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大恋愛のあとしまつ

作者: しょうぐん

 ある国で王子と聖女の結婚式が迫っていました。

 王子はこの国の第一王子であり、順当に行けば次の王位に座る男性。

 聖女というのはこの国の結界を支える聖石へと魔力を一人だけで充填できるだけの大魔力と聖なる属性を持つ稀有な資質を備えた少女。

 元々、聖女は下級貴族の出身でありました。

 ある日、爆発的に覚醒した魔力により聖女として認定され上流階級の一員に加わったのです。

 しかし、貴族と言いながらも下町で育った彼女は溌剌とした性格であり民からも慕われては居ましたが気品という物が欠けていました。

 多少育ちが良い町娘という感じです。

 一方で王子は幼い頃より高貴な人物たちばかりを社交界で見て育ちました。

 美しく着飾った淑女達こそが理想の女性。

 そんな彼らは一目で恋に落ち……る訳もなく、彼らの婚姻は国によって決められた物でした。

 

 そんな状況に王子は不満を持っていました。

 王子的には聖女は女性としての魅力に欠けていたのです。

 主に性格と胸元が。

 国のためとは言えそんな女性と結婚しなければならないのかと王子は悩みます。

 しかし、時間は流れに流れあれよあれよと進んで行きます。

 そして、聖女が結婚できる年齢になったその年に式が挙げられる事が決まりました。


 自分を押し殺す事に悩んでいた王子の前に一人の女性が現れます。

 彼女は大貴族の娘。

 いわゆる公爵令嬢。

 傍目にも美しくプロポーションも抜群。

 王子はそれが自然な摂理であるかのように恋に落ちます。

 自分に婚約者がいる事など百も承知。

 王子はそれでも運命的な物を感じずには居られません。

 高貴な身分である王族に相応しいのは貧相な聖女ではなく目の前にいる女性ではないのだろうか?

 日々、その思いは募っていきます。

 そして、王子と聖女の結婚式まで目前となったある日、その娘は衝撃的な事を語ります。


「彼女は聖女という肩書を笠に着て陰湿なイジメを行っているのです。私どもは聖女様には逆らえませんから……」


 これに王子は激怒しました。

 かの邪智暴虐の聖女を除かなければならぬと決意しました。

 そして始まるのは一世一代の大恋愛。

 妃に収まろうとする悪女を糾弾し立ち向かう王子の姿がそこにあったのでした。

 


「はぁ?王子が聖女に対して婚約破棄?正気か?」


 日が傾き、部屋の中が夕暮れに染まる時間。

 皆々が今日一日の仕事を終え帰宅しようとしている時間に飛び込んできたのは耳を疑ってしまうような情報だった。


「独身最後のパーティーという名目で開かれた宴席で宣言したようです。え~っとですね、“あのような腹黒い女と婚姻を結ぶ事などできない”というのが王子の主張ですね。同時に公爵令嬢を妃にするという宣言も行いました」

「なんだそれは……王子は何を考えている?」

「何も考えていないのだと思いますよ。これが当時の状況を端的にまとめた報告書です」


 渡された資料に目を通す。

 そこには王子が行った演説がまとめられていたわけだが頭を抱える内容が羅列されている。

 読めば読むほど開いた口が塞がらなくなる内容だ。

 そして、資料を手にして固まる俺の視界の端にはそそくさと部屋から出ていこうとする人影。


「お前ら……何を帰ろうとしている?」

「いえ、定時ですし帰宅しようかなと……今日も一日お疲れ様っした!」

「俺の今の顔を見て帰れると本気で思っているのか?」


 その顔はあらゆる感情がオーバーフローしたのか無表情であった。

 しかし、その底にある感情を誰もが察する事ができる。

 そして俺が次に発するであろう言葉も……


「まさか……」

「いや……それ以上は言わないでください……」

「認められねぇ……俺は断固拒否するぜ……」


 俺達は国家の安全のために尽くす騎士団の中でも特異な部署である独立部隊。

 そして俺はその隊長だ。

 俺達は国を害する事柄が起きればどの派閥にも属する事なく独自の考えと権限で動く。

 何の(しがらみ)も無いからこそ他の部隊よりもフットワークが軽いのが俺達の強み。

 通常の騎士団では関わらないような物であろうとも、それが国の危機に繋がると俺達が判断すれば出番だ。

 国の為、民の為、そして己の生活の為にあらゆる問題を解決するために動く国家の犬。

 そんな俺達が動く事によって未然に防げた事件も数多くあったりする。


 主流の派閥に馴染めなかったハミ出しものの吹き溜まりなんて言う人もいるが、そんなに捨てたもんじゃない。

 悪くない給金は貰っているし、この国を守っている実感がある。

 ほどよく良い暮らしとやり甲斐のある仕事。

 そして帰りを待ってくれる愛する家族が居れば最高だ。

 まぁ、俺には帰りを待つ存在は居ないわけで、それは俺の部下達も同様。

 つまり、いくら働いても誰も悲しまない。


「お前ら全員残業だ!」


 そんな日陰者の番犬全員から怨嗟の声が上がる

 終わりの見えない残業の確定。


 そう、これから始まるのは大恋愛の後始末。



「余計な事をしてくれた。とりあえずは現状把握だ。聖女はどこにいる?」


 寝耳に水とはまさにこの事。

 だが、驚き憤慨しているだけではどうにもならない。

 こういう場合に重要な事は優先度の高い所だけでも押さえる事だ。

 そして、この件において一番優先度が高いのは頭のおかしい宣言をした王子ではなく聖女だ。


「パーティー会場から馬車でご帰宅されてますね。とくに取り乱した様子などもなかったそうですが内心はわかりません」

「人員は?」

「うちから一人張り付いてます。帰宅の情報もその子からなので間違いないでしょう」

「よし、まずは聖女を城に呼ぶ……いや、聖女の屋敷に向かうぞ」

「こちらから出向くんですか?聖女様の家は貴族とは言え大きくない屋敷ですし警備なども言っちゃ悪いですけど微妙ですよ」


 聖女は元々下級貴族であり、本来の家は地方にある。

 そのため王都では国から割り当てられた屋敷に住んでいるのだ。

 国から警備が派遣されてはいるが王城と比較して厳重な防衛体制かと言うとそうではない。

 だからこそ、直接俺達が出向く必要がある。

 

「構わん。王子が聖女を裏切ったのであれば城には不信感があるだろう」

「十中八九は王子の暴走でしょうけど聖女様からしたら城は敵地扱いでもおかしくないですもんね」

「ここに呼び出すのが万全だが時間が惜しい。直接出向く」


 聖女の心情を考えるならば王城へと呼び出されたとして素直に動くとは考えられないし、これから先の話をするにしてもあまり良い印象では無くなってしまうだろう。

 聖女の心象は重要事項だし住み慣れた家と信頼できる家人が入れば今後の方針の事についても落ち着いて話せるはずだ。


「とにかく現状の最悪は聖女がこの国に反感を持って離反する事だ。それは避けなければならない。時間が遅いので揉めるだろうが俺達は一応は騎士団員だ。トラブルがあったばかりだから彼女の安全確保だと言えば問題ないだろう。こんなあからさまな問題が起きたら大人しくしていた連中だって動き出すかもしれんとな」

「了解っす」

「はぁ……さようなら俺の休日。こんにちは残業代」

 

 軽口を叩きながらも皆が準備を始める。

 聖女の魔力はこの国において最重要。

 誰もがわかっている事だ。

 この国の魔力リソースは聖女が居るからこそ結界の維持以外の色々な事に回す事ができる。

 彼女が居なくなれば色々な物を削減して結界へと力を注がなければならない。

 勿論、それでも国は成り立つが発展には急激なブレーキがかかる。

 何の準備も無しに結界が不安定になれば国が傾く可能性すらある。

 だから、まずは聖女の身柄を確保してその可能性を潰す。

 国外へ出る事は勿論、他国の間者に接触されるのも問題だ。


「王子はどうしてる?」

「パーティー会場がお通夜みたいな状態になった事に憤慨して新しい婚約者様と奥に引っ込んだそうですよ」

「それはそうだろ。誰がどう考えたってそうなる。何故に結婚式の直前で婚約破棄の宣言なんて発想になるのだ」

「なんも考えてないのでしょうね~ほら、男って後先考えないから」


 女性の部下であるシェリルは諦念の籠もった言葉を吐いていた。

 こいつはつい先日に浮気をされたばかりだから言葉に重みがあった。

 こんな部隊に配属されるような女性だ。

 当然ながら浮気した男は半殺し以上の目に遭わせた事を俺は知っている。


「折角式の会場内で警護する役目だったのになぁ。会場で食べる料理を楽しみにしてたのになぁ」

「俺の休日……」

「猫の餌上げたいんすけど、一回家行ってきて良いすか?」


 それぞれの口から愚痴が漏れ出てくる。

 当然、俺の口からも出てくる。

 だが、ウチの人員のように愚痴るくらいなら全然マシだろうとも思う。

 そうでは済まない人たちも多くいる。


「どこにどれだけ影響が出るか考えると頭が痛くなるな」

「私達でマシな方だったりして」

「うへぇ……俺らでマシなんてなったら他の人じゃ死ぬんじゃないですか」


 新たな国王になるであろう王子とその妃となる聖女の結婚式だ。

 膨大な人数が関わっている。

 俺達のような日陰者は勿論、正規の騎士団も関わっているし、貴族も商人も平民にだって関係者は居る。

 国内だけではなく国外にだって広く喧伝していたのだ。

 どれだけ騒ぎになるか予測がつかない。


「王子が言うには“私とともに真の聖女である彼女がこの国を支えるから安心して欲しい”だそうですよ」

「そんな訳があるか!代わりが居ないから聖女なのだ!どこまで頭が緩いんだ……こんな大勢……他国の人間もわざわざ呼んでこんな宣言しやがって。話の拡散を止める事ができん。内々ならば体裁だけでも取り繕う事もできただろうが、そんな事を考える頭すら無いというのか」

「うはぁ!隊長言いますね~」


 何をどう考えたらそんな発想になるのだ?

 そもそも公衆の面前で女性に対して極大の不義理を行って祝福されると思っている脳内がお花畑にすぎる。

 考える事を止めたい気持ちが溢れてくるがそうも行かないのが自分の立場だ。


「くそ……今すぐ王子を最大限の魔力を込めた拳でぶん殴りたい」

「あの貧弱王子なら殴ったら死ぬんじゃないですか?」


 何も考えずに思いつきで行動してるとしか思えない。

 まさかこのような爆弾が投げつけられるとは思っていなかった。


「とりあえずジェイクは騎士団長の所に向かえ。情勢が安定するまでは俺達が聖女の警護に付くと伝えろ」

「警護役の騎士は派遣されてるのでは?」

「騎士団にも派閥がある。国内の諍いの場合、特に今回のように王族や貴族が深く関わる場合は一般の騎士では駄目だ。俺達のように政治的な色が付いてない人物以外は信用できん」


 日が暮れ始めている。

 時間に余裕があれば明日の朝に改めて動き出したい所だがこういうトラブルは時間が経てば経つほど思いも寄らない方向に飛び火する可能性がある。

 できうる限り迅速に事を収める為には上司だろうと関係が無い。

 幸い俺達は通常の命令系統から独立してるハグレ者だ。

 事後承諾でなんとでもなる。 


「王子はどうするんですか?」

「監視に一人付けろ。怪しい動きをしたと思ったならすぐに知らせろ」

「最重要は聖女だ。王子にどんな意図があったとしてもそれは変わらん」


 王子を放置する事で後々に問題が大きくなる可能性はある。

 どんな事でも考えればキリが無い。

 そして、それら全てに今すぐ対応する事はできない。

 だから重要な事だけを押さえる。

 具体的には国の要となる聖女の身柄確保。

 この件についての着地点を決める国王の意思が定まるまでの間は聖女を俺達が守らねばならない。


「流石に国王は今回の事は知らないっすよねぇ」

「知っていて許したのであればこの国は終わりだ」


 俺は自分が賢いとは思っていない。

 人並みだ。

 その人並な俺でも今回の件があからさまな愚行だという事がわかる。

 それだけ頭のおかしい行動なのだ、この王子の婚約破棄は。


「よし、残りはついてこい。聖女の屋敷に向かう」


 そうして自宅に帰るはずだった俺達は間違いなく最大級の被害者である聖女のところへと向かうのであった。



 聖女の屋敷につき身分を明かして中へと入れてもらう。

 目の前にはまだ成熟した女性とは言えない少女。

 肩口まで伸びた栗色の髪。

 騎士団員だという証明をした俺達を招き入れたとは言えまだまだ不審げだ。


 下級貴族としてはそれなりだが決して大きいとは言えない屋敷には聖女と護衛も兼任しているメイド二名だけが居る。

 どちらも騎士団から派遣された護衛の役目もあるメイド騎士。

 屋敷にいるのはそれだけ。

 住んでいるのが三人だけだと考えれば十分すぎる広さなのだろう。


「夜分遅くに押しかけて申し訳ない。最悪の事態を想定して動かせてもらった」

「いや~まぁ明日の朝には誰かが話聞きに来るだろうなとは思ったけど、その日の内に来るとは思わなかったなぁ。もしかして、仕事できる系の人だったりします?」


 何とも気安い口調で話すのは件の聖女だ。

 魔力が覚醒するまでは平民と同様な生活をしていたというだけあって貴族らしさはそこには無い。

 そういうところが王子は気に入らなかったのかもしれないなと心の中で思う。


 そして彼女も王子の事はあまり気に入ってなかったのだろう。

 婚約破棄という爆弾を投げつけられた直後だというのに確かに落ち着いている。

 むしろ、後ろに立つメイドのほうが噛みつきそうな目で俺の事を睨んでいた。

 俺の記憶が確かならば聖女の警護専門で女性騎士を配置していたはずだ。

 聖女が蔑ろにされた事について憤慨していたので関係は良好なのだろう。


「ボリスとディモで結界を敷け。第一種だ。暫くの間は家人以外を近づけないようにしろ」

「ウチに第一種の結界?いやいや、流石に大袈裟じゃないですか?でも、凄いですね。さらっと第一種が使えるなんて」


 第一種の結界というのは対人用として使われる物としては最高級だ。

 独立部隊は少数精鋭。

 数を頼みにできないのだから個々人の力はこの国でもトップクラスだ。

 突出しているからこそ普通の騎士団に馴染めなかった有能なハミ出しもの。

 まぁ、力だけじゃなくて性格も騎士らしくはないだろうが。


「俺達は騎士団の中でも少し変わった役目を担っている。こう言ってはなんだが他の騎士よりも危機管理に敏感だ。その俺達が必要があると判断した」

「まぁ~別に良いですけど。私のためみたいですし」

 

 聖女は現状が中々に危険な情勢だとは考えていないようだ。

 少し危機意識が足りないのかもしれないと感じた。

 危なっかしい事だ。


 今後、王子は聖女の排斥へと動くはずだ。

 何をするにしても袂を分かった聖女の存在は邪魔になるからだ。

 そして、聖女を排除する方法の中には直接的な方法もあるだろう。

 王子は事前に婚約を破棄する事を考えていたのだからその後の動きも迅速に行ってくる可能性があった。

 後の事を考えているならばそもそも婚約破棄などしないという考えもあるが万が一もあるのだから。


「少し変わった役目ですか。だから口調がざっくばらんなんですかね。時々護衛に付いてくれる騎士さんとか、私に対してめちゃめちゃ敬語だもん」

「礼儀がなってないのは申し訳ないが、これが性だ。部下に関しても礼儀は二の次の人物が集まっている」

「全く問題ありませんよ。私も品が無いって陰で言われ続けてるし、そんなのだから婚約破棄されたのかなぁとか思うし」


 自嘲気味に笑う聖女。

 その姿は少しだけ憂いを帯びている。

 下級貴族から急に成り上がったのだ。

 心無い言葉を投げかけられる事もあっただろうし、直接的では無かったとしても嫌がらせのような事をされてもいるだろう。

 そこに来て王子から婚約破棄だ。

 他人が考えるよりもその心労は大きいのだろう。

 華奢な体でそれらを受け止めるのは想像する以上に辛い事のはずだ。

 力になってやりたいとは思うが俺にできる事は多くない。


「君に責任は無い。今回の件はあらゆる意味で想定外だ。何が起きるかはわからないから俺達が警護につくだけだ」

「誰かが私を狙っているとか?それとも私がこの国から離れると思ったとかですか?」

「どちらもあると考えた。そして、俺達はそれらを許容できない。誰かが君を狙っているならば命をかけて守るし、君が他国(よそ)に行こうとするなら全力で止めさせてもらう」


 聖女の魔力は強大だが、それがイコールで戦えるという事にはならない。

 自身で身を守れるのであればそれに越した事はないがそうではないという事だ。

 強大な力は制御が難しくなる。

 聖女ほどに魔力が大きすぎると自身を守るために力を振るい辛くなるのだ。

 だから彼女には護衛が必要だった。


 今回、起きるであろう様々な事柄の中心に彼女がなるのは間違いが無い。

 王子と決別した聖女に対して多種多様なアプローチがされるだろう。

 その中には危険な物も当然含まれる。

 自国のよからぬ輩からすれば聖女を押さえればこの国のバランスを崩す事ができるし、他国に渡れば脅威となる。

 そういった余計な混乱を防ぐのが俺達の仕事だ。


「とりあえずは国王のスタンスがはっきりするまでは俺達が警護に付く。情勢が落ち着くまで我慢してくれ」


  

 王子の婚約破棄の宣言の影響が及ぶのは聖女を警護している騎士団だけではない。

 驚愕の情報が知らされた人々はその対応に追われて行くのだ。

 その中にはありとあらゆる人間が居た。

 王族と聖女の結婚パーティーが行われるはずだったのだから関係者は多岐に渡り、その大きさは計り知れないのだから。


「結婚式はキャンセルですか。それは良いですが既に諸々の準備は終えてしまっておりますよ」

「そんな事はわかっている!」


 王家御用達の商家。

 その一室では身なりの良い商人と王子からの使者が話し合っていた。

 使者は朝一番に王子から「全ての取引を話を白紙に戻せ。あの女に使う金は一切無い。まだ式を行う前だからキャンセルできるだろう」と頭が痛くなるような伝言を携えて商家へと訪れていた。

 “そんな訳が無いだろう”とは言えなかった。

 冷ややかな目で使者を見る商人と自分が言ってる事が理不尽だと理解しているのか勢いで押し通そうとする使者。

 婚約破棄による後始末の一つがここで行われていた。


「わかっているなら良いのですが、本当に?もう一度言いますがもう準備は終わっているのですよ」

「だから何だと言うのだ!」

「諸々の費用は払ってもらわねばならないという事です」


 キャンセルになったから全てが無しなどとなるわけも無い事を理解しているのか?と商人は言う。

 大規模な催事にかかる費用が前金で全て支払われるはずもない。

 商家がまずは支払い、後日にかかった費用を王家が補填する予定であった。

 そして、今は式の直前だ。

 ほぼ全ての準備は終わってしまっている。

 事前の準備は念入りに行われており、そのために支払っているコストもそれなりなわけだ。

 それは使者もわかってはいる。

 だが、王子が金を払う気が無い事もわかっていた。


「聖女様用に誂えましたドレスやティアラ、指輪などの宝飾品は既に完成しております。結婚式が無くなったという事は聖女様がこれらを着用する事は無いとは思いますが、その分の費用はいただかなければなりません」

「キャンセルだと言ってるだろうが!」


 当然と言えば当然だがオーダーメイドで作られた品々だ。

 最高品質の絹を遠方より取り寄せ新進気鋭のデザイナーと王家御用達の裁縫職人が聖女のためならばと手を組んだ至高の一品。

 それは聖女の体型を採寸し、ぴったり合うように作られたドレスであり他人が着るようには作られていない。

 宝飾品もそうだ。

 あまり華美な装いを嫌うという聖女に合わせて控え目だが品のある物を取り揃えた。

 ワンポイントを飾るためだけに使われるそれらの品も庶民が聞けばひっくり返るような値段がする。

 それらは国の顔になるならばある程度の箔が無ければならないと王族からの依頼で用意した物だ。

 使わないからと言われても料金は払ってもらわなければ話にならない。

 更に商人は続ける。


「パーティー用に取り寄せております世界中の珍味などもそうです。生鮮食品は日持ちしませんからね。パーティーが無しになったからと言ってそれらの代金は無くなりませんよ。余興として用意していた諸々も同様です」


 盛大に行われるはずだった結婚パーティーだ。

 そこで振る舞われる料理やイベントなども一流の品であり一流の料金が発生している。

 王都で有名な料理人が世界中から取り寄せた食材で腕を振るう予定であった。

 普段はお目にかかれないような食材も多額の輸送費を払って取り寄せたのだ。

 それだけではない。

 余興として予定されていたのは国内屈指の有名劇団による演劇だ。

 チケットを取るのは大貴族であろうと一年待ちは当たり前の彼らが王子と聖女についての短い劇を披露する予定であったがそれらの準備は数ヶ月前から行われている。

 この国だけではなく他国の貴族からも公演を切望されるような劇団だ。

 彼らには前金を支払ってしまっているし、パーティーが無くなったから劇も報酬も無しなど今後を考えれば言えるはずが無い。


「貴様……わかっているのか?私は王子の使者。私へかける言葉は王子へかけているという事だぞ!」


 商人の態度は言葉こそ丁寧だが、そこに敬意はありはしない。

 王族からの使者となれば一定以上の扱いを受けて当然だと言うのにだ。


 商人からすれば莫大な費用を踏み倒そうとしている悪人にしか見えないから当然である。

 更に商人は徐々に理解し始めていたのだ。

 第一王子はもう終わりなのではないか?

 ここで王子に恩を売っても費用を回収する事はできないのではないか?今後に繋がるような事はないのではないか?と

 ならば商人としては傷が少しでも浅くなるように動かなければならない。

 それが不敬に見える行為であっても相手に敬意を払う必要性がなければ問題はない。


「そうは言われましても……私共としては契約書に書かれている通りの事を申しているだけでございまして。あぁ、当日に予定していた追加の使用人達の人足分も既に手配が終わっております。これらの代金もしっかり払ってもらわねば……私共が飢えてしまいます」

「ふんっ!ならばお前らが飢えれば良いだけだろうが!」


 使者は強気な態度を崩さない。

 外から見ればヤケクソにしか見えないほどだ。

 彼自身もわかってはいた。

 自分が泥舟に乗ってしまっている事を。

 だが、今まで第一王子派として生きていたのだから急に立場を変える事が難しい事も理解していた。

 心の奥底では王子への呪詛が撒き散らされている。

 その怒りが外に漏れているのは間違いが無い。


「なんと言おうと支払う金など無い!」

「契約書に書かれている代金はお支払いしてもらわねばなりません。私どもにも生活がありますゆえ」


 平行線の話は続く。

 何を言おうと金を払わないという王子の使者と少しでも資金を回収する必要がある商人。

 彼らの不毛な話し合いは日が暮れても続くのであった。

 


「隊長~なんか聖女様宛に色々と請求書が届いてますけど、これって俺らが処理して良いんですか?」

「請求書?」


 騒動から数日後。

 聖女の警護任務はまだ続いていた。

 予想よりも色々と問題が発生しているようで情勢が落ち着くにはまだ少しかかりそうだった。

 本来ならば聖女も学園へと通わなければならないが今は俺達の指示で自宅待機だ。

 護衛に通常のメイド騎士以外にウチからも人員を張り付かせているのが普段との違いだろうか。


 邸宅内は平穏無事であり聖女ものほほんと暮らしているが外ではきな臭い動きも当然ある。

 チョロチョロとうろつく鼠を駆除する事が数回あった。

 やはり、聖女の周りは何時になく騒がしくなってきている。

 今回の請求書もその一つだろう。


「ふむ……少し確認するか」


 聖女の私室のドアをコンコンとノックする。

 中では女性たちが雑談に花を咲かせていた。


 優雅というよりも楽しげに話しているのは聖女の護衛としてウチから出ている女性隊員のシェリルだ。

 無手でもそこら辺の刺客なら余裕で返り討ちにできる格闘戦のエキスパート。

 女だと侮る騎士団員を全員地面に沈めたせいで独立部隊に来る事になった。

 聖女の境遇に同情する気持ちも強く、すぐに馴染んだようで何よりだ。

 警護と言いつつほぼ雑談してるだけのようにも思えるが。


「君宛にかなりの額の請求書が届いている。確認してほしい」


 届いた書状を聖女に渡し目を通してもらう。

 彼女が不思議そうに首を傾げる姿は小動物のようで可愛らしいと少しだけ思ってしまった。


「なんか式で使う予定のドレスとかの請求みたいです」

「それが何故君宛に来る?請求先は王家だろう?それとも君が自費で払う予定だったのか?」

「そんな訳ないじゃないですか。ああいうのは贈ってもらうから良いんですよ。何が悲しくて最高級ドレスを自分で買うんです」


 それは尤もだ。

 ああいう物は自分の金がかかってないからこそ嬉しいのだ。

 自分自身にご褒美なんて話も聞きはするが、彼女は違うのだろう。


「大体な~私は普通のドレスで良かったんですよ。普通のでも十分高級なんだから。それを特注のにしたから普通のよりも値段が二桁上がるんですよ。王家ってお金あるなぁって思いました」


 式が中止になったとしても諸経費はかかる。

 事前に動いていただろう商人は使った費用を回収しなければならない。

 普通に考えれば何の問題もない事だ。

 だから、請求書は王家に行く。

 だが、王家というか王子が金を払い渋っているのだろう。

 そして恐らく王子側の人間の誰かがこう考えた。

 請求を聖女宛にすれば良いだろうと。


 実際、聖女もかなりの財産は持っている。

 国を支えるだけの力を持っているのだから当然だ。

 服飾品程度の代金は端金だとポンっと払ってくれる可能性もあるわけで、それに賭けたのかもしれない。

 しかし、実質は金銭感覚は平民に毛が生えた程度のまま。

 こんな大金を言われるがままに出すような事はなかった。

 もしも、支払うと言い出しても俺が止めていただろうが。

 こんな筋が通らない事の為に金を払う必要など一切ないのだから。


「一応、細かい内容も確認して請求先は王家だと突っぱねろ。ったく……余計な仕事だけが増えていくな」 



 婚約破棄の影響を一番強く受けているのは王子と聖女。

 そして二番目はというとそれぞれに付いている派閥の貴族達だ。

 正確に言えば聖女には特定の派閥という物は無いので第一王子派とそれ以外という図だ。

 今まで第一王子は多少の素行の悪さはあったとしてもそこまで大きな問題を起こしては居なかった。

 多少の権力で握りつぶせる程度の物だ。

 そのため他の派閥の人達もあからさまに対立するという事は無く、何かあるたびに小競り合いくらいで済んでいた。

 それは王子と表立って対立をすれば即位した後に冷遇されるであろう事がわかっていたからだ。

 例え主流派から外れていると自認していても大きな行動を取る事はできない。

 それが貴族議会の日常。

 しかし、今日の議会は荒れに荒れていた。


「これは大問題ですぞ!」

「聖女様を蔑ろにして他の令嬢を妃にするなど、到底認められん!」


 声を上げるのは普段ならば大きな声を出す事が無い外様の貴族だ。

 彼らにとってこの事件は主流派を突き崩す事ができるであろう大きく、そして致命的な隙。

 どのような糾弾の仕方をしたとしても勝ちが見えているボーナスゲームだ。


「王族には格という物が必要です。やはり高貴な血筋な者がなるのが筋かと思いますがね」


 対抗するのは第一王子派の貴族達だ。

 彼らはあまりに王子と近すぎるために離れられない者達だった。

 泥舟だとしても降りる事ができないならば守るしかない。

 負ければ今まで主流派として大きな顔をしていた反動が来るのがわかりきっていた。


「そもそも聖女だと言われていても元々は下級貴族の田舎娘ではないか!たかだか魔力が大きいだけの小娘がこの国の王妃になろうとしていた事のほうが問題だったのだ!」

「魔力が大きいだけだと?それこそが重要なのだ!聖女様の魔力があるからこそ結界の維持以外に割く魔力が捻出できるのだぞ!」


 国を守る大結界は維持をするだけでも多大な魔力を必要とする。

 以前は資質のある者が数百人単位で発動させても充分な強度の結界とは呼べなかった。

 だが、聖女は一人でそれらを遥かに凌駕する強度の結界を維持できる。

 そうなれば魔力リソースを他の物に振る事ができる。

 余裕があれば国も発展する。

 その余裕を作り出していたのは聖女の膨大な魔力だった。


「ならば首に縄をつけてでも聖石に魔力を注がせればよかろう!」


 王子派の貴族がツバを飛ばしながらがなり立てる。

 大貴族であるはずの彼からは微塵も余裕を感じさせない。

 今の権力を失いたくないという思いが溢れ出ていた。


「はぁ……本当にこんな方が今まで国の中枢に居たかと思うと目眩が起きますね。魔力の基本も理解していないのですか?」

「貴様ぁ!愚弄するか!」

「首に縄をつけてでも?そんな状態で放たれる魔力など本来の力の何パーセントになるのでしょう。何故、高い資質を持つ者に高い給金が払われているのだと思っているのです」


 魔力というのは精神の力だ。

 不本意な状態で出力できる力なんていうのはたかが知れている。

 だからこそ、聖女を筆頭に魔力が高い者は厚遇されている。

 精神的な余裕を持ち、国への帰属意識を強固とし、十全な状態にいてもらってこそ最高のパフォーマンスが発揮できるからだ。

 奴隷のように扱ったところで聖女の力は発揮する事はできないのは少しでも魔力の基礎を齧った者ならば誰でも知っている事だった。


「王妃となってもらえれば国を守るという心構えも付く。もちろん普通の貴族などよりも裕福な暮らしもできる。そうなれば王子との不本意な婚姻だとしてもプラスマイナスはゼロ、もしくはプラスになると思いましたが、流石にこのような暴挙をされた者と暮らしたとして聖女様は力を発揮できないでしょう」

「ぐぐぐ……っ」

「聖女様の心をこの国から離してしまう。それがどれだけ大きい罪なのか理解していただきたいものです」


 議会は対抗派が優勢だった。

 王子派は防戦一方……というか思いついたまま、感情のままに反論を口に出す事しかできない。

 その様子を静かに見守っている存在が居た。


「皆の者……静まれ」


 そこにはこの国の王が居た。

 唐突に訪れた大問題。

 これを早期に収束させる事ができるのは国王だけだった。

 王子による爆弾が落とされて数日。

 その間にも影響は広がり続けている。

 今、この場にいる貴族たち以外にも噂は広がっているだろうし、何よりも問題となるのは聖女だ。

 彼女の心がこの国から離れるような事があれば全ての事柄が今までのようにはできない。

 その場にいる者の視線が集中する。

 王子派の縋るような視線。

 対立派の期待するような視線。

 それら全てを受け止め、王は決断をするのだった。



 聖女の屋敷に陣取った独立部隊へと吉報が届く。


 応接室に座る部隊の面々と聖女。

 彼らに届いたのは国王が今後の方針を決めてくれたという情報だった。

 国から送られてきた書状には今後の方針についての内容が書かれている。

 屋敷にいる者達としては終わりのない警護に終わりが見えた事に安堵していた。

 そしてその書状を首を長くして待っていたのは聖女も同様だった。


「私も一緒に内容を聞いても良いんですか?」

「構わんよ。というか一番関係するのは君だろう」


 書状の中身はこの問題の着地点を決める重要な情報。

 王族の印が押された書状の封を切り中を確認する。

 書かれていたのは華美で迂遠な言い回しを好む王族らしからぬ端的な文章。

 それだけ急いで書いたのだろう事が伺える。


「国王様も寝耳に水だったんですかね~。この感じだと。一番驚いたのは間違いなく私ですけどね!」


 書状の中に書かれていた内容を要約すれば以下の通り。

 第一王子の王位継承権を降格する、次候補は第二王子とする。

 聖女に関して公の場での謝罪はできないが内密に謝罪がしたい。

 それとともに第二王子との婚姻を考えて欲しい。

 要は国のために第一王子を切り、第二王子を国王とするという事が書かれていた。


「妥当といえば妥当か。流石に国王はまともだと一安心だ」

「国王様は私の事を信じてくれたんですね!それだけで謝ってもらう必要なんて無いですよ!悪いのは国王様じゃなくて王子だし!」


 国王からの書状の内容を確かめた聖女はその内容を噛み締めていた。

 内密にだが謝罪をしたいという事項に感銘を受けているようだ。


「流石にこの国のトップだからな。軽々しく頭を下げる事はできないが国王も君の重要性は理解しているという事だ」

「それだけでちょっと救われました。王子にある事ない事言われた時、一応反論はしたんですけど誰も庇ってくれなくて泣きそうだったんですよ!」

「あの場で正面から王子を批判するのは難しいだろうからな」

「王様だって自分の子供の事を信用しそうだってちょっと思ってたし。あの王子メチャクチャな嘘つくし!思い出したら腹立ってきました!」


 表面上は何ともないように振る舞っていたとしても中身は年相応の少女。

 公衆の面前で罵倒されて心に何も響かないわけが無かった。

 どうやら気丈に堪えていただけのようだ。

 考えてみれば強く健気な娘だ。

 彼女は国の都合に振り回され続けている。

 故郷を離れ、王都に住まわされ、好きでもない男と婚約させられる。

 そんな少女に対して手酷い裏切りをした王子に対して少なくない怒り、そして極大の呆れを感じる。

 婚約者よりも権力に取り入るために杜撰な嘘を並べ立てる女を信用したのだから。


「あぁ、君が聖女の権力を振りかざしてイジメをしているとかいう話か。くだらん嘘だ」

「隊長さんも私を信じてくれるんですね!」

「信じるというか知っているからな……君は一国の王子の婚約者だったんだぞ。素行調査をしているに決まっているだろ」


 その言葉に目を大きく見開く聖女。

 まさか自分の身辺が調査されているとは思わなかったのだろうか。

 本人にはバレないように行っているし、結果として何も問題が無かったのだから彼女に影響は何も無かったわけで、気づく事などできないわけだが。

 ちなみに調査をしたのは俺達だったりする。

 聖女として認定するにあたって彼女には色々な検査や調査が行われた。

 その中には人格的な面や思想なども含まれる。

 どれだけ魔力が大きくても危険人物を国の中枢に据える訳にはいかないからだ。

 そして、その調査は中立な立場の者が行わなければならない。

 どの勢力にも属さず、どの勢力にも屈しない。

 そういう要素が必要な事が俺達の仕事だからだ。


「それでも本当に良かったな~、私の味方が居てくれて……」


 その言葉に部屋に居る全員が頷く。

 王族全員が狂ったのではなく王子だけがおかしくなったのだとわかった。

 それだけで今後の展望が少しだけ明るくなる。

 柔らかい雰囲気に包まれる応接室。

 だが、聖女は一つだけ懸念があるようだった。


「あの~……一つ質問をしても良いですか。私、第二王子と結婚しなきゃならないんでしょうか?」


 そんな中、聖女から出た疑問はもっともな物だった。

 第一王子にこっ酷く振られたというのにすぐに第二王子と婚約しろと言うのは普通に考えれば異常だ。

 だが、それも国王の立場から考えれば理解はできる。


「そうだな……君には悪いが第二王子と結婚をするのが良いだろう」

「もう王族とはあまり関わりたくないんですけど……」

「君の魔力は絶大かつ稀有だ。他の貴族に嫁げばその貴族は絶大な権力を手にする。はっきり言うが君の存在が争いの種になる。王族を凌ぐほどに貴族が力を持ってしまうのは内紛へと繋がる。国というのは王族が独断で動かす物ではないが一番力がある勢力は王族である必要があるからな」


 聖女を王族以外に渡すという事は色々なトラブルの火種を抱える事となる。

 逆に王族に嫁いでくれれば治世は盤石となる。

 元々、第一王子との婚姻を結ばせたのはそういう理由があった。


「幸いと言ってはなんだが世間からの評判は第二王子の方が良い。思慮深いし性格的な面も君とは相性が良いと思える。歳は少し下になるが……年齢差で考えれば第一王子よりも近いしな」

「そういう問題じゃないというか……そもそも王族とか大貴族とかと合わないというか……」


 聖女はその言葉に不満げだ。

 何と言葉を飾ったとしても自分を手酷く裏切った男の身内だというのは大きなマイナスだろう。

 もっと言えばもしも第二王子と一緒になれば、第一王子が身内になってしまうというのも問題かもしれない。

 だが、それらを呑んでもらわなければならない。

 男でも女でも理想の異性の像はあるはずで、数多出会う異性から自分の理想を探す。

 だが彼女は選ぶ事ができない。

 可哀想ではある。

 だが、俺達はその心情を汲むわけにはいかない。 


「……申し訳無いが君の心情は考慮されない。第一王子との婚約の時もそうだっただろう」

「それはそうですけど……あの時は私も王子様と一緒になるなんて物語みたい~とか少しテンション上がりましたけど中身はあんなのでしたし、今は王族っていうだけで好きになれそうにないっていうか……権力とか面倒くさい事ばっかじゃないかなって思うし……やっぱりいざって時に頼りになる人が好きだなぁとか……」

「好きになれるかどうかは関係が無い。はっきり言ってしまうがこれは恋愛の話ではない。国防の話だ」


 少し冷たいようだが彼女を突き放す。

 どう言い繕おうとこの事実は変わらない。

 彼女は王族に嫁ぐべきだし、それ以外の選択を取れば混乱が巻き起こる。

 本当に申し訳なく思うが彼女にも自分の立場を深く理解してもらう必要がある。


「この国には君が必要だ」


 目を見つめて正面から言葉を紡ぐ。

 俺にできるのは偽らずに事実を伝える事だけだからだ。

 それが厳しい現実を突きつける事になったとしても必要な事なのだった。



 婚約破棄の影響は多方面へと飛び火する。

 本来予定していたのはいずれ国王になるであろう人物とその妃となる聖女の結婚式だ。

 そこには当然だが近隣諸国から招待されている人物もいる。

 国賓として招待された彼らは祝の品々と共に既に王城へと到着している。

 そんな彼らの耳にも今回の事件は入ってくる。

 というのも王子主催のパーティーに出席していた者の中には他国の人間も居たため箝口令を敷く事ができなかったからだ。


「この国、大丈夫なんですの?」


 優雅にティーカップを傾けているのは隣国から招待された姫の一人だ。

 それなりにこの国の王族とも面識があり、聖女とは短期留学の際に親交を深めた経緯がある彼女は今回の結婚を少しだけ心配していた一人であった。

 というのも王子と聖女はあまり相性が良くなさそうだからだ。

 聖女の人間性は好ましいが人の上に立つ者ではないという感じがあったし、わかりやすく華やかな見た目である自分に王子が好色な目を向けていた事も薄々感じていたからだ。

 しかし、色々な事情はあれど、それはそれとして呑み込むのが王族というもの。

 恋に狂ったのか性に狂ったのかは知らないがちゃぶ台をひっくり返すような事をするとは流石に予想外だった。


「申し訳ありません……」

「あなたのせいじゃないのはわかりますが、何と言って良いのやら」


 平身低頭しているのは外交官。

 恐らくだが第一王子の派閥の者なのだろう。

 噂……というか事実なのだろうが話は広まってしまっているため、彼らは来賓への説明に奔走していた。

 こんな状況なのだから結婚式が無くなるであろう事は想像に難くない。

 そうなれば贈答品をどうするかの問題はあれど、とりあえずは国に引き上げる事になるだろうと思っていた。

 しかし、この外交官は頭がおかしい提案を口にしているのだ。


「呆れて物も言えませんわ。新しい婚約者を紹介したいので会食をしたいとか、言葉が悪いですがトチ狂ってますわよ」


 王子は友好国から賓客が来ているのだから皆に新しい恋人を紹介したいと言っているらしい。

 最初に聞いた時は開いた口が塞がらなかった。

 思わず王子の言葉を伝えてるだけであろうこの外交官を叱りつけてしまう所であった。


「申し訳ありませんが、そのような場に出席するなどありえませんわ。私はあくまで聖女を祝福に来たのです。公爵令嬢だか何だか知りませんが興味はありません。そうですわね、正式に婚姻を結ぶ事となってからもう一度話を持ってきなさいな。恐らく、そうはならないでしょうけど」


 結婚は聖女自身が望んだ物では無いだろう事はわかっていた。

 だけど、王子と結婚する事で幸せになる未来が無いわけではない。

 王族や大貴族であれば何の思惑もない婚姻のほうが少ないのだ。

 だが、その全てが不幸せになっているかというとそうではない。

 情というのは後からでも湧いてくる物。

 何だかんだ問題が起こったとしても、最後には幸福になる事を祈りにこの国に足を運んだのだ。

 だというのにその聖女を蔑ろにして他の女に現を抜かす。

 そんな王子と会食をする気になど到底ならない。

 

「しかし、王子は……」

「くどい!あなたの国の王子が何を言っているかは私には関係がありません!今回の事は帰国次第、詳細に我が国へと伝えさせていただきます」


 もう話す事は無いと外交官を部屋から追い出す。

 この国とは友好的な関係を結んでいたが、今後の動向次第では色々と考えるように上へと進言しなければならなくなるだろう。

 第一王子がそのまま王位に就くような事は恐らく無いので無用な心配ではあるだろうが。

 そう思いながら少しだけ冷めた紅茶に口を付けるのであった。



 聖女の屋敷を護衛するようになって既に三ヶ月が経過した。


 国王からの書状に書かれていたように第一王子は王位継承権が降格した。

 それにより公爵令嬢ともその仲を維持する事はできなかった。

 公爵家としては国を巻き込む問題の原因を作った王子だ。

 王家の血筋を取り込むという事よりも取り込んだ事による風評被害の方が大きくなると判断したのだ。

 もしも、王家と直接の繋がりを得たとしても聖女がいる限りは王子の復権は無い。 

 それくらい手酷い裏切りを王子はしたのだ。


 そして聖女は第二王子と婚姻を結び、王妃となる。

 どのようなゴタゴタがあったとしても聖女としての力がある限り彼女の重要性は変わらない。

 彼女は自身の立ち位置を理解していたし、自分が王族へ嫁ぐ事が王族の庇護下に入り安全性を高めるという事を理解していた。

 正式な回答はまだしていないが、その方向性で話は決着する予定となった。


 そんな中、俺達は途中で聖女からの進言により警護を継続していた。

 聖女曰く。


「皆さんにもう慣れちゃったし、今から別の人に慣れるのは面倒臭い」


 だそうだ。

 屋敷に缶詰になる必要も無くなり、外を出歩ける生活になってからは中々に色々あった。

 息抜きをしたいという聖女と外出した際に起きた王子派の刺客の襲撃。

 帰国前に聖女に挨拶をと突然訪問してきた隣国のお姫様からの無理難題。

 普段のお礼にと聖女が奮闘した事により巻き起こる大騒動。

 そして、それ以外の平穏な日常が繰り返されていた。


 聖女の人柄は確かに貴族らしくなく気安い物で、それは元々堅苦しい騎士団に馴染めなかった俺達のような面々にはとても好ましく映った。

 最初は残業だなんだと文句タラタラだった部下達は今では聖女を守る事に心血を注いでいる。

 このまま聖女専属の護衛部隊になれませんか?などという提案がされるほどだ。


 今夜も屋敷では聖女が手作りの夕食を振る舞っていた。

 元々は下級貴族であり平民と同じような生活をしていたため、家事も自分で行う事が多かった聖女。

 炊事洗濯もお手の物であり、情勢が安定しだしてからは何かと精力的に動いていた。

 恐らくはこれこそが本来の彼女の姿なのだろう。

 そう考えれば確かに王妃らしくはないのだろうから生粋の上流階級の王子とは反りが合わなかったのはわかる。

 そんな聖女が意を決した顔で俺へと言葉を叩きつけた。


「私、第二王子とは結婚しません!」


 それは唐突な宣言だった。

 やっとこの問題が終息するであろう時にあってはならない事だ。

 このままではまた国が混乱する。

 聖女もそれは理解していたからこそ、しぶしぶではあるが第二王子との婚姻に納得していたはずだったのだ。


「何を言っている?」

「言葉の通りですよ。よく考えたんですけど……やっぱり王族って私とは合わないと思うんです」


 それはわかる。

 聖女はとても庶民的だ。

 幼い頃の教育が貴族としてというよりは庶民としての割合が多かったのだろう。

 俺達のような敬語も碌に使わない粗野な人間にも丁寧に対応してくれるし、街の人からも好かれている。

 しかし、人の上に立つ人間としては不適格な部分があるのも確かだ。

 今回、国王が実子を排斥する決断をしたように王族ともなれば傍から見れば非情な決断をする必要がある。

 それを彼女ができるかというと難しい。

 だが、それでも彼女は王族に嫁ぐのがベストではなくともベターな選択のはずだった。


「以前も話しただろう。合う合わないという話ではないと。君が安全に暮らし、そしてこの国の民が安全に暮らすための最善の方法。それを受け入れないと君は言うのか?」


 俺は国王の書状が届いた日に聖女に対して諭した。

 彼女が王族に嫁がなければいろいろな問題が起こると。

 この国は争乱の火種を抱える事になると。

 それは彼女も望んでいないはずであり、だからこそ第二王子との婚姻を受け入れようとしていたはずだった。


「いいえ、それは最善じゃないです」

「どういう事だ?」

「私は別に人の上に立ちたいわけじゃないし贅沢な暮らしをしたいわけじゃない。そりゃ時々は綺麗なドレスを着て、美味しいもの食べたいとかは思いますけど、それでも王妃様とかなりたいわけじゃないんです」

「確かにそうだろうが君が王家に入らなければ君の安全は……」

「いえ、違います。別に王族にならなくても私は安全になれる……そう!隊長さんが私を守ってくれれば!」

「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 何を言っているんだこの娘は?

 確かに俺達が守りに付いていれば安全を確保できる。

 それだけの力があるという自負はある。

 だが、護衛は永遠にできるわけじゃない。

 月日が経てば俺達も本来の仕事に戻る事になる。

 それを伝える前に彼女の口から言葉の砲弾が連続で飛び出してきた。


「隊長さんは言ってくれました……命をかけて守ると!思ったよりも凹んでた私は凄い嬉しかったです!」

「いや、それは仕事だから当然だ」

「隊長さんは言ってくれました。他人(よそ)に行くなら全力で止めると!そんなに熱烈に求められた事はありませんでした!」

他国(よそ)って……そういう意味じゃ……」

「隊長さんは言ってくれました!私が必要だと!」


 聖女が言うのは確かに俺が彼女に投げかけた言葉の気がする。

 色々と違う意味で取られてしまっていたり言葉が抜けている気もするが言ったかどうかとなると確かに言ったのだろう。


「私の事を必要として私の事を守ってくれる。そして隊長さんは私が力になりたい、支えたいと思える人間。つまり……私が隊長さんのお嫁さんになれば良いんです!」


 その言葉に周囲が色めき立つ。

 俺の部下のはずの隊員たちから黄色い悲鳴が上がる。

 これは一体どういう状況だ?

 周囲を見渡す。

 いつもならば阿吽の呼吸と言っても良い連携をする部下達が誰一人として目を合わせてくれない。


「大体、王族とか有力貴族に嫁ぐから問題になるんです!隊長さんは権力とか興味無いんですよね。柄じゃないからって爵位を蹴るからこんな部隊にいるってディモさんが言ってました!」


 確かに俺はハミ出し者でどこにも属していない。

 そして、権力欲も野心も無い。

 それが認められているからこその独立部隊の隊長だ。

 俺は壁際で口笛を吹いているディモを睨む。

 あのチャラい顔がいつもの十倍はチャラく見える。


「それにどんな敵が来ても隊長さんが守ってくれます。ジェイクさんが言ってました。大部隊の運用はともかく市街地での白兵戦なら隊長さんが国で最強だって!」


 ジェイクは今は周辺警戒中。

 思わず外を睨んでしまう。

 流石は我が部隊の偵察係。

 事前にこうなると考えて逃げやがったな。


「隊長さんだって私の料理、気に入ってくれましたよね?胃袋はガッチリ掴んだはずです!普段は碌な物食べてないってシェリルさんから聞きましたから!」


 ニヤニヤとこちらを見るシェリルを睨む。

 しかし、効果は無いようだ。

 ウマイウマイと爆食してたのはシェリルだろうが。

 女性同士で仲良くなっているのは良い事だと思っていたというのに要らない事を吹き込んでいたようだ。

 まぁこの料理が食べられなくなるのを残念には思っていたが。


「どうですか?私だってそれなりに魅力あると思うんです!一応、身体だってまだ少しは成長すると思いますし!」


 聖女の顔を見る限り明らかに本気だ。

 だが、これに関してはそういう問題ではない。

 確かに彼女は魅力的だとは思う。

 こんな立場で無ければ引く手数多だったろう器量の良さだ。

 頭の中がぐるぐると回っている。

 俺のような者に求婚せずとも他にも行く宛はいくらでもあるはずだというのに。


 重責を背負ってしまった彼女が夢を見てしまうのは仕方がないのだろう。

 惜しいとは思う。

 損な役目を押し付けているとは思う。 

 だが、可哀想だが現実をもう一度突きつけなければならない。

 聖女には力はあっても自由は無いのだと。

 そう思って口を開こうとした矢先に彼女が不敵に笑った。

 

「隊長さんが私とくっついてくれないなら協力しませーん!もう何もしませーん!あぁやる気出ないなぁ~これは魔力とかゼロになりそうだなぁ」

「なっ!?」

「隊長さん。はっきり言います。私は恋愛の話をしているのではありません。国防の話をしているんです」


 それは天使の笑顔か悪魔の笑顔か。

 こう言われては俺に抵抗ができるはずもない。

 何故なら俺も全く同じ事を言った記憶があるからだ。

 

「私のお友達が言ってたんですけど、情は後から付いてくるんだそうですよ。それに、自分で言うのも何ですけど私って聖女よりも家庭的な奥さんのほうが向いてると思うんです」


 精一杯胸を張る彼女を見れば毒気を抜かれてしまった。

 小さなため息を吐いて観念する。

 俺は国家の犬。

 国の安定のための番犬。

 そして、どうやら今後は聖女の番犬ともなるようだ。


 ほどよく良い暮らしとやり甲斐のある仕事。

 そして愛嬌のある奥さんが帰りを待っていてくれれば、それは幸せって事だろう。

 問題は多々ある。

 どう考えても頭を抱える事が多くなる。

 だが、一つずつ確実に処理をして行くしかない。


 これからも大恋愛の後始末は続いていく。

 だが、それも悪い気はしない。

某映画のタイトルで思いついただけ。

最初、聖女も出さずに話を作ろうとしたらマジで何書いてるかわからなくなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これからの2人がどうなっていくのかな〜とワクワクする終わり方で、とっても面白かったです!
[一言] 全体的に全部が中途半端でモヤモヤしましたが、ゆるーく楽しんでという他者様の感想へのご返答になるほどとなりました。
[一言] それなりに面白かったけど、色々と惜しい作品。 いくら国防の要とは言え、婚約破棄くらいなら王子は継承権の降格で済ますのはまだ理解出来る。 しかしだ、聖女は国防の要という存在だと語られているのに…
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