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三つの力

 アンゼルマ姉さまは、たしかに、「聖女」になるつもりがなかったんだ。

 聖女を決める前段階で、必ず一人命を落とす。そのことを最初から知っていた。


 その一人を、自分と決めていた。


 だから、聖女候補者の顔ぶれを見て、突出した能力を持つ二人との均衡を保つために、自分は「浄化」の能力が一番強く見えるように振る舞った。

 一方で、全部をなんとか伸ばしている(ナディア)が脱落しないように、さりげなく手助けをしてくれていた。

 そして、後を託す人間を見極めようとしていた。


 馬鹿な姉さま。

 自分こそが一番「聖女」にふさわしい人間だと、どうしてわからないんですか。

 封印が「聖女」に求められる最も大切な役割なのだとしても、その後の世界を見守る時間の方が遥かに長いんです。生き延びるべきは、視野が広く、公平で、己の命を懸けてでも他人を守れるような、それでいて抜群に優秀な人材に決まっています。


 私に後を託そうだなんて思わないでください。

 こんな役目は二番手の人間()に任せて、アンゼルマ姉さまこそ生き延びてください……!


 * * *


 言いたいことがありすぎたが、時間はあまりなさそうだった。

 ナディアは無言で三叉の燭台に手を伸ばし、アンゼルマから奪い取る。

 驚いたように見開かれた瞳に向かって、勢いのままに声を張り上げた。


「姉さまの、ばか!!」


(封印のやり方なんて知らない。どうして誰も教えてくれていなかったのよ……! アンゼルマ姉さまを死なせるくらいなら、私でしょう!!)


 その思いで神官長を睨みつけると、目が合った。驚いてもいない。静謐に満たされた瞳。


「馬鹿はお前だ、離せ。それは私が!!」


 焦っているのはアンゼルマだけ。伸びてきた手から逃れながら、ナディアは思わず笑みをこぼした。

 神官長の目を見て、確信が出来た。


 ――聖女選定の魔法具『三叉の燭台』に魔力で火を灯すことができるのは、バランス型のナディアだけだろう


(あのときに、すべてが決まっていたんだ。方法も教えてもらっていた。これは、神殿内において、最初から私の役目と定められていた。その流れに逆らっているのは、ただ一人アンゼルマ姉さまだけ)


「姉さまの言うことなんか聞きません!! 私が『封印』に集中しやすいように、辺りの瘴気を払うのに力を使っていてください」

「逆だ! それはお前が!!」

「だめです!! 近寄らないで。これは私のものです!! もし私の手から奪うというのなら、『聖女』になりたい私欲による暴挙とみなして、悪評流しまくります!! 悪評は、怖いですよ!!」

「お前……、ふざけんなよっ」


 アンゼルマの瞳に、苛立ちが閃く。それでも強引に手出しが出来ないのは、燭台がいかにも歴史的な遺物めいたクリスタル製であり、脆そうな見た目をしているせいに違いない。手荒に扱ったら壊れてしまいそうで、価値がわかればわかるほど、無理に奪い返せない状況。


「ふざけてるのは姉さまです。こんな大切なことを隠していただなんて」

「どうせ私はここで生き延びても、『聖女』にはなれない。お前、本当に気づいていなかったのか!?」

「何をですか!?」

「男だよ!!」


(……いまの、会話、成り立ってます?)


 頭の中で何度か繰り返してみたが、どう考えても意味が通じていない。「気づいていなかったのか」「男だよ」つながりがおかしい。

 アンゼルマは、言ってやったとばかりに胸をそらして、険しい目で見下ろしてきている。

 ナディアとしては、何を言われたのかまったくわからない。自分は絶望的に察しが悪いのか? いやこれはアンゼルマの説明が悪すぎなのでは? という二つが頭の中でずっとぐるぐると手を取り合って踊っている。

 わからなすぎて、投げた。


「何が、男なんですか」

「私が」

「どうして。いつから」

「最初から。聖女候補になるために、伏せていただけ。魔力もあったし。だけど、魔力は基本的に母系遺伝で、母親から子どもに引き継がれる。私がこの先何人子どもをもうけても、この魔力は引き継げない。男の魔力持ちなんて、使い道がないんだ。その点、女性の能力者は貴重だ。その意味でも、ここは私に任せてナディアは生き延びろと言っているんだ」


 男。


「アンゼルマ姉さま、そんな……、何人も子どもをもうけるつもりだったんですか……。あれ、兄さま……?」


 どこにショックを受ければ良いかわからないまま、とりあえず引っかかったところから問い返す。

 アンゼルマは、普段とは違い、激しく苛立った様子。

 今にも地団駄を踏みそうな勢いで口を開いた。噛みつくほどの勢いで。


「今のはただのものの例えだ。わかるだろ!? そんな日は来ない。俺は子どもを残すこともなく、ここで……! それが、一番効率が良いんだ」

「効率だけで言えば」


 噛みつかれないように、腰がひけた状態ながら。

 ナディアは奇妙なほど思考が冴え渡るのを感じつつ、アンゼルマの目を見つめた。


「世代を経て、遺伝で受け継がれる能力の低下が問題になりつつあるなら。女性の能力者と男性の能力者を交配させれば良いのでは?」

「お……恐ろしいこと言うなお前。愛をなんだと思っているんだ。だいたい、それで生まれた子どもを次代の聖女候補に投入するとでも言うのか?」

「べつに実現させるつもりで言っていません。男性の能力者って、この場合アンゼルマ姉さま? のことですよね。掛け合わせる相手といえば、私かセレーネ姉さまなのかな。なんていうか、それはちょっと」


 ナディアとしては、あくまで可能性のひとつとして述べたつもりだった。

 我に返ったのは、アンゼルマが秀麗な面差しを朱に染めて「掛け合わせるって……」と絶句しているのを目にしたときであった。


「恥じらっている場合ですか!? 状況を考えてください!!」


 つられて、自分の顔も赤くなるのを感じながら、ナディアはアンゼルマを叱咤した。多分に八つ当たりのような響きになってしまったが、アンゼルマからの反論もなく、二人の目は燭台に向かう。


「とにかく、それは私が」

「いいえ。これはバランス型で、なおかつ二番手の私が使うのが相応しいんです」

「だから、女性の能力者を失うわけには……」


 再び不毛な争いを始めたときに、すっと横から真っ白な繊手が伸びてきて、三叉の脆そうな部分に細い指を絡めた。


「いつまでやってるの、馬鹿なの?」


 響いた辛辣な声は、いまひとりの候補者であるセレーネのもの。

 あうあう、と呻いたナディアと、バツの悪そうな顔をしたアンゼルマを順に眺めて、セレーネは厳然とした声音で言った。


「火を灯す場所が三つ。候補者が三人。手分けしたらどう? もしかして歴代の候補者はそんな簡単なことも思いつかずに犠牲を出したのかしら」


 いつから到着していたのか、話を聞いていたらしい。

 アンゼルマは首を振って、セレーネに目を向ける。


「違う。やろうとした記録はあるが、うまくいかなかったと。初代聖女が一人で使っていた道具だ、三人の魔力を同時にのせることはできない」

「名案だと思ったのに。残念」


 二人の話し合いを最後まで聞くことなく、セレーネが燭台から手を放したタイミングでナディアはその場に膝をついた。

 地面に燭台を置いてから、掴み直す。


(三人で力を合わせるという案は素敵です、姉さま。だけどこの役目は譲れません)


 祈りを込めて、魔力を捧げた。

 燭台に立てられた三本のローソクに、火が灯る。揺らめく三つの炎。クリスタルで出来た燭台に虹色の光が走った。


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