06
あいつと初めて会ったのは、買い物の帰り道だった。
金髪碧眼で背も高くて、顔もまあ悪くはなかったけど、自信に満ち溢れたむかつく表情をしていたわ。
で、道の真ん中に偉そうに立ちふさがっていたの。傍には少し年下の従順そうな黒髪の男の子が、申し訳なさそうに控えていたわ。ふたりとも身なりは良かった。
偉そうな金髪はわたしに向かって言ったの。
「そこの女、ちょっと話をしないか?」
……最悪よね。人さらいでも、もう少しマシな声のかけ方をするわ。
だから、無視することにしたの。
道の端に寄って、そのまま馬鹿な男の横を通り過ぎようとしたわ。
そしたら、
「ちょっと待て! この俺が声をかけているのだぞ? ひょっとして耳が良く聞こえぬのか?」
とか言って肩を掴まれたわ。
初めて会った女性の身体に触れるなんて、失礼にも程があるわよ。
スケルトンを連れて来ていたら、間違いなく死霊魔術の素材に変えていたわ。
でもまあ、わたしも淑女だし、丁寧に対応してあげたの。
「わたしの耳が悪いんじゃなくて、あなたの頭が悪いのよ。ついでに口とマナーも悪いわ。せっかく優しく無視してあげたのに、その慈悲にも気付かないなんて、生まれ変わってゴキブリあたりからやり直した方がいいわ。あとその手を放してくれる? 初対面の清廉な乙女の身体に触れるなんて、どういう教育を受けているの? 3歳の子どもだってもう少し気を遣うわよ。あなたに触られると、その時間に比例してわたしの価値が下落するから、今すぐその手を放してくれる?」
ってね。
そしたら、そいつは唖然とした顔をして固まっちゃったの。
黒髪の少年が、そいつの手をゆっくりとわたしの肩から外してくれたわ。
「すみません、すみません」って言ってね。
それでわたしは立ち去ろうとしたんだけど、そいつがはっと意識を取り戻したのよ。
「ちょっと待てと言っているだろうが! まさか、今の暴言は俺に対するものか?」
「えっ? わたしが独り言でも言っているように聞こえた? もちろん、あなたに対して言ったのよ? ひょっとしてわたしの知的な言葉が理解できなかったの? じゃあ、馬鹿にでもわかるように、優しく言ってあげるわね──どっか行って?」
わたし、自信満々なヤツって好きじゃないのよね。大抵、自分の生まれを鼻にかけたような連中ばかりだから。そういうヤツに限って、自分では何もできないのよ。
ルシアナも言ってたわ。
「自信過剰な男は大抵ろくでなしだ」って。
完全に同意よ。
「いやいやいや、俺が一体何をした? おまえに声をかけただけではないか? 言っておくがな、俺に声をかけられた女は、みんな喜ぶものなのだぞ?」
なんかもう可哀そうになってきたわ。世間知らずの、どこぞの貴族のボンボンなのね。
だから教えてあげたわ。
「あんたに声をかけられて喜ぶはずがないじゃない。ちょっと考えればわかるでしょ? あなたに一体どんな価値があるの? どうせ親が偉くて金持っているだけでしょ? あなたに声をかけられて喜んでいる女性は、あなたの親の地位とかお金に喜んでいるだけ。あなた自身には銅貨1枚分の価値だってないの。銅貨1枚に声をかけられて喜ぶ女の子なんかいないわ」
そしたら、そいつは口をポカーンと開けて呆けたわ。
黒髪の少年がどうしていいかわからず、おろおろしていたのが、ちょっと可愛かったわね。
で、わたしはその隙に帰ったの。どうせ明日になったら、護符の効果で今日のことは忘れると思っていたしね。
ところが次に買い物に出た時のことよ。
薬屋に行って薬を納品してから、ルシアナに金髪馬鹿の話を小一時間くらいしたの。ルシアナはそれは楽しそうに、ニコニコして聞いてくれたわ。
で、ちょっと買い物して、屋敷に戻ろうとしたら、またあの馬鹿がいたのよ。
「……俺の名はラトだ」
ちょっとふてくされた感じで彼は言ったわ。
「わたしはキリアンです」
隣にいた黒髪の男の子のほうも名乗ったわ。
多分、ラトは母親にでも怒られたんじゃないかしらね。
人に話しかけるときは、まず名前を名乗れ、って。まあ基本よね。
でも、わたしは何で護符が効いていないのか不思議だったわ。
ルシアナみたいにひとりなら「たまたまかな?」って思うけど、同時にふたりっていうことはあり得ないから。ふたりとも腰に剣を下げていたから、魔法使いって感じでもなかったしね。
護符の効力が無くなったのかと思ったわよ。
思わず首に下げた護符を手に取って、まじまじと見てしまったわ。
「あーその護符は俺たちには効かん。安心しろ、別に壊れたわけではない」
ラトが気まずそうに言ったわ。
「護符が効かない」というのは、何らかの手段で認識阻害を防いでいるってことだから納得はしたわ。
コツを知っていればできなくはないのよ。
「ふーん、そうなの。わたしはルナよ」
一応、名乗られたから、名前を教えてあげたわ。礼儀だしね。
「その、だな。良かったら茶でもどうだ? 馳走するぞ?」
ラトは恐る恐る聞いてきたわ。
でもね、お茶よ、お茶。騎士様も出してくれているけど、これって結構高いのよね。
そうでもない? いやいや、高いのよ、わたしみたいな庶民にとってはね。
お茶を飲ませてくれるなら、まあ付き合ってやらないでもないかなーって思ったのよ。
君は案外ちょろいんだな、って?
そんなことないわよ! でも、女の子はそういうものに弱いの。
……特にわたしは外で飲み物とか食べ物とか食べたことなかったしね。一度、そういうことをやってみたかったの。
「それならいいわよ。わたし、あの店に行ってみたかったの」
ルシアナから流行りの店のことは聞いていたから、前々から入ってみたかった大通りの店を指差したわ。
「うむ、構わんぞ」
ラトはほっとしたのかまた偉そうに答えると、その店の中に入って行ったわ。
わたしもそれに続いて、最後にキリアンが付いて来たの。
お店はね、ルシアナが勧めただけあって素敵だったわ。
内装はお洒落で、椅子も座り心地が良くて、店員の人が恭しく対応してくれてね、ちょっとした貴族の気分よ?
わたしは嬉しくて、お茶とかお菓子とか色々注文しちゃったわ。
結構高い値段のものだったけど、ラトはまったく気にしてなかった。
ラトがわたしの対面の席に座って、キリアンはその後ろに立っていた。
ふたりとも慣れているのか、お菓子は注文せずにお茶だけ頼んでいたわ。
「それでわたしに何の用?」
お茶をご馳走になった手前、わたしから話を切り出してあげたの。
「う、うむ。女の魔法使いがいると聞いてな。どんな娘なのか興味があって見に来たのだ」
ラトはまだちょっと緊張している感じだったわ。よっぽどわたしに罵倒されたことが堪えたのね。
「興味? 魔法使いの女の子って珍しい?」
「珍しいぞ。しかも、赤い眼のアスラの民。これに興味を持つなというほうが無理な話だ」
どうやら、わたしが思っていた以上に、アスラの民って珍しかったみたいなの。護符のおかげで目立ってなかったと思っていたんだけど、どこかでは噂になっていたのね。
「そうなの? でも大したことはないわよ。魔力は人より多いみたいだけど、使いこなすまでには時間がかかるしね」
「どれくらいだ?」
「10年以上はかかるんじゃない?」
「何と、そんなにかかるのか!」
ラトもキリアンも驚いていたわ。アスラの民はもっと簡単に凄い魔法が使えると思っていたみたい。
「何事も極めるには時間がかかるものよ」
わたしは適当にそれらしいことを言ったわ。
でも、ラトたちは深く頷いてくれた。
「それでおまえの師はどういう人間なのだ?」
ラトはわたしの師匠にも興味があったみたい。
……今思ったけど、ラトも騎士様も聞きたいことが似ているわよね。
まあいいわ。
それでまあ、高い物をご馳走してくれたお礼に、わたしの生い立ちから教えてあげたわ。
ちょっとしたサービスよ。でも、死霊魔術のことだけは秘密にしたの。
やっぱり、死体を扱う魔法なんて世間体が悪いからね。
で、一通り話してあげたら、ラトもキリアンもなんかすごく険しい顔をしているの。
「なんという人生だ。親の顔を知らず、人買いに育てられ、そしてまた人買いから魔法使いに売られて、やむなく魔法を学んでいるとは……」
キリアンもラトの言葉に深く頷いていて、何か勝手にわたしの人生で盛り上がっていたわ。
別に大したことでもないと思うんだけどね。