01
4作目ですね。サスペンス要素はあまりないかもしれません。
その少女は魔導士が被るような白いフードで頭から足元まですっぽり覆い、街の中をゆっくり歩いていた。
表情はよく見えない。
出入りしている薬屋の話では、あまり印象に残らない顔だという。
出来の良い薬をおろしているのに、顔を覚えていないというのはおかしな話だ。
恐らく何かしらの術を使っているのだろう。存在感を消す護符というものがあって、魔法使いたちの間では有名らしい。そういったものを少女が持たされている可能性が高い。
「お嬢さん、ちょっと話を聞かせてくれないかな?」
わたしはふたりの部下を連れて、路地から出ると、少女を囲い込むようにして話しかけた。
彼女はビクリと驚いて立ち止まり、突然現れた相手の姿を確認した。
我々が着ている鎧にはラーマ国の紋章が刻まれており、それが身元の確かさを示している。
「……騎士様?」
少女は小首を傾げた。自分が何故呼び止められたのか、わかっていないのだろう。
わたしはフードの中に隠れていた少女の顔を見た。
赤い眼、白い肌に金色の髪。……アスラの民の血を引く者か?
年は16くらいだろうか。顔立ちも整っていて美しい。
この顔が記憶に残らないわけがなかった。首に下げている小さな木の札のようなものが、恐らく例の護符なのだろう。
「君に話があるんだ。悪い話じゃない。ちょっと騎士団の詰め所まで来てくれないか?」
わたしは敵意が無いことをアピールするために、努めて笑顔を浮かべた。
「どんなお話?」
少女が尋ねた。その顔に怯えはない。接触はまずまず成功したようだ。
「君と一緒に住んでいる人物についてだよ。何、我々がその人をどうこうしようというわけじゃない。逆に思っていた通りの人物だった場合、守りたいんだ」
「守る? 師匠を?」
師弟関係だったのか。少女が使用人という可能性も考えていた。
「うん。まずは君の師匠が我々が探していた人物かどうかを確かめたいんだ。ただ、人に聞かれたくない話なのでね。ちょっと詰め所まで来てもらってもいいかな?」
「……わかったわ。あまり遅くならないようにしてね?」
ささやかな要望を述べて、少女は素直に従ってくれた。
無理矢理連れて行くのは避けたかったので、こちらとしても一安心だ。
「ああ、できるだけ時間を取らないようにしよう。
わたしはコンラート。見ての通りラーマ国の騎士団に所属する者だ。君の名を教えてもらってもいいかな?」
「ルナよ」
「ルナ……良い名だ。じゃあ早速行こうか」
わたしは部下のふたりにルナの両脇を固めさせると、そのまま詰め所へと向かった。
──
わたしが所属する騎士団の詰め所は、街の大通り沿いにあった。
通りの建物の中でも、詰め所は大きな部類に入る。この騎士団の主な役割は治安維持なので、その存在を誇示する必要があるからだ。
その任務は犯罪者の取り締まりに留まらず、内部調査や密偵、ときには魔物の討伐など多岐に及ぶ。
騎士の任務としてはあまり好まれないが、今の王が王子の時分に創設したものであり、王国が民のために働いていることを示すための組織でもある。
もっとも実際に動くのは騎士の下についている兵士たちの役割で、今回のようにわたしたち騎士が直接動くのは珍しい。それほど、ルナが関連している件は重要だった。
わたしは詰め所内のできるだけ綺麗な部屋にルナを案内した。威圧感を与えないよう、話を聞くのはわたしひとり。連れていたふたりの部下は、話が盗み聞きされないよう、扉の外で見張らせている。
テーブルを隔ててルナと向かい合わせになった。テーブルには運ばせてきたティーポットとカップがふたつ。茶はこちらが気遣いをしていることの表れだ。
ルナはカップを口元に運ぶと、少し匂いを楽しんでから飲んだ。緊張はしていないようだ。
「まずはその護符を外してもらってもいいかな? 何らかの魔力的な効果があるのだろう?」
「これ? いいわよ」
ルナはあっさり護符を首から外すと懐へしまった。これで話の内容を忘れるようなことはないはずだ。
「まずは君の生い立ちを聞いてもいいかな? 見たところ、アスラの民の生き残りのようだが……」
アスラの民というのは、その昔、世界を支配していたと言われている民族である。特徴としては、生まれながらに強い魔力を持っており、魔法使いとしての適性が極めて高い。
アスラの民は強力な魔法の力で世界を支配し、他の民族を奴隷として扱っていた。
しかし、少数民族だったため、その数自体は少なかったようだ。ある時、奴隷にされていた我々の先祖が反乱を起こし、大きな戦いとなった。
アスラの民はみな優れた魔法使いたちだったが、奴隷たちの圧倒的な数の前に敗れ、滅亡したとされる。その後もアスラの民は忌避の対象となり、徹底的に弾圧されたらしい。
だが、それも1000年以上遠い昔の話。その当時は魔法自体が禁忌とされたようだが、今となっては魔法使いは貴重な存在である。
時折、先祖返りとして現れるアスラの血を受け継いだ者たちも、どちらかと言えば珍重されているくらいだ。
「自分ではよくわからないわ。物心ついたときは人買いのところにいたもの」
なるほど。アスラの血を引く者は稀であり、高く取引されていたという噂だ。昔は人身売買は盛んに行われていたが、現在は違法で罪に問われる。それでも、闇で取引を行っている者はいるようだ。
「そうか、それは大変だったね」
人買いのところにいたのだから、きっと幼少期は酷い目にあっていたのだろう。
「そうでもないわ。貴重な商品として扱われていたもの。読み書きだって教えてくれたしね。多分、師匠に買われた後のほうが大変だったわ。何せ研究以外は何もしない人だったし。連れていかれた屋敷があまりにも汚くて、わたしはお掃除から始めたもの。あのときが一番大変だったわ」
ルナは明るく答えた。
ちょっと想像と違ったが、わたしは質問を続けた。
「じゃあ、その君の師匠の名前を教えてくれないか?」
「カーンよ」
カーン。知らない名前だ。大魔導士ローガンだと思っていたが。偽名だろうか?
ローガンは伝説の魔導士で未だに生きているかはわからないが、今回の件はかなり高位の魔導士が関与しているはずだった。
「我々はカーンを魔導士だと思っているが、それで合っているかな?」
「合っているわ」
「魔導士としての実力はかなり高い?」
「どうかしら? よくわからないわ。師匠は普通の魔導士とはちょっと違うから、簡単に比べられないのよ」
「どう違うんだい?」
「研究している魔法がちょっと特別で……あんまり言いたくないわ」
「大丈夫。秘密は守るよ。わたしはこの国で一番口が堅い騎士として有名なんだ」
そう言うとわたしは片目をつぶって微笑んだ。大抵の女性はこれを信じてくれる。
ルナは少し思案してから口を開いた。
「……わかったわ。死霊魔術を研究しているの。ちょっと気持ち悪いでしょう? 世間体が悪いから秘密にしてね?」
死霊魔術。死者と通じて未来や過去を視る魔術。死体に一時的な生命を与え、グールやスケルトンを操るとも言われているが、今では学ぶ者がなく、その実態はよくわからない。
しかし、わたしが探している魔導士はその死霊魔術の使い手だった。
「なるほど。もちろん、他の誰にも他言はしないと誓おう。絶対にね。
それでその……死霊魔術はどれくらいのレベルで使えるのかな? 一度にたくさんの死体を操るとか、そういうことができる?」
「どうかしら? グールは気持ち悪いから使わないようにお願いしているの。代わりに家には何体かスケルトンがいるわ。まあ、使用人みたいなものね」
スケルトンが使用人……骸骨が調理したり、掃除したりするのだろうか?
なかなかシュールな光景だ。そんな家が近所にあったら、すぐに引っ越すだろう。
ルナの感覚も大分世間の感覚とズレているようだ。まあ、育った環境を考えれば、仕方がないのかもしれない。
「それはなかなか高位の術者のようにも思えるが……どうだろう、カーンのことを話してもらってもいいかな? 彼がどんな人物なのか知りたいんだ。ずっと一緒に暮らしているなら、君のことから話してもらってもいい」
「わたしのことでいいなら、別に構わないわよ」
こうしてルナは語りだした。