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02

 わたしは人買いのメイソンのところにずっといたの。

 両親? わからないわ。興味がないわけじゃないけど、メイソンも知らなかったみたいだしね。

 捨てたか、奪われたか、さらわれたか。何にしても、あまり楽しい話にならないと思うから。

 それにね、メイソンのところは、別に嫌な場所ではなかったのよ。

 人を扱った商売をしているだけあって、大きな屋敷でね。長い廊下をよく覚えているわ。

 いつもわたしたちが、その長い廊下をピカピカに磨き上げていたの。それがとても大変だったからね。

 屋敷は外も中も、いつもきちんと綺麗にしていたのよ。

 で、メイソンは妻のモリーと一緒に人買いの商売をしていたの。

 メイソンはね、あの当時で30代半ばくらいだったかしら? 黒髪で背が高くて、いつもニヤついている感じだったけど、顔は結構よかったわよ。顎に傷が多かったけどね。

 モリーはね、長い赤髪で顔は綺麗だけど気が強そうで、見るからにおっかない感じの人だったわ。女性にしては背が高くて、スタイルも良くて、年はメイソンと同じくらいかな?

 人買いとしてのふたりの評判は結構良かったみたい。 


 人買いの評判が良いのはおかしい?


 そんなことはないわよ。人買いだって商売だしね、良し悪しはあるの。お金を出して買った商品が使い物にならなかったら、あなただって怒るでしょう?

 それと同じよ。メイソンが売った子供は、質が高いことで知られていたのよ。

 メイソンはね、子供を安く買って高く売るのが得意だったの。

 付加価値って言うのかしら?

 子どもに教育とかマナーとか家事とか徹底的に教え込んで、それから売りに出すの。相手は大抵貴族とか商人みたいなお金持ちが多かったみたいね。

 労働力として買われることが多いんだけど、やっぱりあらかじめ教育が施してあると、使い勝手が全然違うみたいよ。重宝されるから、扱いも良くなるみたいだしね。

 質が良いから、稀に養子として買っていく人もいたわ。

 メイソンがよく言っていたわ。


「うちは売られた人間、買った人間、売った自分たち、みんなが幸せになる素晴らしい商売だ」ってね。


 とんでもないヤツ?


 そうね。もちろん、人買いが素晴らしい商売だとは思わないけど、少なくとも他の人買いのところよりかは良かったと思うわ。

 わたしも後で知ったことだけど、ほとんどの人買いは買って売るだけ。商品である人の扱いも粗雑なものらしいじゃない。それを思えば本当に……

 あ、でも妻のモリーは厳しかったわよ?

 子供たちからは悪魔のように恐れられていたわ。

 家事とか勉強とかマナーとか、ちょっとでもミスをすると、こっぴどく怒られるの。

 わたしは要領が良かったし、勉強もできたから、そこまで酷い目には合わなかったけど、仲の良かったドロシーなんかはしょっちゅう怒られてたわ。


「何でそんなこともできないの!?」


 って怒鳴って、頭を拳骨で叩くのよ?

 あれは痛かったわ。

 頭を叩くのはね、身体を叩いて痕が残ると商品価値が下がるからなの。

 いっそ、おしりとかを叩いて欲しかったわよ。本当にあの痛みは忘れられないわ。

 随分時間が経った、今でもね。

 それで叩いた後に、


「こういう風にやるのよっ!」


 って、きっちり手本を示すの。

 モリーは言うだけあって、何でも完璧にできたわ。

 今思うと、何で人買いなんかやっているのか不思議なくらい、礼儀作法に学問に家事と色々できた。

 でもね、子どもにとって、それってプレッシャーなのよね。そんなに完璧に同じようにできるはずがないもの。

 モリーは手本を示した後にもう一度説明して、子どもに同じようにやらせて、できるようになるまで許さないの。

 ドロシーは毎晩のように泣いていたわ。


「もう嫌。こんなところにいたくない。早く誰かに買われたい」って。


 でもまあ、あれだけ怒られると嫌でも覚えるようになるのよね。

 最初はよく怒られていたドロシーも、だんだんできるようになっていったわ。

 

 え? 師匠が出てこないって?


 そうね、わたしはあんまりお喋りが上手じゃないの。

 何せ、人とあんまり喋ることがないから、たまに話すと、ついつい、いっぱい喋ってしまうのね。

 だから我慢して聞いて? そのうち師匠も出てくるから。

 あ、でもドロシーのほうが、わたしよりも先に買われたのよ。

 言っておくけど、わたしは高値で売るために取っておかれただけだからね?

 わたしはアスラの民っていうことで価値が高かったから、メイソンはすぐに売るような真似はしなかったのよ。

 ……えっとそれで、ドロシーを買って行ったのは、優しそうな初老の貴族だったわ。

 メイソンはね、客を選ぶのよ。せっかく丁寧に育てたんだから、ちゃんと使ってくれる客を選ぶわけ。消耗品扱いですぐにダメにしてしまうような相手には売らなかった。

 そういう人って、ダメになった理由を買った人間とか人買いのせいにするから、金払いが良くても、長期的に見ると良くないって、メイソンが言っていたわ。自分たちの評判に関わるからね。


「優良な商売には優良な顧客が必須だ」


 とメイソンがよく言ってた。

 そういうわけで、ドロシーは喜んでいたわ。買ってくれる客がモリーよりは優しそうだったからね。


「やっと、こんなところから離れられる」


 そう言って、ニコニコ笑ってたのを覚えている。

 反対にモリーは子供たちが売られていくとき、いつも不機嫌だった。


「あの子はまだちゃんとできていないのに」


 そんな風にメイソンに文句を言っていたわ。

 メイソンは商売第一で、モリーは教育第一で、何だかんだでバランスのとれていた人買いの夫妻だったと思うわ。


 それでね、ここでようやく師匠が登場するのよ。

 あるとき、陰気な魔導士がわたしのことを見たいって、やって来たの。

 みすぼらしい黒いフードを被った魔導士よ。灰色の髪の毛に無精ひげ、年齢も若いんだか、年をとっているんだか、よくわからなかったわ。

 一応、どっかの貴族の紹介状を持っていたみたいで、メイソンが恭しく相手をしていたのを覚えている。

 で、その魔導士がわたしのことをじっと見るわけ。

 特にこの赤い眼を覗き込むように見ていたわ。ちょっと気持ち悪かった。

 メイソンは一生懸命アピールしたわ。


「この子は頭が良くて読み書きは完璧、マナーもそのへんの貴族の令嬢よりもわかっています。何なら家事だってこなせるんですよ?」

 

 本当のことよ? わたし何でもできるんだから。貴族のマナーは長い間使ってないから、大分忘れちゃったけど、そのときは出来たのよ。

 で、その陰気な魔導士が師匠だったわけ。

 師匠はあんまりメイソンの言っていたことに興味を示さなかったわ。

 わたしがアスラの民であることが重要だったみたい。

 メイソンはわたしの良いところをいっぱい並べた後に、申し訳なさそうに言ったの。


「それで、アスラの民で教育もしっかり施しているので、大分値段のほうは高くつきましてね。正直、貴族の方でもなかなか出せる金額ではないのですが……」


 多分、メイソンは師匠が本当に買えるだなんて、考えてなかったんでしょうね。

 お金なんて持ってなさそうな身なりだったもの。期待してなかったと思うわ。

 でも師匠は提示された金額を見て即決したわ。


「その金額で買おう」


 わたしもビックリしたわ。今まで何人かの貴族に目通しされたけど、正直一番貧乏そうな人だったもの。

「わたし、こんな人に買われちゃうの?」ってショックだった。

 メイソンは喜んでいたわ。まさか、その値段で売れるとは思ってなかったみたいだから。 


 それでその日の夜は最後の晩餐よ。

 売られていく子が一番好きな料理を、モリーが作ってくれるの。最後だけね。

 わたしはお肉が好きだったから、モリーが得意な肉料理を頼んだわ。

 モリーはね、料理も得意なの。わたしもドロシーも、モリーから料理を学んだんだけど、モリーほどは美味しく作れなかったわ。 

 それでその最後の晩餐でモリーは口を酸っぱくして言うわけ。


「ルナ、あんたはこのわたしが仕込んだんだから、うちの看板に傷をつけないようにちゃんとやりなさいよ」

 

 ってね。あんまりうるさくて、せっかくの料理が楽しめなかったわ。

 あとは、 


「いつも笑って、言われたことはすぐにやるのよ? むしろ、言われる前に行動するくらいの心構えでいなさい」


 とか言ってたわね。

 他にも何か言っていた気もするけど忘れちゃったわ。とにかく事細かく注意するわけ。

 それだけ信用商売だったってことね。

 メイソンはなかなか売れなかった高額商品が売れたことで、ご機嫌だったことを覚えている。


「あんな金額をポンと払ってくれるなんて上客だ。ひょっとしたら、他にもまた買ってくれるかもしれないから、おまえもしっかりやれよ」


 って言ってたわ。

 メイソンとモリーの夫婦はやっぱり悪い人ではなかったわね。

 ああいう人買いに買われて、運が良かったと思うわ。

 むしろ師匠のほうが問題だったのよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 善人ではないけれど至極真っ当な商売人。 この二人に買われる事は幸せではないけれど、 買われないよりは不幸ではないのだろうなと思わせられる人物ですね。
[一言] 商売人として凄く優秀。 親ガチャによっては死にそうになったり、死んだり、身体は健康だけど心が殺されたり、変な常識(その親独自の常識、犯罪まがい含め)を身に付けさせられたり、自己顕示欲の道具…
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