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10(SIDE2)

 日が落ち、西の空にかすかな茜色が見える時分、ラトの部屋にルシアナが駆け込んできた。


「ラト様、カーンの屋敷で強い魔力反応があります。儀式が行われているのかと……」


「どういうことだ? 何故、今になって儀式を始めた? 前触れはあったのか?」


 ラトは強い口調で、ルシアナを問い質した。


「わかりません。ですが、カーンの屋敷で、かなり高位の魔術の儀式が行われていることは確かです。ラト様がルナちゃんに渡した腕輪が、強い魔力に反応しています。鍛錬や実験程度で行われるようなレベルのものではありません。もし、吸血鬼化、さらには不死の王の儀式だとすれば、早く止めないと手遅れに……」


 ルシアナからも普段の余裕の表情が消え、焦りの色が見える。

 ラトがルナに贈った腕輪は、強い魔力に反応して、ルシアナに異常を知らせる魔道具だった。察知できる範囲は都市ひとつ程度の広さだが、それでも十分な代物だ。


「ちっ、キリアン!」


 ラトがキリアンに呼びかけた。


「はっ」


 傍に控えていたキリアンが跪いた。


「ミスリルの装備を用意しろ! 俺とおまえのふたり分だ。聖水もありったけ持ってこい! 吸血鬼退治だ!」


「畏まりました」


 すぐにキリアンは動き出した。


「ラト様、ふたりだけで行かれるおつもりで?」


 ルシアナがラトを見つめた。


「たわけ、おまえもだ! だが、他の者はいらん。無用な犠牲が増える。あと、あの鏡も持ってこい」


「あの鏡ですか? 勝手に持ち出しても宜しいので?」


「そのうち俺の物になるのだから構わん」


「……わかりました」


 そう言って、ルシアナも準備を整えるために下がった。


「何故、今なんだ?」


 ラトは唇を強く噛んだ。


──


 それからほどなくして、ラトたち3人は馬を飛ばして、カーンの屋敷の近くにまで来ていた。

 いつものように、屋敷の周辺には人気がない。人の姿は。


「何だ、このグールの数は!」


 ラトが叫んだ。そこには屋敷を取り囲むように、大量のグールたちの姿があった。

 グールの外見は老若男女様々だが、皆に歩くのが辛そうに前屈みとなり、怨嗟を感じる唸り声をあげている。


「恐らく墓地から発生したものでしょうが、これは……」


 ルシアナも目元を歪めている。今の彼女は魔導士の黒いローブに身を包み、顔の下半分をヴェールで覆っている。手には先端に大きな宝玉をつけた長い杖を持っていた。


「もはや、死霊魔術師であることを隠そうともしておらぬか!」


 このグールたちは儀式を邪魔させないための時間稼ぎであることに、ラトは気づいていた。


「不死の王となってしまえば、その後のことはどうでもいいのでしょう」


 ルシアナが言った。吸血鬼であれば、まだ対処もできるが、不死の王は伝説に謳われるような強力な魔物である。倒すには相当な準備が必要となり、その間にカーンはどこぞへと逃げるつもりなのだろう。


「是非も無し。斬り込むぞ。キリアン、おまえは姉を守れ」


「はっ!」


「お待ちください、ラト様。まずはわたしが……」


 剣を抜いて突っ込もうとしたラトを止め、ルシアナは呪文を唱え始めた。

 魔法の詠唱は、アスラの民が使っていた古い言葉で紡がられ、ラトたちには何を言っているのか理解できない。ただ、ルシアナの持っている杖の宝玉に、徐々に光が灯り始めている。

 それが激しく輝いた瞬間、ルシアナは杖をグールたちに向け、呪文が発動した。

 杖から放たれた紅蓮の炎が、屋敷を囲んでいたグールたちを一気に包み込む。

 

「おい、あの炎は屋敷まで燃やさないだろうな?」


 ラトが少し不安そうな表情を浮かべた。


「そうできれば、話は簡単なのでしょうが……」


 ルシアナは目元だけで笑った。


「ルナちゃんを助けなければなりませんし、あの程度の炎では屋敷を覆っている結界を破ることはできません」


「ならば好都合。行くぞ!」


 炎に焼かれ苦悶の声をあげているグールたちを横目に、ラトたちは屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。


──


 3人が門をくぐったところで、屋敷の扉が開き、中から3体のスケルトンが姿を現した。

 その手には、柄が槍程の長さの大鎌を握っている。


「最悪……グリム・リーパーです。ただのスケルトンではありません。上位のアンデッドです。やはり、カーンはかなり高位の死霊魔術師のようですね」


 ルシアナが注意を呼び掛けた。


「所詮、骸骨だろうが!」


 ラトが剣を脇に構え、滑るように1体のグリム・リーパーに向かっていった。

 キリアンがラトをサポートすべく、他のグリム・リーパーの動きに備える。

 ルシアナも再び呪文を唱え始めた。


「せやっ!」


 ラトが横薙ぎの一閃をグリム・リーパーに放ったが、物言わぬ骸骨は大鎌の柄で難なくそれを受け止めた。

 それを予期していたラトは、すかさず袈裟懸けの斬撃に移行する。

 グリム・リーパーは素早い動きで大鎌を持ち上げ、肩を狙った一撃にも対処したが、その持ち上がった腕をラトが狙った。

 手の動きだけで鮮やかに剣を返し、グリム・リーパーの両腕の手首から先を斬り落としたのだ。

 

「お見事です!」


 他のグリム・リーパー1体の相手をしていたキリアンが快哉を叫んだ。もう1体のほうは、ルシアナが魔法で牽制している。

 手首ごと大鎌を失った骸骨は、何が起きたのか理解できなかったのか、失われた腕の先に視線を落とした。

 その隙に、ラトがその髑髏を刎ね飛ばした。

 さらに他のグリム・リーパーの状況を、目線だけで瞬時に確認すると、ラトはキリアンと斬り結んでいたほうの片足を斬った。

 そして、ルシアナが相手をしていたグリム・リーパーへと向かっていった。


 足を斬られ体勢を崩したグリム・リーパーを、キリアンは慎重に仕留めた。

 ルシアナの魔法で牽制されていたグリム・リーパーは、横からのラトの攻撃に対応できず、胴を斬られて上半身が地面に滑り落ちる。

 ルシアナはその上半身に素早く近づくと、髑髏に足をかけ、ヒールで踏み砕いた。


「頭部が残っているとグリム・リーパーは何度でも復活するので、髑髏は砕いてくださいね」


 ルシアナがにこやかに告げた。


「……そうか」


 ラトとキリアンは言われた通りに、剣で髑髏を砕いたが、


(何で踵で砕くんだ? 杖を使えばいいのに)


 と思っていた。


──


 3人は屋敷の中へと足を踏み入れたが、邸内は静かなもので、物音ひとつ聞こえない。

 いつもルナが掃除をしていたためか、薄暗い儀式が行われているとは思えないぐらい、中は綺麗に整っていた。


「どこだ?」


 ラトがルシアナに問いかけた。


「地下です。下から魔力を感じます」


「その下に繋がる階段はどこにある?」


「恐らくカーンの自室でしょう。秘儀を行う場所は、魔導士にとって極めて私的なものですから」


 ラトたちは片っ端から部屋を調べた。

 食堂、書庫、応接間、客間、どこも綺麗にしてあった。


(偉いものだな)


 このような状況にも関わらず、ラトはルナの仕事ぶりに感心した。

 カーンの屋敷には、ルナしか家事を行う者がいない。ひとりでこの広さの邸内を常に整えておくのは大変なことだった。


 1階の最奥で、カーンの私室らしき場所が見つかった。

 この部屋だけ、書物や何に使うのかわからないガラクタのようなものが乱雑に散らばっていた。

 恐らくここだけは、ルナが掃除をするのをカーンが拒んだのだろう。


「ここか?」


 ラトが部屋を見回したが、一見すると下に繋がる階段のようなものはない。


「大抵、本棚の後ろとかに隠し階段があるものです。自分の魔力にしか反応しない仕組みで……」


 ルシアナの言葉を聞くや否や、ラトは本棚をぶった斬った。

 本来は魔法でスライドする機構を備えている本棚が崩れ落ち、その背後に隠した階段を露わにした。


「急ぐぞ!」


 ラトが残骸となった本棚を蹴り飛ばしてどかすと、躊躇なく下へ続く階段へと飛び込んだ。

 キリアンとルシアナも慌ててそれに続く。

 階段の先は明かりも無く、ぽっかりと闇が待ち構えていた。

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[一言] やばい、読むのを止めるのをやめられない
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