世界の危機に立ち向かうもの達
世界の危機に立ち向かう者達
2024年10月30日 17:00 東京 首相官邸
夕方、首相官邸には天皇陛下と内閣総理大臣、外務大臣、防衛大臣の三者が集まっていた。
知る人は少ない方が動きやすく社会不安は少ないが、有効な対策を立てるにはこの程度の人数がちょうど良かった。
また、現政権は数年続いた自民党政権の中でも少数精鋭で、前総理の総理になりたかったから総理になった人間ではなく、国益を考えて総理になった人間であった。
ただ、そのせいか国政は若干混乱ぎみで自民党としては弱くなっていたが若い力と歴史を知る老人がタックを組んだ強さは計り知れないものがあった。
若き総理大臣の名前は近衛光太郎。旧摂関家近衛家の血をひくプリンスであり、若い政治家達から求心力を持ったリーダーであった。防衛大臣は元アイドルながらも政界で血からを蓄えてきた清水優理花。元アイドルらしい決断力と胆力の持ち主で座右の銘は備えあれば憂いなしという心配性であった。最後の老人かつ外務大臣は烏間敏郎。外務大臣はこれで4回目。外務コネクションをのみならず元公安官僚で世界中に軍や諜報機関のコネクションを持つのが強みであった。
天皇は三条が調べてきた情報を全て開示した。
出雲や京都で起こっている大いなる異変と皇室に伝わる伝承。実は、同様の報告が大きな神社仏閣からも届いていることも伝えた。伊勢神宮や熱田神宮、西方鎮護である大宰府や厳島神社からであった。近衛や清水の2人はにわかには信じがたいという顔で聞いていたが、烏間はその話を聞いて1つ思い当たる節があった。
「陛下、海外情勢でそれらの動きに関係していると思われる動きがあります。」
烏間は陛下にそう伝えた。
陛下は待ってましたと云わんばかりに続きを求めた。
「昨日の深夜ごろからアメリカ政府、いやCIAが世界各地で動いています。アメリカ国内では選挙の影響からか大きな動きはありませんが、メキシコやペルー、ヨーロッパ、中東で多くの部隊が動いています。また、先ほど現CIA長官であるルーズベルトから内密にですがご息女の保護を要請されています。おそらくアメリカ政府は今回の事案に気づいています。」
それを聞いた陛下は思案されていた。世界が気づいているのならば世界で連帯した方が多くの人間が守られるのではないかと。
ただ、その話は無理筋だと烏間は先手を読んだように答えた。
「ただ、数時間前にアメリカの国家安全保障会議が開催されましたが、米軍の動きは特にありません。ルーズベルト長官が手を回したであろうCIAの日本担当の部隊は動いていますが。また、世界ではイスラエル、インドといった宗教上または古代から情報を持つ各国の動きが外務省を通して入ってきていますが大きな動きは少ないです。おそらく多くの国が決め手に欠けるのでしょう。」
実際にこの10時間と少しの間で日本、米国、イスラエルのみならずイタリアやインド、中国で異常現象が起こり始めていた。中国政府は国内情勢の問題と共産党的価値観から無視を決め込んだようだが、インド政府は自国北方の仏教関連施設の調査に乗り出していた。
そして、情報が集まったとこで陛下は総理にお願いをなされた。
「近衛にお願いがあります。」
近衛は非常に真剣な表情で聞いていた。まぁ天皇陛下の御前ということは間違いないが彼の直感が囁くのだ。
何か大きな渦の手前に私たちがいるのではないか。
それは激動の時代を駆け抜ける為政者にとって必要な素質であった。
「自衛隊の展開の準備と政府機能の分散をお願いします。何か起こるのがいつなのか、それは誰にも分かりません。明日なのか、1週間後なのか、それとも1ヶ月後なのか。それでも我が国の政府が存続し自衛隊を指揮し、我らが国民達を救わなければいけません。」
「承知いたしました。訓練名目で自衛隊を動かしましょう。政界にこの事は?」
近衛は聞き返した。
「多くの国民達には気の毒ですが、国民や口が軽い政治家どもには教えるわけにはいきません。いつ起こるか分からないのに社会不安を煽れないのです。ただ、自衛官達には伝えていても良いでしょう。どうせ少しは漏れますが、政治家ほど口は軽くないですからね。」
「たしかに、そうですね。陛下の期待に添えるように善処します。ちなみに陛下は京都に向かわれないのですか?」
近衛は不思議そうに聞き返した。彼は安全性を求めるのならば京都に行った方が良いと考えたからだ。
「それはできません。私は国民の象徴であり国民とももに危機に直面し鼓舞をし続けなければならないのです。それが皇室の役割であり私の使命でしょう。たとえ私が死のうと息子を京都に向かわせました。皇室は存続できます。」
そう言うと陛下は退室された。烏間も速やかに退室した。
外務省に対して世界各国への情報収集を指示するためだ。
近衛や清水も動き始めた。この国を守るために。
そして未来を創るために。
実は政府が既に動き始めているイスラエルよりは遅かったが日本も波に乗った。
時は迫っていた。
2024年10月30日 20:00 日本国伊勢神宮
年一回の神纒の儀式が行われていた。
いつもは、伊勢神宮の神官2名と巫女1人だが、今日は参加者が多かった。
天皇陛下、内閣総理大臣、首席補佐官の3人も参加していた。各々が、この儀式の結果を見守っていた。
今まであれば、何も起こらず神への護国豊穣を祈り終わりであるが、突然日本神話に出てきそうな神様の陰が巫女にかかった。部屋の明かりは全て消え、真っ暗な環境になった。
巫女の目はうつろになり、痙攣し始めた。
そして、痙攣が治まると、突然立ち上がり、口を開いた。
「警告する。
世界に終末が迫っている。
この国を守護せよ。
2600年の血統を途絶えさせてはならぬ。
無垢なる民を見殺しにしてはならぬ。
私は諸君らに祝福を与えよう。
この国を、世界を守りたまえ。
お告げを信じ、行動したことは良くやった。
まもなく、京都の結界が完全に作動する。
時はかなり近いぞ。」
巫女は倒れた。
部屋の中に消えたはずの光が戻り、微かであるがろうそくによる炎の光が灯った。
部屋は沈黙に包まれていた。
彼らはまもなく現れる危機をほんの少し、先に知ってしまった。そしてその時が1ヶ月などではなく数日、いや数える時間ほどしかないことを。
彼らの責務はこの国の国民を守り、世界を守ること。それはとても難しいが、必要不可欠なことだった。
「我々にできることがあるのでしょうか。本当に大いなる災いが訪れるならば、私たちにはどうすることもできない。」
首席補佐官がつぶやいた。彼の額には汗が滲み出、誰かに自分の理解を超えた存在から与えられた地球の危機についてキャパオーバーを起こしていた。
「できることをするしかない。やらない後悔はしたくない。私たちの行動が後世にどう評価されるかは分からない。さらに大きな災厄に我らの力が立ち向かえるだけの力があるのかも分からない。しかし我々は政治家であり、為政者である。政治屋ではない。その本分は国家主権と領土、国民を保護することである。為すべきことをするしかない。」
首相も知らないことばかりだが、そう答えた。
そこに、天皇陛下が、近づいてきた。
「近衛、この大局の指揮をそなたに任せる。この国の危機を対処し、国民の命と財産を守って欲しい。」
陛下の言葉は力強く、意思に溢れているものだった。
「安心してください。若輩者ですがこの国に忠誠を誓い、最後までこの国を守ると陛下にお約束いたします。」
国家に忠誠を尽くし、国家に殉死すると覚悟を決めた若者の覚悟は、帝にとって、安心できる救いであった。
「すまぬな。近衛、後は頼んだ。」
天皇陛下は、その言葉を首相に伝え、部屋を出た。
彼も京都以外の全国の寺社仏閣に対してするへきことがあった。京都には信頼できるものがいるから。
その後ろ姿は誰よりも大きく、オーラに溢れていた。
天皇家に受け継がれる2600年の皇統の血が彼を強く動かしていた。
日本の守護者として。