそのエリアは無法地帯になる。
そんな光景が至る所で起こっていた。
そもそも新宿近辺の警察官は地上戦を諦め、新宿駅の地下に展開していた。
新宿上空に出現したドラゴンは、口から炎を吐き出す。既に日本が誇る新宿のビル群は溶け、半壊していた。地上に残っていたものは焼け死んだ。
地獄と化した新宿に希望は存在しないように思えた。地下に籠った人間達は助かったがそれは今後の試練を予感させていた。
既に道路網は発生したモンスターと渋滞で動かず多くの民間人は自力で避難しなければならなかった。
事態発生から1時間で東京中、いや日本全国で惨劇が起こった。東京で運良く助かったのは西部で自衛隊に保護されたか、運良く皇居周辺にいた人間、それに地下や建物に隠れている市民達、そして力に覚醒した人たちのみであった。
惨劇はまだ始まったばかりだ。