聖剣と君主
聖剣と君主
2024年10月30日14:00 イギリス スノードニア国立公園 スラダブ湖
「ウィル!!
そんなところでなにしてるの?」
声が近づいてくる。
「分からない!、でもなんでか、ここに行かなきゃ行けない気がしたんだ!」
男の声が聞こえる。
湖畔にいたのは二人の男女。
男の子はそんなに強そうには見えず、女の子の方が英国貴族のアクティブなお嬢様を彷彿させる印象を受ける。
しかし、何かに導かれるように、必死に何かを探しているのは、その少年の方であった。
必死に草むらをかき分けている。
「もう、なんなのよ!」
女の子もしびれを切らしたように、一緒に手伝いながら草むらをかき分け、長く、遠く進んだときに、ふと、彼らは気づいた。
ここって、こんなに草むらあったっけ?
それでも、かき分け続けると、祠が見えた。
「ねぇ、ウィル、あの祠なに?」
女の子が前をどんどん突き進んでいこうとするウィルに聞いた。
「アリス!僕は聞こえたんだ。ここに来いって!」
「ねぇ、答えになってない!」
そんなやりとりをしながらもどんどん、祠に近づいていき、彼らは祠の前に着いた。
「なにがあるってんのよ!こんなに古い祠に。」
アリスはウィルを問い詰めるが、ウィルは、冷静だった。
「実はね、昨日の夜に夢を見たんだ。」
突然、夢の話を始めたウィルにアリスは戸惑う。
「はぁー?それがどうしたのよ。」
そう返すと、ウィルは、夢の話をし始めた。
「精霊が出てきたんだ。妙にリアルすぎる精霊が。彼女がここに行って欲しいって頼んできたんだよ。」
「はぁ?精霊?お伽話の?ただの夢じゃないの?」
アリスはバカにした目でウィルを見た。
「そうだよね、アリス。でもね、どうしても試してみたくなったんだ。」
「どうして?」
彼は深刻そうな顔で答えた。
「アリスが夢の中で死んだから。よく分からないモンスターに。ううん、アリスだけでなくたくさんの人達が。」
「ただの夢じゃないの?そんなことあり得ないわ。」
アリスは少し慄きながらそれを否定しようと声を上げた。
「でも、あと少し。ほんの少ししか時間がないんだ。もしも、何かが、今起こっているのならば、僕は僕のために、アリスのために、そしてこの国のロイヤルファミリーに対する信頼のために僕は行動しないといけないんだ。」
「本当に、私が死んで、たくさんの人が死ぬの?」
「分からない。だから、僕は精霊の導き通りにロンドンから自然を見に行くと理由をつけてここまで来たんだ。」
彼には確固たる意思が見えた。
アリスは黙り込んだ。
彼に任せることにした。
ウィルはアリスが黙ったのを見て、祠の蝋燭に炎をつけた。
その瞬間、強い光があたり包み込み、辺りの空間が転移したように隔絶された。
そして、神話に出てくるようなかなり大きいマーメードのような精霊が出現した。
「よく来た、ウィルシャー。待ちくたびれたぞ。」
「君が僕の夢に出てきた精霊だね。僕に何をを伝えようとしていたのかな?アリスの死の映像まで見せて。」
ウィルは、警戒するような目で精霊を見た。
「知りたいか?ここが君が何も知らずに事を迎えられる分岐点だぞ。私は導いたが、君が秘密を知って何をすることになるかは分からない。君は救世主になるかもしれないし、災いに巻き込まれ命を落とすかもしれない。」
「例え、そうだとしたら、なぜ君は僕を導いたのかな?」
「それは...」
「そうだとしたら、あの夢はほぼ真実だと思う。アリスが死ぬ可能性が少しでもあるならば僕は未来のために最善の選択を取る!」
「そうか...お主がそういう選択を取ることを望んでいたよ。いいか、よく聞け。まもなく世界に終末がやってくる。多くの人間が死に絶え、文明は破壊されるだろう。しかし、人類に私達、精霊は力を与える。君もその1人だ。他のみんなよりも少し早いだけ。君はアーサー王の神話を知っているか?」
「もちろん。」
「かの、アーサー王はブリテンを守った。これは事実だ。時の王国はこのことをお伽噺に仕立て上げた。しかし、再び危機がこの国に迫っている。私はお前に武器を渡す。それでこの国を守って欲しい。」
精霊 ウィンディーネーは、1つの剣をウィルに差し出した。
黄金に光り輝き、美しく煌めいている。
「これは?」
ウィルはそう尋ねた。
これは、悪を祓い、怪しくものを打ち払う聖剣。
その名は「エクスカリバー」
ウィンディーネーは、そう答えた。
「ブリテンの命運はそちにかかっていると言っても良い。1人の力ですべてを守り切ることはできない。それでも、1人でも多くのブリテンの民が救われることを願っている。」
ウィンディーネーの願いはウィルに伝わった。
「僕は貴族だ。大英帝国時代から続くこの国を守り続けている防人である。アリスも、国民も僕が守る。」
彼の決意は固いものであった。
そして、世界の危機を知る者がまた1人増えた。
ウィルシャー.バッハートーレ
世界史に残る英国、世界の英雄である。
かの、英雄が誕生した瞬間であった。
2024年10月30日16:00 英国 時計塔
(日本時間10月31日1:00)
「ウィルシャー様が聖剣をお取りになられた。」
キングストン主席がそう言った瞬間に時計塔が騒がしくなった。
時計塔、大英帝国の時代から続くイギリス政府直轄の秘密機関であり、トップクラスの諜報機関であるMI6やロイヤルガードに大きな権限を持つ機関である。
トップは国王であり、実質的なトップは主席である。
元は欧州大陸を魔女狩りで追われた魔法師達の共同体であり、アーサー王の時代に体系化された。
それ以来、イギリスが誇る魔法魔術機関であり世界の諜報を牛耳る組織である。
そんな組織も年月が経つに連れて魔法魔術機関としての役割は小さくなっていたが、世界の遺物の調査研究や古代の遺跡、古都の研究では最先端を進んでいた。
そんな機関に米国CIAが動いていると連絡が入ったのは今日の早朝であった。メキシコ、バチカン、サウジアラビア等、イギリス政府が古都として認定し、秘密調査を続けている地域で大規模に動いたからだ。
時計塔はインドやイスラエル、日本で起こっている異変を感知していた。
イギリス国内の大英博物館内の本物のロゼッタストーンの石碑が輝いたり、像が動いたという噂が出ていた。
しかし本当は違う。大英博物館の地下には過去の時計塔が100年をかけて作った魔術結界が存在する。ロンドンに迫る外的に反応するもので、84年前のロンドン大空襲の際にも起動した。ただ前回の起動は調査によると規模が数百分の1ていどであったようで結界が破壊されないようにというバリアであった。しかし、今回は違う。地下室全体に青いラインが灯り、美しい様相を見せつつも何か禍々しいものを感じさせていた。
既にイギリス国王は親友の息子が何かに導かれたようにロンドンを出たことを公爵から聞いていた。
ウィルシャーには公爵家子息として1人のロイヤルガードが派遣されており耳に入っていたのだ。
異変を感じさせるには十分な事態であった。
これで異変に気づいて動き出したのは4ヶ国目。
ただ、異変に気づいている国は少しずつ多くなっていた。
国内に古都や重要な宗教拠点を持つ、インドや中国、ペルー、エジプト、サウジアラビアが動き始め、アメリカ政府の動きに気づいた仮想敵国のロシア、同盟国のドイツやフランス、スペイン。バチカンを国内に持つイタリア、独自の情報網を持つスイス、武装中立を掲げる北欧の魔術大国スウェーデン等である。
特にヨーロッパの動きが大きかった。
アメリカ政府は動いていないが、CIAやアメリカ欧州軍が動いていることを掴んでいた。さらにルーズベルトから個人的に警告を受けた人間が動いていることが大きかった。
ドイツ国防軍、フランス軍も秘密裏に動き始めており、EUでは議題が個々の軍、特に海軍が洋上に展開し始めていた。
さらに、ロシア軍はアメリカの戦略原潜、空母起動艦隊、極東や欧州の空軍の動きを監視しており、FSB等の諜報機関のによる情報収集活動から異常事態を認識しつつあった。
ウクライナ戦争は夏頃に終結しており、講話が行われていた。そのため軍の動員解除が進んでいたがその動きを止めた。ロシア正教会も不穏な空気を感じていた。
中国においては2つの古都で異変が起こっていた。
西安とラマである。中国魔術の本拠地であり、中国で長く歴史的かつ重要な地であった西安には京都に勝るとも劣らない結界が存在していた。
ただ、毛沢東の時代に紅衛兵によってボロボロにされていたが中国の常識ある人間達によって少しずつ修復されていた。そこが起動し始めたのだ。ただ、中国の中で異変に気づいているのは中国の諜報機関がアメリカなど各国の動きに、西安の人間が魔術的な異変にであり、政府首脳は知らなかった。さらに言えばチベットではこの異変を隠し、異変が起こった際にチベット独立を為し得ようとも画策していた。
チベット仏教の聖地であるラマも相当に重要な土地であった。他にもエジプトのピラミッドやペルーのマチュ・ピチュでも異変が起こり現地政府の中で警戒感が強まっており、スウェーデンでもストックホルム近郊で魔術師達が動いていた。ストックホルムの魔術結界は少し特殊で分かりやすいのであった。