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 コンラートはルナとふたりの部下を連れて、カーンの屋敷へ向かった。

 屋敷に近づくにつれて、これ以上は先に進みたくないという気持ちにかられた。しかし、それが結界であることはあらかじめわかっていたので、その気持ちを押し殺してルナの後に続いた。

 ふたりの部下も気持ちの悪そうな表情をしているが、何とかついてきている。


 ルナが屋敷の門をくぐった。


「わたしについてきてね。グールに足を掴まれたくなければ」


 コンラートたちはルナの後ろにぴたりと並んで、恐る恐る敷地内へと入っていった。

 ルナが屋敷のドアを開けると、そこには3体のスケルトンが待ち構えていた。


「グリム・リーパーよ。わたしの帰りを待っていたのね」


 大鎌を持った不吉な骸骨たちを紹介されたコンラートは青ざめた。


「ルナ、申し訳ないが、彼らには屋敷の外に出ていてもらえないか? 正直、わたしは怖いんだ。その、昔からお化けとかが苦手でね」


 コンラートは身震いする素振りを見せた。


「騎士様も意外と臆病なのね? じゃあ、門のところでも守っててもらおうかしらね」


 ルナはくすりと笑うと、門の方を指差して、移動するよう指示を出した。グリム・リーパーたちはゆっくりと指が示した方向へと向かっていく。

 コンラートたちはほっと息をついた。


「それで、もうアンデッドはいないんだね?」


「そうよ、怖がりな騎士様」


 ルナはからかうように言った。


「じゃあ、カーンのところに案内してもらえるかな?」


「ええ、奥の部屋よ。付いて来て」


 屋敷の中に入って行くルナの後ろ姿を見ながら、コンラートはふたりの部下に目配せした。


「ここよ」


 奥の部屋に案内してドアを開けようとしたルナを、コンラートの部下たちが取り押さえた。


「きゃっ!」


 ルナが短い悲鳴をあげたが、コンラートは構わず剣を抜いて、部屋に押し入り、椅子に座って机に向かっている男を背後から斬りつけた。

 剣は男の肩から胸に向かって椅子ごと斬り裂いた。男は声ひとつあげることができず、大量の血を流している。致命傷であることは間違いなかった。


「すぐに逃げるぞ! 娘も始末し……」


 背後を振り返って部下たちに指示を出そうとしたコンラートだったが、そこで信じられないものを見た。

 ふたりの部下は苦悶の表情を浮かべて首を押さえ、倒れている。

 ルナはその倒れた部下たちの間に立って、悪戯っぽく笑っていた。


「用は済んだかしら、騎士様?」


「どういうことだ? 何でそいつらが倒れている?」


 コンラートは何が起きているのか、さっぱりわからず混乱していた。


「ちょっと女性のエスコートの仕方がなっていなかったから、お仕置きをね。いけないのよ? いきなり淑女の身体を乱暴に扱ったら」


「おまえがやったのか!?」


「そうよ。これくらいの簡単な魔法くらいは使えるわ」


 ルナが右手をあげて、何かを握る素振りを見せると、コンラートの首が見えざる力で締まり始めた。


「やめっ……」


 声も出せず、コンラートは窒息寸前になった。

 意識を失う寸前、ルナが握った右手を開いた。すると首を締め上げていた見えざる力が消えた。


「……なっ、何者だ、おまえは?」


 コンラートは絞められた首を押さえ、無事を確かめている。


「自己紹介なら詰め所で済ませたでしょ? カーンの弟子よ」


「弟子なら何故師匠を殺されて平然としている?」


「師匠なら50年くらい前に死んでいるわ。灰なら、まだ地下に残っているけどね」


 コンラートは後ろを振り返って、先ほど自分が斬った人間を見た。


「じゃあ、こいつは何だ!?」


「それは幻よ」


 ルナがパチリと指を鳴らすと、斬られた人間は消え去り、背もたれの半ばまで剣が食い込んでいる椅子だけが残った。

 コンラートの目は大きく見開き、恐怖に満ちている。


「おまえが死霊魔術師か!」


「そうよ」


 悪びれる様子も無くルナは認めた。


「俺を騙したのか!?」


「失礼ね? 騙してなんかないわ。あなたは一度でもわたしに聞いたかしら。『死霊魔術師か?』って」


 確かに言った覚えはない。だが、ルナの年齢で高度な魔法が使えるなどと誰が思うだろうか。

 その若さで高位の魔法を覚えているなどありえない。

 ……いや、コンラートにはひとつだけ思い当たる存在があった。それは死霊魔術を調べていく中で知った不老不死の魔物。


「吸血鬼なのか?」


 血を吸うことで人間を同じ眷属に変える最悪のアンデッド。死霊魔術の行き着く先。


「ちょっと違うけど、似たようなものね」


「何故ラーマ国の味方をする? 人間同士の争いにおまえは関係ないだろう!」


 理不尽だ、とコンラートは思った。魔物が人間の争いに介入するなどおかしいと。


「関係はね、あるのよ、一応」


 この吸血鬼とラーマ国に関係がある? 騎士団で情報収集や諜報を担当していたコンラートだが、そんな話は聞いたことがなかった。


「いや待て、待ってくれ。何が望みだ? 欲しい物があれば何でもくれてやる。人か、人が欲しいのか? だっておまえらは人の血を吸うのだろう? 何人だ? 何人必要だ? いくらでも用意してやる。いや、毎日用意しよう! 俺が王国を乗っ取ればたやすいことなんだ! 人だけじゃないぞ? 金だって物だって思いのままだ! 何が欲しい? 何が望みだ?」


「難しいことを言うのね、騎士様は」


 ルナは呆れていた。


「わたしが欲しかったのは、人並みのささやかな幸せ。でももうそれは失われてしまって戻ってこないの。ラトの国なら誰でも手に入れることができるはずのものよ。何故あなたはそれで満足しなかったのかしら?」


「何だ、何を言っている? 何でおまえのような化け物が、そこらの庶民みたいなことを言うんだ?」


「化け物だなんて傷つくわ?」


「待ってくれ! 謝る! さっきの言葉は謝る! すまなかった。許してくれ」


 コンラートは床にへたり込み、その態勢のまま後ずさった。


「じゃあ、じゃあこういうのはどうだ? わたしの血を吸うんだ。そしてわたしを吸血鬼に変えてくれ。永遠の命を与えてくれ。そうすれば、わたしはおまえの仲間になる。下僕になるんだ。それならいいだろう?」


「……美しくないわね、あなたは」


 ルナは目の前の男から興味を失っていた。


「わたしだって血を吸う相手くらい選ぶわ。誰でもいいってわけじゃないの。もっとも振られてばかりだけどね」


 ルナがそう言ったとき、部屋にひとりの男が入ってきた。

 騎士の鎧を身に纏った白髪の老人だった。長身でがっしりした体躯。片目には眼帯を付け、身体には他にも無数の傷が見受けられる。それが老人が百戦錬磨の強者であることを示していた。


「遅くなりました、ルナ様」


 老人はルナに頭を下げた。


「久しぶりね、キリアン。すっかり偉い人ね」


 ルナはほとんど面影の無いキリアンの姿に苦笑した。残った片目と声だけが昔と重なった。


「団長! 何故ここへ!」


 コンラートが驚きの声をあげる。キリアンはそのコンラートの姿を見て、落胆した表情を浮かべた。


「まさか直属の部下が裏切者であったとは……いくら探しても見つからないわけです。面目ありません」


「片目が無いんだから、しょうがないじゃない。見えないものも増えるわよ」


「なんでおまえと団長が知り合いなんだ!?」


 コンラートが叫んだ。


「あなたにはラトとキリアンのことは話したじゃない? ああ、ラトの正式な名前はラムナートっていうの? 自分の王の愛称くらい覚えておきなさい。もう役に立つことはないと思うけど」


「じゃあおまえのした話は……」


「50年くらい前の昔話よ。中々人にはできない話だから、聞いてくれたことは嬉しかったわ。ありがとう」


 ルナはにこりと笑った。コンラートの目の焦点はもはやどこにも合っていなかった。


「ルナ様、後はわたしにお任せを。王宮に行ってください。陛下がお待ちです」


 キリアンの片目が悲しみを帯びていた。


「……そう、わかったわ。あなたもこんな男にいつまでも構わない方がいいわよ?」


 ルナの言葉にキリアンは黙って頷いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 基本的なトリックですが楽しめました
[良い点] うおおおおおおおお…… こう来ましたか… 何と言っていいか分かりませんぞ エモすぎると言うべきか、たまらんと言うべきか めちゃくちゃぐっと来てます……
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