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03

 師匠に買われた後は、馬車に乗って、結構長い距離を移動して、この王都に連れてこられたの。

 道中も全然会話がなかったわ。わたしは気に入られようと一生懸命喋るんだけど、師匠は必要なことしか返事をしてくれないの。

 一応、わたしを買った目的を聞いたんだけど、


「弟子にするためだ」


 とだけ言われたわ。魔法使いの弟子よ?

 まあ、アスラの血のことを考えたら、おかしくない話かもしれないけど、わたしはそんなこと全然考えたこともなかったし、モリーに魔法の勉強なんて教わってなかったから不安になったわ。

 でも高いお金を払って買ってくれたんだから、期待には沿わないといけないのよ。

 

 え? 人を買うようなヤツの言うことを何で素直に聞くのか?


 当たり前じゃない! お金を払ったのよ? あの金額のお金を稼ぐのって、どれだけ大変かわかってる? 騎士様のお給料じゃ10年かかっても払えないわよ?

 師匠はわたしにその金額の価値を見出してくれたの。

 その期待に応えることが、わたしにとって重要な事なのよ。


 人の価値はお金では測れない?


 人買いの家にいたわたしたちにとって、自分の価値は金額だったの。

 もちろん、間違った価値観かもしれないわ。

 でもね、モリーの厳しい教育を受けてきたわたしには、プライドってものがあったのよ。

 絶対にそれ以上の価値を示して見せる、ってね。

 だから、魔法使いの弟子になるってわかったときは、とりあえず形から入ろうと思って「師匠」って呼ぶことにしたのよ。

 初めて、師匠って呼んだときは、ちょっとだけ変な反応をしたわ。最初だけね。すぐに慣れちゃったけどね。 


 それで師匠に連れていかれた家は、大きな墓地のすぐそばにある立派な屋敷だったの。

 立派なのよ。大きさだけはね。

 見るからに陰気で不吉な感じで、近寄りたくないような雰囲気なのよ。

 師匠のことを調べていたんだから、あなたたちも知っているでしょう?

 でもね、あれって結界なんだって。

 そういう近寄りがたい心証を植え付けることで、人が寄ってこないようにするのよ。

 だから、行きたくないと思うのが普通なの。

 墓地も近いから余計にそういう結界が張りやすかったみたい。死霊魔術を専門にしている師匠にとっては、墓地が近いってことも好都合だったしね。


 入ってみて驚いたわ。

 きったないの!

 蜘蛛の巣はそこら中にあるし、人の骨みたいなのが落ちているし、よくわかんないものがそこらじゅうに乱雑に散らばっているしで最悪よ。

 結界が張られてなくったって、誰もこんな家に入らないわ。泥棒だって逃げ出すわよ。

 モリーがいつも綺麗にしていた、人買いの屋敷とは大違い。

 背筋がゾッとしたわ。「こんな家で暮らすことなんかできない!」って。

 だから、すぐ師匠に言ったの。


「お願いがあります!」


「何だ?」


「掃除させて下さい!」


「帰りたいというのなら……掃除?」


 師匠は何とも言い難い表情をしていたわ。

 それで屋敷を見回してから、ポツリと言ったの。


「……ひょっとして汚いのか?」


「はい、ひょっとしなくても汚いです」


「……そうか。わかった。掃除してくれ」


「掃除道具はありますか?」


「使ってないからわからんが、どこかにはあった」


 それで屋敷内の探索からスタートよ。

 幽霊屋敷のゴミ屋敷だから、ひどいものよ。しかも本当に幽霊が出るんだからね。アンデッドだけど。

 初めてグールとかスケルトンを見た時は、心臓が止まるかと思ったわ。

 しかも、侵入者と間違えて襲い掛かってきたのよ!?

 すぐに師匠が止めて、わたしのことを上位の存在として認識させたけどね。

 で、アンデッドたちがわたしの言う事を聞くようになったわけよ。

 これを利用しない手はないと思ったわ。


 アンデッドが怖くないのか?


 怖かったわよ。最初は。

 慣れよ、慣れ。結局は生きた人間が一番怖いしね。

 それでね、掃除道具を何とか見つけて、屋敷の大掃除を始めたのよ。

 でもひとりじゃ限界があるわけ。そのとき、わたしはまだ小さな子供だったしね。

 猫の手も借りたいくらいだったから、借りたの。アンデッドの手をね。

 物言わぬ骸骨に色々命令してみたんだけど、細かい指示は全然伝わらないの。

 そりゃ骸骨だからしょうがないわよね。頭が空っぽなんだもの。

 大まかな指示は伝わるから、重たいものとか運ばせたわ。

 師匠はね、それを興味深そうに見ていた。


「アンデッドを使役するのは、死霊魔術師の基本だ」


 って言ってたわ。

 とりあえず、わたしがスケルトンを使うのは、魔法使いの弟子としては良いことだったみたい。

 だから、使ってやったわ。

 手に大きな鎌を持っていたから、草刈りとかもさせた。

 ザックザックとあっという間に庭が綺麗になったわよ。大きな鎌だから、屋敷を覆っていた蔦とかも簡単に刈り取れたしね。


 え? どんな鎌だったか?


 両手で持つような大きな鎌よ。そうね、柄の長さは槍くらいあったかしら。

 便利なのよ、あれ。色んなことに使えて。高い木の枝とかも切れるし。


 その鎌を持っているスケルトンが何体いるか知りたいの?


 3体よ。黙って屋敷に入ったら、あの鎌でスパッと斬られると思うから気を付けてね。

 ……顔が青いわよ? 話を続けてもいい?


 それでね、屋敷の掃除に何と一月もかかったのよ。

 本当に汚かったの。でも終わった時は感慨深かった。人生で最も達成感を実感した瞬間でもあったわ。

 廊下はピカピカ。たくさんあったガラクタは整理整頓。庭も綺麗にして、グールは地面に埋めたわ。


 何でグールを埋めたかって?


 臭かったからよ。死体なのよ? 身体が腐ってるんだから、臭うに決まってるじゃない。

 スケルトンに穴を掘らせて、その穴にグールに入ってもらって、またスケルトンに埋めさせたわけ。

 あ、別に死んだわけじゃ……死んでるけど、使えなくなったわけじゃないのよ?

 浅い穴だから、いつでも自力で這い出てこれるのよ。

 多分、うちの庭に勝手に入ってきたら出てくると思うわ。侵入者を襲うようになってるから。

 見たかったら、騎士様がうちの庭に足を踏み入れているといいわ。

 グールが地面から出てくる様子はなかなか見ごたえがあるわよ?

 多分、いきなり足を掴まれると思うけど。


 え? 絶対庭には入らない?


 それは残念ね。うちにはまったく人が来ないから、たまにはグールがちゃんと動くのか確認したかったんだけど。

 ちなみにグールを埋めたことは、ちゃんと師匠に許可を取ってやったのよ。

「臭いがするから埋めたい」って言ったの。

 死体が地面に埋まっているのは普通のことでしょう?

 師匠も


「……墓穴にグールが埋まっているのは道理か」


 って言ってたしね。ちょっと微妙な顔だったけど、押し切ってやったわ。

 屋敷の中に腐った肉があったら、ハエがいっぱい出ちゃうもの。

 そんな家、嫌でしょ?

 で、最後の仕上げは師匠の髭面よ。

 わたしね、男の人の髭を剃ることができるのよ。

 これは売り物の子供たちの中でも、手先が器用な子だけが覚えられる高等テクニックなのよ?

 モリーが「これは」って見込んだ子供だけに教えるの。

 実験台は当然メイソンだったわ。メイソンの顎のあたりに傷が多いのは、そのせいだったの。

 わたしは特に優秀だったから、メイソンの顎の傷は3つ増える程度で済んだのよ。

 人の肌に剃刀を当てるのって緊張するんだけど、メイソンはもっと緊張していたわ。

 そりゃ、子どもに刃物を首に当てられるんだから、緊張しないわけがないわよね。

 そういうことがあって、わたしは髭剃りを覚えたわけ。自慢の特技よ?

 剃刀はあの家を出るときに、モリーから餞別としてもらったの。


 師匠に髭を剃ってあげると言ったときはビックリされたわ。


「何故だ?」


 ってね。


「汚いからです」


 って答えたら、この世の終わりみたいな顔をされたわ。

 でも黙って剃らせてくれたの。

 わたしが屋敷を綺麗にした仕事ぶりを見て、信頼してくれたのね。そういうのって、ちょっと嬉しいものよ。

 それで綺麗に髭を剃って、ついでに髪型も整えてあげて、師匠も綺麗になったわ。

 そしたら、思っていたより若かったの。

 60才くらいに見えていたんだけど、実際は40くらいだったわけよ。

 やっぱり男性も身ぎれいにするべきだと思ったわ。

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― 新着の感想 ―
[一言] メイソンの好感度上がる要素しかない。顎に傷ってそういう……
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