いいかげんクエスト
というわけで、僕は異世界に転移した。
「何が『というわけで』ですか。どう考えても省略しすぎでしょうに」
「うむ、いかにも」
座敷童の的確な突っ込みに大きくうなずいて彼方を見やる。
僕は柴田覚郎。今年で14歳の中学生だ。今日もいつものように登校したはずなのだが、気が付くと異世界の小高い丘の上に居た。
何を以て「異世界に転移した」と判断したのかと言えば、……まぁ色々とあるのだが、まずは空に浮かぶ3つの月(?)だ。真昼間だというのに、空を見上げればそこには太陽(?)の他にそれぞれ赤、緑、白のカラフルな月(?)が浮かんでいるのだ。
そして地平線を見渡せば大小のテーブルマウンテンと、その上空に浮かぶ巨大な岩山が目に入る。そう、空に浮かぶ巨大な岩山だ。創作でよくある浮遊大陸だろうか。実際は単なる岩石なのかもしれないが、浮いている事に違いはない。最初は見間違いか、ないしは雲かと思ったのだが、それは明らかに岩山だった。
そしてトドメは、自分の傍らに佇む座敷童だ。先程、地の文に突っ込みを入れるというメタ発言を初っ端からかましてきたので先が思いやられる。
なぜこいつが座敷童だとわかったのか。それはこいつが座敷童だからだ。外見は人間の3歳児程度だろうか。身長は目測で1メートルに満たないだろう。髪型は尼削ぎで地味な色合いの着流しを纏っている。
さて、ここが異世界であると結論付ける理由としてはこれで充分だろう。
「よし、まずはあそこにある街に行くぞ」
「恐ろしいまでの平常心ですね。少しは現状に戸惑ったりしないのですか?」
「時間の無駄だ」
「はぁ、そうですね」
丘を下った先に城壁で囲われた街が見えるのだ。これ見よがしに「あの街に行け!」という感じで存在しているのだから行くしかないだろう。
-/-
「たのーもー!」
「道場破りじゃないんですからやめてください」
「なんだキサマは!」
まだかなり距離があった時から門番の人がこちらを警戒しているのはわかっていた。それでも敢えて躊躇せずに寄って声をかけると槍を突き付けられた。順当な結果だ。
「アアア。ドゥーユースピークジャパニーズ?」
「カタコトの英語はやめてください」
「答えろ! 何者だ! どこから来た! 何の用だ!」
頑張って発音したのだがカタコトの域を脱しなかったようだ。巻き舌の度合いが足りなかったのだろうか。ならばもう一度試みるしかないだろう。
「ドゥルルルルゥユーゥスピィィクジャッパヌィィーズッ?!」
「その変な発音とドヤ顔はやめてください」
「……もう一度聞くぞ、キサマは何者で、どこから、何の用で来た?」
精一杯やってもダメな時はダメなものだ。しかし、この槍でプスリとされる前になんとかしなければならない。
幸い、門番の人は日本語らしき言語を喋っているので英語が通じなくても問題ないだろう。
「あ、僕は柴田覚郎です。幸町から来ました。ここに来た理由は何となくです」
「アジの干物」
「よし、通って良いぞ」
問題無く街に入れた。
-/-
門をくぐると街の人が声をかけてきた。
「ようこそ! 城塞都市パラダイスシティへ」
パラダイスシティというのはこの街の名前だろうか。そうか、パラダイスなのか。パラダイス……。ならば問うしかないだろう。
「ドゥーユースピークジャパニーズ?」
「それはもういいです」
「ようこそ! 城塞都市パラダイスシティへ」
-/-
街に来たら真っ先にやる事。それは情報収集だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、というのは誰の言葉か忘れたが至言だと思う。この「敵を知り己を知る」というのは「情報を得よ」という事だ。そして、生きる事は生存競争であり競争とは戦いである。つまり人生は戦いなのである。人生において「危うからず戦い続ける」には情報を得る必要があるのだ。
しかし、「腹が減っては戦が出来ぬ」と古来から伝わっているように、そもそも戦うためにはメシが必要だ。一説によれば「腹が減るから戦が始まる」と聞いたこともあるがそれはこの際無視しよう。
結論としてはメシを食う必要がある。それも今すぐに。
とりあえず、目についた飯屋風の建物に入ってみた。
「たのーもー!」
「またそれですか!?」
「なんだキサマは!」
店に入った瞬間酔っ払いに絡まれた。スキンヘッドで筋骨隆々の巨大なオッサンが目を見開いて凄んでくるのだから恐ろしい。それでなくてもこのオッサンは恐ろしく酒臭い。つまり酒臭くて恐ろしい。酒臭いアーンド恐ろしい。
それにしても門番の人と同じ返事なのはどういうことだろう。もしかすると、あれがこの世界での標準的な挨拶なのか。
それはさて置いて、目の前の恐ろしいマンモススキンヘッドを何とかしなくてはならない。あの太い腕で殴られようものなら中身が出てしまう。
「すみません、僕はしがない旅の者で、ご飯を食べに来たのです」
「食べに来たのです」
「2名様ですね、こちらへどうぞ」
マンモスキンヘッドは店員だったようで、僕が客だと知った途端丁寧にエスコートしてくれた。
「ところで、この店って日本円使えますか?」
「あ、僕も日本円しか持ってないです」
「はい、使えますよ。さ、メニューはこちらです」
僕と座敷童はこの店お勧めの「ビーム汁定食」を堪能して、堪能して、堪能した。量も味も申し分なく、値段も380円と安かったので文句なしだった。しかも、これを食べるとビームが出せるようになるおまけ付きだ。
「あのー、どんなビームが出るようになるのですか?」
「気になりますー」
「これはですね、人によって違うビームが出るんです。だから出るようになってからのお楽しみですね」
飲んだビーム汁が体に馴染んだ頃に出せるようになるらしい。
少し楽しみだ。
-/-
定食屋を後にした僕たちは情報屋へと向かった。
マスキンヘッドに聞いたところでは、情報屋は「ハルォワーク」という商号で営業しているらしく、この街には「ハルォワーク・パラダイスシティ支店」というのがあるそうだ。そうか、「シティ↑シテン↓」か。
「こんにちはー」
「あっ、今度は普通の挨拶ですね」
「なんだキサマは!」
カウンターのお姉さんに挨拶すると目を見開いて威嚇された。
丁寧にあいさつしても結局帰って来るのはキサマなので、やはりあれがこの世界での標準的な挨拶なのだろう。異世界はなかなか侮れない。が、侮ってばかりも居られない。まずは家に帰る方法を知らなければならない。
「げふんげふん! ああ、ええと、道に迷ったのですが、幸町まで帰るにはどう行ったら良いですか?」
「だいぶ遠いと思うのですが、何とか教えてもらえないでしょうか」
「ああ、迷い人でしたか。はい、そうですね、幸町ですと……、えーと、タイミングを合わせてジャンプすれば帰れますよ! 多分!」
聞いた話はかなりアレな内容だったが、要約すると「この世界と僕の元居た世界が近付いた瞬間に飛び移れば帰れる」との事だった。ジャンプと言うのは文字通り飛び跳ねる事を言っているのではなく「世界と世界の間を跳躍すること」を言っているらしい。
……この人が言ってるのは本当の事なのだろうか。
「うーん、ちょっと信じられない、というか何というか」
「具体的にはどうすれば良いんですか?」
「そうですね……」
お姉さんが言うには、世界が直交する瞬間、つまり、この世界と僕の元居た世界が最も近づく瞬間に、特定の場所に居て、帰りたいと強く願えば良い、との事だった。
平たく言うと、特定の時間に特定の場所で「帰りたーい」と考えていればいいのだ。
そう聞くと簡単そうだが、「特定の場所」というのが問題だった。なんと、この街の北にある火山の火口の底がその「特定の場所」だというのだ。
北にある火山は遠目にも明らかな活火山で、火口の底では溶岩が程よく煮えたぎっているらしい。
つまり、溶岩の海に紐無しバンジーしろと。
-/-
必死に悩んだところで結局他に手がかりは無いのだ。溶岩にダイブするかしないかはそれとして、まずは北の火山に行ってみる事にした。
「ううむ、思ったよりも精密に作られたバッジだな」
「これで登録は完了ですか?」
「はい、これでおふたり共マクガイバーとして登録完了ですよ」
当然ながら北の火山は危険地帯なので、一般人の立ち入りは禁止されている。しかし、マクガイバーであればそういった危険地帯にも自由に立ち入り可能と聞いたので、僕達ふたりはマクガイバーになる事にしたのだ。
マクガイバーになるのは簡単で、ハルォワークで登録手続きをするだけだ。手続きも申し込み用紙に名前を記入するだけで終わる。ただ、その申し込み用紙には「死んでも文句は言いません」としか書かれていなかったが。
お姉さんがなんやかんや説明してくれるが、そのすべてを聞き流しながらフェニックスの紋章が刻まれたバッジを胸につける。この紋章がマクガイバーであることを示すらしい。
「これで僕達も冒険野郎だな」
「なんだか崖を登らないといけない気がしてきました」
「それではいってらっしゃいませ」
早速北の火山へ出発しようとしたところで問題が発生した。
「あ、おなか痛い」
「えええ、大丈夫?」
「トイレはあちらですよ」
示されたトイレに慌てて駆け込むと、見事な和式の便座とご対面した。それも木製の「ザ・雪隠」とでも表現しようか、もう何とも言えない空間がそこにあった。
一瞬唖然としかけたが、腹部から襲ってくる強烈な大波に抗うことはできず神妙に跨ることにする。直後に迸る爆音と開放感は凄まじいものがあったが、なんだ、もしかするとこれがビームなのではなかろうか。先程食べたビーム汁が体に馴染んだ結果がこれなのかもしれない。真偽の程は定かでないが、この時発射したのはそこそこ高威力な溜め撃ちだった気がする。
ともかく粗相せずにスッキリできたのは僥倖だった。
ホッとしたところで始末をして戻ると座敷童とお姉さんは楽しそうに談笑していた。座敷童に腹の具合を聞いてみたがなんともないとの事だ。
少し様子を見るべきか、悩んだが結局すぐに出発する事にした。世界の直交が起きるまで時間的な猶予があまり無いのがその理由だ。
このまま出発しても大丈夫なものか不安が残るが、あまりグズグズして手遅れになっては何にもならない。
今度こそ北の火山に向けて出発する事になった。
-/-
山道、それは苦難の道だ。道なき道を歩き、藪をむやみにつつき回り、半端ない傾斜を乗り越え、僅かながらの休憩をはさみながら頂上を目指す。
幸いな事にそれほど高い山ではないようで、頂上付近を見ても雪をかぶっていたりはしない。それでもキツイものはキツイ。杖代わりに貰った餞別の槍にしがみ付きながら一歩一歩足を進め、岩場を切り返したところでそれに遭遇した。
「なんだあれは! ヒグマか!?」
「いや、あれ?! ヒグマが武器を持ってますよ!」
「俺ぁヒグマじゃねぇよ!」
片手にでかい斧を持っている以外は殆どヒグマなのだが違うそうだ。
「じゃあグリズリーか?!」
「ツキノワグマかもしれません!」
「違うクマじゃねぇ! 俺ぁ山の神だ!」
まぁ、クマが日本語を喋る訳が無いのでクマじゃあないと薄々感づいてはいたが、まさか山の神だとは恐れ入った。
「そうですか神様でしたか」
「急いでますので、それでは」
「おいコラまて!」
無視して先に行こうとしたのだが道を塞がれてしまった。
「なんですか」
「通してくださいよ」
「うるせぇ! 黙って食われろ!」
なんと、山の神は人を食うらしい。こちらとしては食われるなどまっぴらなので、即座に槍を構えて臨戦態勢をとる。
「近づいたら刺す!」
「刺す!」
「神にそんなモンが通用すると思うか?」
言うが早いか、山の神が斧を一振りすると構えていた槍が巨大なそうめんに変わってしまった。
「むううう、夏の味覚っ!」
「ならこれを食らえ! 奥義ッ! 超電導ッ! そーめんー斬!!」
「効くかそんなモン!」
座敷童がどさくさに紛れて放った奥義は効かなかった。これは、もはや詰んだのかもしれない。
「ぐぬぬ、もはやこれまでか!」
「あ、おなか痛い」
「それではいただきます」
簡潔に述べるならば、座敷童キャノンは神をも屠った。
-/-
既に陽は傾いて、横殴りの赤い光が地平線の彼方から射してくる。
それを火口の淵に立って見渡せば、その美しい景色が心にしみじみと染みた。
「到着だな」
「もうお嫁に行けない」
この座敷童は女の子だったようだ。少々取り返しのつかない経験をさせてしまった気もするが、古来より「旅の恥は掻き捨て」とも言う。すべてこの地に捨てて行けばいい。
「すべてこの地に捨てて行けばいい」
「2回も言った……」
口に出したのは1回だけなのだ。そして、忘れた頃にまたこのメタ発言はどうかと思う。
「誰も見てないから大丈夫だよ」
「あなたが見たでしょう!」
まぁ、見たと言えば見た事になるのだろうか。肩に担いで裾をまくった後は照準を合わせるのに必死だったのであまり見えていないのだが。
「あまり見えていないのだが」
「あまりって何! あまりって!」
小さな体格ながら、涙を浮かべての剣幕で寄りかかられると圧迫感が凄い。
「なんだかテンプレな展開なのであらかじめ言っておくが、『責任は取らない』ので悪しからずッ!」
「あー! ひどい!」
笑顔で親指を立ててやると一層圧迫感が増した。
同時に浮遊感が襲ってくる。
「あっ!」
「あっ!」
そして僕らは火口に落ちた。
-/-
その後、彼らがどうなったのか? それはまた、いつか機会があれば。
なんと言いますか、このようなモノをお読みいただきありがとうございました。
当短編は、「思いついたは良いが使い道の無いネタ」を供養する為のものです。
在庫処分の福袋的なモノと考えていただけると幸いです。
こんなモノを書く位なら別のを書けと言われるかもしれませんが、その通りですね。
申し訳ありませんでした。
良いお年を。