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苛烈なる女帝

 聖女候補のひとり、アンゼルマ。

 「浄化」特化型の十九歳。


 すらりと背が高く、きっぱりとした眉に吸い込まれそうな青い瞳。黒髪が彩るのは、いささか整いすぎて彫刻めいた美貌。

 出身は王家。

もっとも、聖女は自分の生家に便宜をはかることがないよう、候補者となった時点で准王家の公爵家に揃って「養女」として迎え入れられている。それが互いを「姉妹」と呼ぶゆえんであり、出身そのものは、建前上【聖女の家】では重視されない。

 よって、現在のアンゼルマも、厳密には王族の一員とはみなされていない。

 それでも、培われた威厳は群を抜いており、その迫力の美貌と相まって、一部では「女帝」と呼ばれているのだとか。


「アンゼルマ様……!」


 ナディアの上に馬乗りになったディルクが、呻くようにその名を呼んだ。

 アンゼルマは、にこりと場違いなほどに優美な笑みを浮かべて口を開く。


「聖女及びその候補者の守護者たる神殿兵が何をしているのかな。私の目が見ているものに間違いがなければ、死罪は免れないだろうよ。さて、どんな死に方を望む? 秩序を守る意味でも、考えられる限り惨たらしい刑に処してやる」


 ひゅうっとディルクが息を呑む。

 その体重をかけられ、地面に押し倒されたままのナディアも、一瞬だけ瞑目した。


(アンゼルマ姉さま……! 絶対その手の脅し、言うと思っていたけど……!!)


 伊達に「女帝」の異名を囁かれてはいない。「女神」セレーネが慈悲深い癒しのイメージを前面に出しているのとは対照的に、アンゼルマといえば際立って苛烈な性格と目されている。

 それは、聖女の能力の中では唯一攻撃系統に近い「浄化」が突出しているのも一因。

 ひとたび対魔物戦線に出ると、後方支援どころか、自ら最前線に立って魔物を強大な魔力で薙ぎ払う武闘派。

 その傍らにあって「妹」として接してきたナディアの所感としては「自分にも他人にも厳しい。怒らせなければ良いひと」といったところ。

 なお、現在のアンゼルマは、ほぼ間違いなく怒っている。


 ディルクが浮足立った気配に、ナディアはすかさずその下から這い出て体勢を立て直す。茂みを背に地面に片膝をついたまま、肩越しに振り返ってアンゼルマを見上げた。


「殺すのはさすがに。神殿兵は神殿の重要な人的資源です」

「ナディア、寝言か? 私がここに来なければ自分がどうなっていたと思う。自分の身を守ることすらできない半端者が、私に意見などするな。こういう、己の立場をわきまえていないクズは、神殿の面汚しでしかない。たとえその悪事が誰に(そそのか)されたのだとしても、候補者を害そうとした者を生かす道理はないよ」


(「誰に唆されたのだとしても」アンゼルマ姉さまも、ディルクが実行犯である時点で、セレーネ姉さまの策とは気づいている。だとすれば、今になってなぜセレーネ姉さまが「候補者の排除」に動いたか。その理由も、すでに耳に入っていると考えて間違いない。やっぱりあの場で、神官長の発言を聞いていたんだ)


「こ、これは……ナディアが」


 ナディアとアンゼルマの会話をよそに、ディルクがかすれ声で主張した。

 アンゼルマのけぶるような青の瞳が、すうっと細められた。剣呑な光が宿る。


「まさかお前、私の妹に誘惑されたんだと言い出すつもりか。これは逢引なのだと。どうなんだ、ナディア。この男の言い分を認める気はあるか? 助命嘆願するならその線しかないぞ。今この場で私に対して『この男との間にあったことは合意の上の行為です』と言えば、男の命は助かるだろう。お前は候補者としての立場を失うことになるが」


 鋭利な刃物のように突きつけられた言葉。

 ナディアは目を見開いて、無言でアンゼルマを睨みつける。


(姉さまはすべて正しい。候補者に牙をむく神殿兵なんか危険過ぎる。セレーネ姉さまへの警告の意味も兼ねて、断罪は厳しいものでなければならない。だけど、いきなり殺す……? それを躊躇う時点で私は甘すぎる、聖女には相応しくない)


 頭ではわかる。しかし、たった一度の過ちで即座に命を刈り取っても良いものだろうか。

 悩むナディアに対し、アンゼルマは冷静な声音で今一度言った。


「どうする? ナディアの決断を聞こう」



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