第1話 魔王
社会人だった俺は死んだ。
いや、正確には死んだというより、自殺した。
理由は、あまりにも辛い就業体制に耐えられなくて自殺した。
死ぬ瞬間も苦しみはなく、開放される喜びで痛みすらも消えていた。
真っ暗な目の前は急に紫色の光を帯びた。
「なんだ…ここ…」
手を伸ばすと、紫色の光が消えて辺りは部屋に灯るオレンジ色の光で満たされた。
「「「おはようございます、魔王様」」」
俺は目の前で跪く男女それぞれ3人と共に、2回目の人生を歩むことになると言うことはまだ今の俺にはわからなかった。
数時間後、俺は現在とある部屋にいる。
綺麗な女性に案内された大きな部屋だ。
「なんだここ…もしかして、俺は助けられてどこかの研究施設に入れられてるとか…?」
「とりあえず何か羽織るもの…」
部屋の片隅にあったローブを着用した瞬間、ドアがノックされた。
「魔王様、用意が整いましたので、お迎えに上がりました」
「(さっきもだけど魔王様ってなに…?)」
「(あ、これそういうドッキリ?)」
「魔王様?」
ドアの向こうからする声に、多少の不安さが感じられた為俺は返事をした。
「ああ、今行く」
ドッキリならこういう風に振る舞わなければ企画倒れもいいところだろうからな。
俺は部屋から出ると、金髪の美人が俺の前に跪き待っていた。
「僭越ながら私が先導させていただきます、魔王様」
そう言って立ち上がる女性は俺の前に立ち、どこかへ向けて歩き始めた。
「…そんなかしこまるなよ」
「そういう訳には行きません」
「何故だ?」
「私と魔王様は絶対的な主従関係にあるからです」
「(いやドッキリにして作り込みハンパじゃねぇな…)」
「そうか…まぁ、無理強いはするつもりは無い」
「慈悲深きご配慮に感謝致します」
「っと…到着致しました」
高さ10メートルはあろうかと言うほどの大きなドアを、女性は軽々と押し開けてしまった。
「魔王様、玉座へとお座りください」
「あぁ」
俺は誘導されるまま、真正面の椅子に向かう。
何人もの…変なコスプレしてる奴も含めて跪いている間を通り、玉座へと座った。
「全員、面をあげろ」
「「「「はっ!」」」」
「まずは、全員の名前を知らないからそれぞれが名乗ってくれ」
全部で6人ほどしか居ない中、1人の男が声を上げた。
「では、私から自己紹介させていただきます」
「私の名前は、コルル・ビストーク」
「種族は龍人族でございます」
跪きながらもコルルは言葉を発した。
「龍にしては羽も尻尾も生えてないんだな」
「お望みとあらばそちらの姿になりますが…如何致しましょう」
「ふふ、今のままでいいさ」
「(出来ないことさせたらテレビ的にもつまらんしな)」
「アタシはカンザイ・ユナ、気軽にユナって呼んでください」
「種族は鬼です」
ユナも、コルルと同じく跪き言葉を発する。
「鬼か…」
「(え?何あの2本の角、マジ物っぽいんだけど作り物だよな?)」
「お気に召しませんでしたか?魔王様」
「そんなことないさ」
「次は私が…私の名前はアリア・クラウンと申します」
「種族は、エルフです」
「そして、魔王様不在の現在までこの城の統括・管理をしておりました」
跪き頭を下げたまま他の2人と同じように言葉を発するアリア。
「俺が留守の間、よくやってくれたな」
「勿体なきお言葉…感謝の至りでございます」
「次はボクですね」
「ボクはネム・シャデリア、種族は獣人族です」
「現在は魔王城にて、料理長を務めております」
「…待て、お前その白い耳と尻尾はカチューシャとかアクセサリーの類か?」
「いえ、アクセサリーではありません…触ってみますか?」
「いいのか?」
「当然でございます、我々配下は全て魔王様の物です」
跪いていたネムは立ち上がり、ちょこちょこと俺の元へとやってくると俺の足元で再び跪いた。
「さ、触るぞ…」
「はい」
白い耳の裏はツルツルで触りやすく、耳の中はふさふさと犬のような耳だった。
「(これドッキリじゃねぇな…もしかして俺は夢でも見てるのか?)」
「し、尻尾も触らせてくれないか?」
「当然でございます」
立ち上がり、俺の方に尻尾を向けてくれるネムに少しドキドキしながらも尻尾を触ってみる。
「ひうっ…」
「うわ!ご、ごめん!」
「い、いえ…お気になさらず…」
尻尾は犬のようにフサフサで、先端を指で弄ると骨がしっかりあるのがわかった。
「(これはもう…ドッキリとか夢のレベルじゃねぇ…)」
「(ファンタジーの世界に転生しちまった…?)」
「(でもそんなことが現実に有り得るのか?)」
「んっ…ふっ…はぁ…はぁ…」
「うわ、ごめん!」
俺は慌てて手を離すと頬を紅潮させたネムがこちらを向き、再び跪いた。
「お見苦しい…お姿を見せてしまい…申し訳ありませんでした…」
「い、いや…俺も悪かったな、もう下がっていいぞネム」
「は、はい…」
ネムはよろりと立ち上がり、フラフラと元の位置へと戻って行った。
「続いては私が…私の名前はグリフ・クラウドと申します」
黒髪の男性は、ほかと同様跪き言葉を発する。
「種族は悪魔、現在の役職は執事長となっております」
「執事長?」
「この魔王城の、清掃等を担当させて頂いております」
「この広そうなところを全部か!?」
「私だけではとても…しかし、私には助手もいますのでなんとか行えている状況です」
「助手…?あー……もしかしてその子か?」
「左様でございます」
隣に視線を移すと見るからに羽と尻尾のある幼女が居た。
「名前を聞いてもいいかな?」
「えっと…わたしはララです!よろしくおねがいします、まおーさま!!」
「こら、ララ…魔王様の前では最大級の敬意と尊敬を払い行動するように伝えたはずですよ」
「はっ…ご、ごめんなさいまおーさま!!!」
「(可愛い…)」
「まだ小さいんだ、あまり怒らないであげてくれグリフ」
「…部下への海よりも深き慈愛に感謝の言葉も見つかりません」
「えっと…ララの種族は?」
「わたしはりゅーぞくです!!」
「竜族?」
「その事については私から御説明させて頂いてもよろしいでしょうか、魔王様」
コルルが俺の方を見ながら聞いてきたので、承諾する。
「構わないぞ、よろしくな」
「ありがとうございます」
立ち上がったコルルはララの元に行き頭を撫でていた。
「まず、彼女の種族は竜族であり私と同じ種族なのです」
「でもコルルはさっき、龍人族って言ってたよな?」
「元々私も竜族でしたが、成人前に知識や力を可能な限り吸収することによって竜族は龍人族へと進化を遂げることが出来るのです」
「成程…そういうことだったのか」
「彼女は現在、成人前であり私達で可能な限りの知識と力を蓄えさせていますので成人した後は私と同じ龍人族として魔王様へと貢献する事できる…と、考えております」
「すげぇな………」
「いえ、これも全て魔王様への忠誠ゆえでございます」
コルルは説明を終えると、元の位置に戻り再び跪いた。
「(魔王として生まれ変わったとして…ここにはこれだけの戦力があって…)」
「(これからどうすればいいんだ…?)」
「えっと…アリアさん」
「アリア…と、そうお呼びください」
「あ、アリア…」
「はい、魔王様」
アリアは顔を上げ、俺の方を真っ直ぐ見てくれた。
「これからどうすればいいんだ?」
「そうですね…魔王様はこの世に降り立ってから一日も経ってませんので今日の所は1度お休み下さい」
「これからの方針は我々幹部である、コルルとユナと共に話し合い最終的な決定は魔王様に委ねるという形で進めていきます」
「俺はまだここに来て少ししか経ってないからなんとも言えないけど…」
「最初のうちは任せっきりになっちまうけど構わないか?」
「お任せ下さい」
「それでは他に魔王様への質問等がある者は挙手を」
「はい」
ネムは顔を上げ、挙手をする。
「ネム」
「魔王様…失礼ながらひとつお聞きしても宜しいですか?」
「あぁ…構わないぞ」
「魔王様は、苦手な食べ物はございますか?」
「いや…特にはないぞ」
「それは良かったです」
「そういえばネムは料理長だったな」
「はい、拙い技術を元に料理を作らせていただいております」
「期待しているぞ」
「ご期待に添えるよう、尽力致します」
ネムは期待に応えるように声を上げ頭を下げ、再び跪いた。
「他になにか質問がある場合は挙手を」
「無さそうなので、私からひとつご質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「あぁ、いいぞ」
「魔王様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか」
「(前の世界では九瀬悠里という名前だった…)」
「(この世界で俺は元の名前を使ってもいいのか…?)」
「(まぁ、そもそもこの世界にもし元日本人が居ても協力し合えばいいから大丈夫か)」
「ユーリだ」
「「「おおっ…!!」」」
「あぁ…ユーリ様…なんと素晴らしい名前でしょう…」
「まさに魔王になるべくして生まれた存在…ということでしょうか」
「ユーリ…たしかにいい響きよね…」
「ゆーりさま!!」
口々に皆、俺の名前を褒めてくれて若干照れくさかった。
「全員静粛に、魔王様の前ですよ」
「魔王ユーリ様…ここに居る6人は魔王様への絶対的忠誠をここに誓います」
「どうか末永く、よろしくお願い致します」
全員は跪き言葉を発すると、俺の言葉を待っていた。
「あぁ、よろしくな」
こうして俺の2回目の人生は、魔王として再び始まる事になった。