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羨ましいですか

「サンドラ姉さまは、ずるいひとが羨ましいですか?」


 茶会の場は、数人の神殿兵が遠巻きに取り囲み、給仕を担当する者が出入りをしていたが、今はテーブルから距離をとっている。聖女候補者同士の会話は聞こえているかもしれないが、表情に変化はない。

 ナディアは居住まいを正してサンドラに向き合い、質問を重ねた。


「私がずるをしているとして、同じことをして神官長(上のひと)に気に入られたいですか? それが正攻法だと考えているのなら、同じことをしないのはなぜですか? ずるいと言う前に、自分ができることを全部しましたか? もし私と同じことをしないのだとしたら、サンドラ姉さまが『それでは勝てる確信がない』か、『ずるい人間になりたくないか』の、どちらかではないですか」


 言い返されることを予期していたが、サンドラには睨み返されただけで言葉はなかった。数秒待ってから、ナディアは再び口を開く。


「たまたま私がそれで成功したように見えたので『ずるい』と言う。失敗していたら眼中にもなかったでしょう。そのサンドラ姉さまの批判の仕方は、ずるくないんですか? サンドラ姉さまにとって、自分自身はどういう括りになっているんですか? この三年間、どういう勝算で、何を頑張ってきたんですか?」


「私は……、私は『恵み』の力が強かったから、農村をまわったり、作物の品種改良の研究をしたり……。人々が飢えないで暮らせる方法を考えて、実践してきたわ。私が聖女になったら、豊かな暮らしができると希望を持てるように。それは、戦場に立てるアンゼルマや、怪我の治療をするセレーネよりは地味だったかもしれないけど。上に媚びるので忙しいナディアよりは、ずっと」


(ずっと?)


 そよ風すら吹くことなく。周囲の音も遠く、凍りついたような時間。

 ナディアは決して目をそらしてなるものかとサンドラを見つめて問う。


「……上に媚びるって、具体的にどういう仕草のことですか。サンドラ姉さまは私のこと、『無欲な顔しているし、他人に嫌われないように振る舞っている』って言いますけど、それ実質『何もしていない』ってことですよ。仮に、『何もしない』ことが神官長(上のひと)に気に入られる要件だとして、サンドラ姉さまはそれを自分に許せますか? 自分の持つ力を使って努力してきた姉さまは、何もせずにはいられなかったから、頑張ってきたんじゃないんですか。今になって『何もしない』人間をずるいと言うのは、頑張ってきた自分を全部否定していませんか」


「頑張ってきたから、頑張っていないナディアが選ばれるのが悔しいのよ。同じ負けるにしても、アンゼルマやセレーネのように、頑張っている候補者に負けたいの。ナディアに負けるのだけは嫌」


 頑張っていないナディア。

 怒りが沸いてきて、気が遠のきかける。そんな場合ではないと、白くなるほど拳を握りしめて告げる。


「それがサンドラ姉さまの本音ではないですか。いろいろ理由をつけていますけど、結局『自分より下だと思っていた人間に負けるのが嫌』それがすべてではないですか」


 悔しい。

 初めて、強く自覚した。

 叫び出したいほど悔しい。その叫びを、ナディアは歯を食いしばって堪えた。感情的になっている場合ではないと。

 口を挟まずに聞いていたアンゼルマが「なるほどねえ」と呟く。

 三人の注意をひいたところで、口元をほころばせ、笑った。


「私は、聖女というのは消去法で選ぶものではないと思っているんだ。たしかに候補者四人で争っているけど、選定基準は『他のひとよりマシ』ではなく、『絶対あのひとでなければならない』じゃないのかなと。今はたしかに、神官長がナディアの名前を出したことで変な空気になっているけど。それじゃ、私たちはナディアのことをどれだけ知っているか、ってとこだよね」


 アンゼルマの席は、ナディアの真正面。微笑んだままのアンゼルマを、ナディアはどうしようもなく睨みつける。


「私は、努力は自分のものであり、自分に恥じることがなく、真っ正直に生きているのなら、ことさらひとに言うようなものではないと信じてきました。だけど声を上げなかったことで、こうして『何もしていない』と言われるのであれば」


 唇が震える。気がついたら手も膝も震えていた。怒りなのか悲しみなのかわからない、強い感情が体を貫いている。


「ナディアはナディアで、自分が、自分こそが聖女にふさわしいと示すべきだ。そういうことだよな?」


 気持ちが高ぶりすぎて満足に話せなかったナディアの言葉を引き継ぎ、アンゼルマは余裕のある態度で言った。



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