発売記念SS ルナの秘密
本編を読んだことを前提とした話となっておりますので、未読の方は先に本編を読んで頂ければと思います。
月を見ていた。
大体ひと月に一度だけ訪れる満月の夜。子どもたちが寝静まった後、行儀が悪いとは思いつつも、わたしは高く飛んで孤児院の屋根にそっと降り立った。
屋根はいつも風雨にさらされているから汚いのだけれど、わたしはそこに腰かけて空に目を向ける。
白いローブのおしりのところが汚れてしまうので、ちょっと悪いことをしている気分。
でもこの程度の汚れは簡単に落ちるから問題ない。
そして、ただただ月を見ていた。
月は決して綺麗なものではない。宝石で例えるなら、不純物の混じった粗悪品のような見た目をしている。人で例えるなら、あばた顔だろうか。
けれど、それでも堂々と空に浮かんでいるのだから月は良い。
この世に完璧なものなど何もなく、わたしたちはみんな欠点だらけで、そういうわたしたちを月が認めてくれているような気がする。
思えばわたしは幼い頃、完全なものになろうとしていた。
誰よりも優秀で、誰よりも綺麗で、誰よりも価値のあるものに。
ひょっとしたら、自分が売り物であったことに、誰よりも劣等感を抱いていたのかもしれない。
だから、「売り物だけど、わたしには価値があるんだ!」と言いたかったんだと思う。
その言いたかった『誰か』は、夜にふと目を覚まして膝を抱えていた小さなわたしだったのかもしれない。
本当はそんな完全なものなんて目指さなくても良かったのに。
ただ、そういうものになろうとしたから、今のわたしがある。
誇らしくはあっても後悔はない。
わたしは様々な人に出会った。
ぼんやりと眺めていた月に、次々とその人たちの顔が浮かぶ。
メイソン、モリー、ドロシー、師匠、ルシアナ、ラト、キリアン、大師匠。そしてたくさんの子供たち。
記憶はおぼろげで「本当にそんな顔だったっけ?」と思わなくもないけど、月のぼんやりとした輝きが、そういう曖昧な部分を誤魔化してくれる。やっぱり月は良い。
みんな少し変だったし、良い人たちだった。わたし自身もそうだ。
誰も普通じゃなかった。ましてや完璧なんかじゃない。わたしは長い間生きているけど、普通の人とか完璧な人とか見たことが無い。
『最も偉大な王』とされているラトは高慢な嫌なヤツだった。
『伝説の大魔導士』と呼ばれている大師匠はとても変な人だった。
でも、ラトが高慢じゃなかったら、偉大な王を目指さなかったと思う。高慢だからこそ高みを目指したのだ。
大師匠だって、人生のすべてを魔法に捧げて、それでも楽しいと思える変人だったからこそ伝説の大魔導士になれたのだ。
ラトと大師匠は飛び抜けて変だったから、とてつもない何かになれたのだと思う。
今日は月がよく見える。わたしはもともと目はよかったけれど、不死の王になったことでより遠くまで鮮明に見えるようになった。
わたしの名前のルナは月を意味している。
月はよく見えるようになればなるほど、その濁りがはっきりわかるようになって、わたしと重なるように思えた。
それは共に永遠に消えることのない穢れである。
白状すると、わたしはラトが死んだ後、その遺体をグールにしようかとちょっと悩んだ。
でも、グールはあまり好きじゃなかったし、やったらルシアナに滅茶苦茶怒られそうなので止めた。
ラトが埋葬された後はこっそり彼の大きな墓に忍び込んで、その骨と向き合ってスケルトンにしようか悩んだ。墓に入った後なら、ルシアナたちにバレる心配もない。
考えてもみて欲しい。わたしは王妃だったのに、ラトとあんまり一緒にいられなかったのだ。
どんな形であっても、もう少し一緒にいたかったと思うわたしを一体誰が責められようか。
──そういう感情も、わたしの穢れた部分である。
ただ、アンデッドにした瞬間、ラトが怒ってわたしを襲ってきそうな気がしたので、小指の先っぽの骨をもらうにとどめておいた。
これくらいが持ち運びやすくて、ちょうど良いのかもしれない。
懐からラトの小さな骨を取り出し、月にかざして眺める。
ただの骨だ。でも愛おしい。
「こういうのって、死霊魔術師っぽいかな?」
わたしは月に向かってつぶやいた。




