04
それでようやく綺麗になった屋敷で、わたしの魔法使いの弟子としての修行が始まったの。
もちろん、家事も怠りなくやったわ。わたしは出来る子だったからね。
まず、魔導書を読むための古代文字を覚えるところから始まって、それから魔導書を読むようになって、その内容を理解できてから、ようやく魔法を唱えられるようになるんだけど、すっごく時間がかかったわ。
初めて魔法が唱えられるようになるまで、3年はかかったかしら?
わたしは読み書きはできたけど、古代文字なんてさっぱりだったのよ。
魔導書も難しいし、魔法なんてなかなか使えるようにならなかった。
それでも3年でできるようになったのよ? すごくない?
師匠も「筋が良い」って褒めてくれたわ。
どんなに美味しい料理を作っても、ただ黙って食べるだけの作り甲斐のない、あの朴念仁の師匠が褒めてくれたのよ。
これは本当に凄いことなの。
でも、そこまで頑張っても、唱えられるようになった呪文なんて大したものじゃなかった。
種火代わりに火をつけられるようになったとか、コップ一杯の水が出せるようになったとか、そんなものよ。
本格的な魔法が使えるようになるには、それはもう時間がかかるわけ。
上級の魔法が使えるようになるには、10年、20年じゃきかないわ。
師匠はわたしと似たような年頃から魔法を習い始めたって言ってたから、30年くらいの経験があったのかしら。
それでようやく上級に手が届いたってところよ?
気の遠くなるような話でしょう?
魔法使いっていうのは、一生をかけて見果てぬ夢を追いかけるような生き方なのよ。
で、わたしも好むと好まざるに関わらず、その道を行くことになったわけ。
大金を払って買われたんだから、しょうがないわよね。
何で大金を払って、師匠がわたしを買ったか?
魔法使いはね、弟子を取って跡を継がせるのよ。人が一生をかけても、たどり着けるところなんて知れているから、弟子をとってその先に進ませるの。
知らない? 魔法使いってそういうものらしいわよ?
まあ、ほとんどの場合、自分の子どもに継がせるみたいだけど、師匠のように結婚もできなかった偏屈者は、魔法の素養のある子どもを養子をとって、跡を継がせることもあるらしいわ。
そういう意味で、アスラの血を引くわたしは、うってつけの人材だったってわけ。
こう見えても、わたしは魔力はたくさんあるからね!
まあ、魔力があったところで使う方法がなければ、どうしようもないんだけど。
わたしが自分の魔力をちゃんと使いこなせるようになるには、何十年と修行しなければいけなかったの。
変な話よね。
そこからの日々は、それほど変わり映えはしないわ。
ああ、わたしひとりで、街に買い物に出るようになったわね。
最初は師匠も一緒に付いて来たけど、かえって邪魔だったのよ。何て言うか、見るからに魔導士で不審な感じだから、お店の人も警戒しちゃってね。
それで、師匠もわたしが逃げないとわかってからは、ひとりで行かせてくれるようになったの。
他に行くとこなんてないんだから、逃げるはずがないのにね。
で、初めて、ひとりでお使いに行ったときに渡されたのが、さっき首に下げていた護符よ。
わかっていると思うけど、あれはわたしを目立たせなくするものなの。
女の子がひとりで歩いていると、色々良くないことが起こるかもしれないからね。
わたし自身がそうだったように、人買いにさらわれることだってあるわ。あの護符は、ちょっとした親心ってやつかしらね。
でも、おかげでなかなか顔馴染みができなくて寂しかった。
買い物はパンに野菜に肉とか、食べ物がほとんど。
薬屋さんに薬を納品しに行くことも多いわ。それが師匠の主な収入源だからね。
でもそれだけだと、わたしを買ったようなお金にはならないから、他にも何か収入はあったと思うけど、日々の生活費はそれで賄えたわ。
薬も最初は師匠が作っていたんだけど、わたしも何年もかけて作り方を覚えたから、今ではほとんどわたしがやっているのよ? すごいでしょ?
コツはね、スケルトンに仕事を覚えさせることよ。
薬草をすり潰す仕事とかを丁寧に丁寧に教えるの。それだけでも大分仕事は楽になるわ。
わたしはね、人に仕事を教えるのが上手かったの。……まあ相手は人じゃなくてアンデッドなんだけど。
多分、モリーが子供に教えるのを、ずっと近くで見ていたおかげね。
やってみせて、言って聞かせて、やらせて、褒めてあげて、ようやく教える相手はできるようになるの。
褒めてあげる部分はわたしのオリジナルよ。モリーは怒るばっかりで、褒めなかったからね。やっぱり褒めないと、やる気ができないのよ。
アンデッドに誉め言葉が通じるのか?
通じるわよ。植物だって褒めてあげた方がよく成長するの。本当よ?
誉め言葉って一番簡単な魔法なんだから。
これって冗談を言っているわけじゃないわよ?
魔法の根本的な原理って、そういうことなの。言葉を介して世界や人に干渉する技術なんだから。
……まあ、そんなことはいいわ。
わたしが薬を作れるようになったおかげで、師匠は魔法の研究に専念できるようになったの。
「ルナは凄いな」
って、ようやくまともに褒めてくれたのよ?
当たり前じゃない、わたしは高級品なんだから。気付くのが遅すぎたくらいよ。
薬草だってひとりで取りに行くようになったんだから!
え? 薬草をひとりで取りに行くのは危ない?
そうね。わたしみたいな可愛い子がひとりで森に行くのは、確かに危ないわ。
でも、ひとりって言っても、護衛にスケルトンを一体連れて行っていたから問題はなかったわよ。
もちろん、ぶかぶかのフードを被せて、外見からはわからないようにしたわ。
念を入れて、そのスケルトンにも護符を持たせたから目立ってはいなかったはずよ?
その証拠に、スケルトンに気付かずに、森に入った私をさらいに来た男たちが何人かいたしね。
男たちがどうなったかって?
騎士様って、どんな秘密でも守ってくれるの? 大丈夫? そう。
えっとね、世の中から悪い人間が何人かいなくなって、代わりに死霊魔術の貴重な材料が手に入ったの。
夜にこっそりスケルトンに貴重な材料を担がせて持って帰ると、師匠が喜んでくれたわ。
喜ぶ、って言っても、師匠はあんまり顔には出さないんだけど、わたしは何となく雰囲気でわかるようになっていたの。
彼らも魔術の発展に貢献出来て喜んでくれているわよ、多分。
どうせ生きていたって、ロクなことにならなかったと思うしね。
君の感覚は少しおかしいんじゃないか、って?
どう、おかしいの?
悪い人に騎士様は生きていて欲しかった? 誘拐犯よ? 盗人や強盗、人殺し、裏切者のような悪い人たちを騎士様は許せるの?
法の裁き?
いえ、わたしはそんな話をしていないわ。
生きていて欲しかったか、そうでないかと聞いているの。法の話なんかしていないわ。
……そうでしょ? わたしの感覚はおかしくないはずよ。
大体、法が完璧なら、わたしは売られていなかったし、わたしは買われていなかった。
昔に比べれば今は大分良くなったとは思うけどね。
何の話だったかしら?
そうそう、わたしが平凡な日常を送るようになったってところまで話したのよね?
平凡じゃない?
平凡よ。家事をして、薬草を取りに行って、薬を作って、師匠から魔法を習って、寝て、それの繰り返し。
みんな同じよ。やっていることが違うだけで、毎日同じことを繰り返すの。それが平凡な日常。
でもね、その平凡な日常がまたちょっと変わってくるの。
あの護符が効かない人が現れたのよ。
悪いことじゃないわ。わたしにもようやく知り合いができたって話なんだから。