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07(SIDE1)

「なあ、ルナよ。おまえは自由になりたいとは思わんのか?」


 俺は赤い眼の少女に尋ねた。彼女の人生はあまりに壮絶なものだった。

 自由になりたいと言えば、俺は相応に力を貸すつもりでいた。


「自由って何?」


 しかし、ルナはあまり関心が無さそうだった。


「今のおまえは買われた身だが、この国では人身売買は認めておらん。訴え出れば、金による従属関係は解消できるかもしれんぞ?」


「それって変な話じゃない? だって、他の国で認められていることをこの国だけ禁止して、『ここでは違法だから契約は無効』って言われても納得できないでしょ? お金を払って買った人が、一方的に損をするだけじゃない」


 ルナはまるで他人事のように言った。


「人は本来神のもとで平等にあるべきなのだ。人を売るのも買うのも間違っている。その行為自体が罪なのだから、損をしても仕方なかろう」


「間違っているわよ。人は平等なんかじゃないわ。生まれた時点でもう不平等じゃない。あなたみたいに身分の高い家に生まれてくるのと、お茶すら飲むことのできない庶民の家に生まれてくるのでは大分違うわ。

 別に責めているわけじゃないのよ? 世の中って綺麗ごとでは出来てないって話」


 香りを楽しみながら、ルナはゆっくり茶を飲んでいた。

 俺と同じ年頃なのに妙に達観している。


「その綺麗ごとを目指さねば何も良くならん。人は理想を求めるべきなのだ。いずれ他の国もこの国と同じように人身売買を禁止するであろうよ」


「ふーん、ラトって意外とちゃんとしているのね。初めて見たときは、もっと傲慢な人かと思ったわ」


 ルナはようやく俺に向かって微笑んでくれた。

 笑顔など向けられて当然だと思っていた俺には、それがひどく価値のあるもののように思えた。


「それでどうなのだ? おまえは自由の身になりたくはないのか?」


「どうかしらね? 正直言って、よくわからないわ。自由になったところで帰る家もないしね。それにね、わたしは師匠が支払った金額以上の価値を示すことに、やり甲斐を感じているの。あなたからすれば理解できないことなのかもしれないけどね。あと、魔法を学ぶのも嫌いじゃないわ。やっぱり自分に向いているってわかるもの」


「しかし、おまえの学んでいる魔法は……」


 言いかけて、背中を軽く触れられた。キリアンが俺の発言をそれとなく諫めたのだ。


「どうしたの? わたしの学んでいる魔法が何?」


「いや、おまえの師匠とやらは、どういう魔法を教えているのかと思ってな」


「別に? 普通よ、普通。火をつけたり、水を出したりとか、そういう魔法」


 ルナは普通であることを殊更強調した。


「そもそも、おまえの師匠は普段何をしているのだ? 弟子に家事をやらせ、買い物をやらせ、薬まで作らせているとなれば、何もしていないのではないか?」


「魔法の研究よ? 魔法使いってそういうものでしょ?」


 魔法使いが魔法の研究をするのは、確かに普通のことだ。しかし、家から一歩も出ずに一日中引き籠って研究するのは異常である。

 何しろ、ルナ以外に師匠とやらの姿を見た者はいないのだ。


「……一度、その師匠に会ってみたいものだが」


「ああ、無理よ無理」


 ルナはあっさり断った。


「だって、街にわたしのことを知っている人は、ひとりもいないことになっているんだもの。この護符のおかげでね。『実は知り合いが何人かできた』なんて知ったら、どういう反応をするかわからないわ。少なくとも外出禁止になっちゃいそう。だから、師匠に取り次ぐとか、そういうのは出来ないわ」


「おまえは師匠とは仲が良いのか?」


 気になっていたことを尋ねた。


「良いと思うわよ。何せ10年くらい一緒にいるしね。家族のようなものよ。まあ、本当の家族ってどんなものか知らないけどね」


「そうか、おまえが言うならそうなのだろうな」


 俺には何とも言えなかった。家族を知らない少女と、それを金で買った魔導士がどういう関係であるかはわからないが、ルナの顔に陰はなかった。


──


 店を出た後、俺たちは帰っていくルナの姿を見送ってから、薬屋に向かった。

 ルナが薬を納品している店だ。

 店はちょうど閉まっていたが、構わず戸を開けて入った。


「ちゃんと名乗れましたか、ラト様?」


 店の中にいたルシアナが聞いてきた。ニヤニヤと笑っている。

 ちゃんと自分の名前を教えてからルナと話をしろ、と教えたのはこいつだ。


「……名乗ったぞ」


「そしたら、ちゃんと話をしてくれたでしょう、ルナちゃんは?」


「……まあな」


 素直に認めるのは口惜しいが、自分の誤りを認めるのも度量の内である。

 生まれた時から側仕えとして世話をしてもらっていることもあって、ルシアナには頭が上がらない。

 俺がルナに興味を持ったのは、ルシアナからの報告を聞いたからだ。

 調査中の魔法使いに、俺と同じ年頃の女の弟子がいると。俺の回りにいるような娘たちとは違って面白い子だと。

 それで一度会ってみようと思い、ルシアナから魔術的な影響を無効化する指輪をもらった。その指輪をつけてないと、魔法の護符の影響で、娘のことが認識できないらしい。

 で、会ってみたら、生まれてから一度も聞いたことが無いような暴言を浴びせられる羽目になった。

 あれはなかなか衝撃的な出来事だった。

 そこでルシアナに相談したんだが、『ラト様は普段ロクでもない女たちと戯れているから、そんな目にあうのです』と説教をされる羽目になった。


「どういう感想をお持ちで?」


「器量は良い。頭も良いな。性格も……無礼ではあるが好ましいともいえる」


「ラト様にしては高評価ですね」


 ルシアナはころころと笑った。


「姉上、わたしもルナ様は良い方だと思いました」


 後ろに控えていたキリアンが言った。キリアンはルシアナの弟である。


「キリアンがそう言うなら間違いないわね」


 ルシアナは優しくキリアンに微笑んだ。こいつは弟には甘い。


「しかし、ルナと一緒に茶を飲んで話をしたのだが、あいつは師のことをどこまで知っているのかわからん。習っている魔法は普通だと強調していたが、実際はどうなのだ?」


「そのへんのことは、ルナちゃんもあまり話したがりませんね。ただ、習っている魔法が本当に普通のものなら、隠すことなく話すはずです。となれば、やはり教わっているのは……」


「死霊魔術か」


 死霊魔術は死者や霊を介して行われる魔法だ。もとは死者を通して、過去や未来のことを知るための魔法だったが、その後、死者そのものを操るものへと変貌していき、極めれば死そのものを超越できるとされる。

 しかし、その超越のやり方に問題があった。

 己を吸血鬼と変貌させるのである。吸血鬼は最悪の魔物に類するものだ。

 その昔、反乱を起こした我々の先祖によって、アスラの民たちは滅亡寸前にまで追い込まれた。

 ところが、アスラの民の中で死霊魔術を専門としていた者たちが、吸血鬼を超える不死の王と化して我らの祖先と戦い、破滅的な被害をもたらしたという。

 故に伝承では吸血鬼は赤い眼であるとされ、アスラの民全体が迫害される原因ともなった。

 その後、魔法自体が禁忌とされたが、それがだんだん緩まっていき、今では魔法は許されたという風潮となっている。しかし、実は今でも死霊魔術は禁忌のものだ。ただ、このことは魔法を学ぶ者にしか周知されていない。民衆に伝われば、魔法全体が危ないものと誤解されかねないからだ。


「死霊魔術師であるという証拠は、まだ見つかってないのか?」


「屋敷の周辺は強力な結界が張られています。下手に近づけば、こちらの動きを気取られるかもしれません。かといって、屋敷の内外にどんな罠があるかわかったものではないので、踏み込むのも難しいと思われます」


「……ルナは何故弟子にされたと思う?」


「あの屋敷の魔導士が死霊魔術師であるなら、やはり、不死の王の儀式のためではないかと」


 単なる吸血鬼とその上位種である不死の王には、大きな違いがある。

 吸血鬼は太陽の光や銀の武器に弱く、心臓を貫かれても死ぬ。完全な不死の存在ではないのだ。

 ところが不死の王にはそういったものが無い。倒せないわけではないが、明確な弱点がないのだ。

 アスラの民であれば、吸血鬼化すれば不死の王には至れるらしい。しかし、アスラの民ではない者が、不死の王に至るためには、吸血鬼となった後、アスラの民の血を吸って、その生命を奪う必要があるとされていた。


「その儀式はいつ行われるのだ? 10年も共に暮らしていると話していたが」


「恐らく、その師匠、カーンという男が未だその領域に至っていないのか、贄とするアスラの民のほうにも相応の魔力が備わっている必要があるか、のどちらか。もしくはその両方かと」


 ルシアナは優秀な魔導士でもある。それゆえに今回の調査をさせていた。


「ルナを弟子にしたのは、贄に必要な魔力を高めさせるためか?」


「我々とアスラの民の魔力差を埋めるための儀式なので、そういうことなのでしょうね」


 ルシアナは苦い顔をした。


「その儀式はいつになる?」


「目的は不死となることなので、急いではいないはずです。今までの例であれば、死期が近づいてから儀式を始めることが多いようですが……」


 俺は少し安心した。ルナの話からすると、カーンはそこまでの齢ではない。

 カーンが死霊魔術師であっても、儀式はまだ先のことになる。

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