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「師匠、何で吸血鬼なんかになったんですか?」


 カーンは薄れゆく意識の中で、ルナの声を聞いた。現実なのか幻なのかわからなかった。


「魔道を極めるためだ」


 口はまだかすかに動いた。


「じゃあ何でわたしのことを噛んだんですか?」


「最初はおまえを贄にして、不死の王となるつもりだった」


「不死の王? 何でそれにならなかったんですか?」


「日の光にさえ気を付ければ、不死の王と吸血鬼の間にそう差異はない」


「え? じゃあ何でわたしのことを噛んだの?」


 ルナは再び同じ質問をした。


「……永遠の孤独を恐れた」


「えっ?」


「おまえが来るまでは、孤独は友のようなものだった。しかし、おまえが傍にいるようになってからは、徐々に孤独は恐怖へと変わっていった。故におまえをわたしの供とするために眷属にした」


「何でそのことをちゃんと話してくれなかったんですか!」


 ルナが叫んだ。


「話したら、おまえは受け入れてくれたか?」


「受け入れるわけないじゃない! ちゃんと話してくれたら、わたしがそんなことはさせなかったのに! 一緒に人間として最後までちゃんと生きようって言ったのに!」


「……それでは魔道が極められぬではないか」


「いいじゃないですか! 極められないから追い求めるんじゃない! 無限に生きてられたら、馬鹿らしくなって、そのうち魔法になんか飽きちゃうわよ! 限られているから追い求めることに価値があるんじゃない!」


「……ふっ」


 口元をわずかに歪めてカーンは笑った。それはルナが初めて見る師匠の笑みだった。


「確かにそうかもしれんな」


 カーンの身体は徐々に灰と化していっている。だが、カーンの表情は安らかだった。


「もうひとつ恐れたことがある。おまえがいつかわたしから離れて行ってしまうことだ。近頃のおまえは楽しそうに見えた。それは外との繋がりを持ったからだとわかった。わたしは……おまえのことを手放したくなかった」


 ルナは息をのんだ。自分のことに全然関心がないと思っていた師匠が、ちゃんと自分のことを見ていたということに。


「わたしは師匠に買ってもらったんだから、ずっと一緒にいるに決まってるじゃないですか! それぐらいの言うことだったら聞いてあげますよ!」


「そうか……わたしは思ったより……良い物を買ったのだな……」


 カーンの身体が完全に崩れ去った。


「ええ、わたしはとても良い物だったの」


 ルナは灰となったカーンを身体をじっと見つめていた。


──


「で、どうされるんですか?」


 しばらく経った後、ルシアナがラトに尋ねた。

 ルナの扱いをどうするのか問い質したのだ。

 ルナは吸血鬼化しているが、アスラの民であるため、不死の王にまで至っている。

 それは『太陽の鏡』の光を浴びても、ルナの身体に何の影響もなかったことが示していた。


「……ルナ、俺のことを恨んでいるか?」


 ラトはルシアナの問いには答えず、ルナに話しかけた。

 ルナは未だにカーンだった灰の前に立ち尽くしていた。


「恨んでないわ。ラトはわたしのことを助けに来てくれたんでしょ? 恨むことなんてできるはずがないじゃない」


 ルナはラトのほうを向いて、儚く微笑んだ。


「そうか。なら俺のところへ来ると良い」


「はっ?」


 ルシアナが間の抜けた声を出した。


「ラト様、動物を飼うのとは訳が違うんですよ? ルナちゃんは今や不死の王、強力な魔物なんです。それも吸血鬼に類するものなので、生きていくのに人の血を必要とします。王宮に迎え入れることなどできません」


 ルシアナが厳しく事実を指摘した。


「血なら俺のものをくれてやるわ。それなら問題なかろう」

 

 ラトは傲慢に言い放った。


「……本気なのですか?」


 ルシアナがラトをじっと見つめた。


「当たり前だ。吸血鬼のひとりも抱えられずして、何が王か」


「……王?」


 黙っていたルナが、不思議そうな顔でラトたちを見た。


「ラトって王様なの? そういえばルシアナって魔法使いだったの?」


 ラト、ルシアナ、キリアンの3人は顔を見合わせた。


「……ええ、わたしはラト様に仕える魔導士よ。ラト様はまだ王ではないけど、じきにそうなるわ。今の陛下は病を得ていて、あまり長くないの。それで、この単細胞の王子様は、長男というだけで跡を継ぐことになっているわ」


 ひとつため息をついてから、ルシアナが説明した。


「ラトって王子様だったの?」


 ルナは驚いていた。


「何か不満でもあるのか?」


 ラトは憮然としている。


「別に不満はないけど……でもね、わたし、血なんて欲しくないから大丈夫よ。人買いの家に戻るわ、それで……」


「駄目よ」


 ルシアナがきっぱり言った。


「吸血鬼を放置することなんてできないの。血を吸うことで、いくらでも眷属を増やせるのよ? 本来は人と相容れる存在ではないのよ。でも、わたしだってルナちゃんとは戦えない。せめて一緒に来てもらうわ。度量の広いラト様が、いくらでも血をあげるって言ってるしね」


 ルシアナが片目をつぶった。


「いいから来い」


 ラトがルナの手を掴んだ。


「おまえは何も心配することはない」


 ルナはその手を振り払うことができなかった。


──


 ラトたちはルナを堂々と王宮へ連れて帰った。

 ルナはラト専属の新しい侍女として、他の者たちには紹介された。それを奇異に思う者はあまりいなかった。

 ラトは変わり者の王子として知られており、彼が奇矯な振る舞いをするのは、今に始まったことではなかったのだ。


「日頃の行いが良かったおかげだな」


 ラトは笑って言った。今はラトの部屋でルナとふたりきりだった。

 カーンの屋敷の半分くらいの広さの部屋で天井も高く、豪華な調度品が並んでいる。


「悪いせいじゃないの?」


 ルナは自分がすんなり王宮に入れたことのほうが不思議だった。


「結果として良かったのだから、俺の行いは良かったということになる。簡単な話だ」


 そう言いながら、ラトはテーブルの上に山と置かれた果実にかぶりついた。

 薄い黄緑色の果実で、噛むと心地よい音が鳴り、白い果肉が見えた。


「おまえも食えるなら食っておけ」


「なぜ?」


 ルナはあまり空腹を感じていない。


「食べ物をたくさん食っておけば血に変わる。おまえが食うことで血を必要としなくなるなら、それに越したことはない。俺はおまえに血を分け与えるために、これからはたくさん食うことにした」


 言いながら、ラトは次から次へと果実を食べていった。


「食いたい物があったら言え。何でも用意させる」


 そう言われても、ルナには食欲がなかった。


「特にないわ」


「そうか」


 ラトは気にした風でもなかった。

 隣の部屋では、キリアンとルシアンの姉弟が特殊な鏡を通して、ふたりの様子を固唾をのんで見守っている。

 ふたりが監視していることはラトも承知しているが、この姉弟はラトの命令に逆らってでも、最悪ルナを殺す覚悟を固めていた。


──


 ルナはベッドの代わりに長椅子を与えられた。ラトは自分のベッドをルナに勧め、代わりに自分が長椅子に寝ることを提案したのだが、さすがにそれはルナが断った。

 その長椅子は、ルナがカーンの屋敷で使っていたベッドよりもよほど上等で、寝ることには何の不自由もなかった。


 ただ──ルナは渇きを覚えた。

 起きているときは何の空腹も感じられなかったのに、一度寝てから夜更けに目を覚まし、それから酷い喉の渇きを覚えた。

 残っていた果実にかぶりついたが、それは何の潤いもルナにはもたらさなかった。

 ベッドで寝ているラトに目が行く。

 その無防備な首元がひどく蠱惑的に映った。

 ルナはゆっくりとラトのベッドへと向かった。

 隣室ではその様子を見ていたキリアンが剣を抜き、踏み込む用意を整えている。

 ルシアナも杖を握っていた。


「やはり血が欲しくなったか」


 そのとき、ラトが起き上がった。ルナは驚いて後ずさった。


「いや、わたしは……」


 ルナはぼんやりした状態だったが、自分が何をしようとしていたのかはっきり思い出し、自分自身に恐れを抱いた。


「約束したことだ。首は目立つからやめておけ。腕なら構わん」


 ラトは利き手ではない左腕を差し出した。

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― 新着の感想 ―
ししょー!! 。゜(゜´Д`゜)゜。 師匠にも幸せになってほしかった……
2025/07/08 05:04 名無しさん
[気になる点] 魔導ではなく魔道と書いているのはあえてなのでしょうか。
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