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新興宗教

 円卓に座ったときから、それは始まっていた。


(アンゼルマ姉さま、正面……、え? ということは)


 迂闊。席順は重要だというのに。

 ナディアの右側にはセレーネ。その横にアンゼルマ、サンドラで円になっている。四人という絶妙に話しにくい人数であるため、自然と会話は隣合う者同士ですることも多く。

 向かい合ったアンゼルマとは、どうあっても別チーム。


「ナディア、最近アンゼルマと仲良いみたいだけど、大丈夫? あのひと『女帝』よ? 使える人間は使えるだけ使って、用がなくなったら容赦なく捨てるわよ、絶対にまず間違いなく。あなた騙されてる。これはね、あなたのことが心配だから言ってるのよ」


 アンゼルマとサンドラが話し始めたタイミングで、隣のセレーネが深刻そうな表情を作り、ナディアに話題に振ってきた。

 ティーカップの繊細な花の絵柄を眺めてやり過ごそうとしていたナディアは、その含みのある声に体を強張らせる。


(きた……! 「あなたのことが心配だから」構文。これは絶対裏があるひとが使うお決まりの。「あなたのためを思って」と、聞いてもいない他人の悪口を吹き込んでくる相手は信用するなって、お祖母様もお母様も言っていたわ……!)


 ここは慎重に対応せねば。

 そう意気込んだナディアは、極めて穏当な声音を心がけて言った。


「セレーネ姉さま、自分が汚いこともできる人間だからって、他人も汚い考えを持っていると思い込みすぎじゃないですか」


 びゅう、と冷たい風が吹き抜けた。

 体感的には極寒。

 セレーネの笑みはぴくりとも動いていない。見事なまでの完璧な微笑のまま。


「あなた、腹の底ではそんな風に私のこと思っていたの。ありがとう」


(ありがとう? ありがとうってなに? なんの御礼?)


 確実に間違えた、と心臓はばくばくと鳴り出していたが、もちろんここでひけるはずもなく。

 下手に取り繕って嘘を言うより、できる限り穏便に本当のことを言おうと心がける。


「ずっと思っていたわけじゃないんですけど、最近わかりました。セレーネ姉さまの聖女にかける意気込みは本物だってことと、そのためには他人を蹴落とす決断のできるひとなんだってこと」

「そうね。無闇やたらと他人を攻撃することはないけど、邪魔なものは排除する。今までそうしてきたし、これからもそうする。排除されたくなければ、私の邪魔をしないでね」


 セレーネは優雅な仕草でカップを持ち上げて、お茶を一口。

 その麗しい横顔をまじまじと見つめてしまってから、ナディアは正面に向き直り、自分のカップに手をかける。そこでもう一度、セレーネの方へと視線を向けた。


「私が聖女候補として並び立っている現状において、私は邪魔ですか」

「大正解」

「それならば、おかしいです、姉さま。私よりももっと目障りだったはずのサンドラ姉さまやアンゼルマ姉さまを、いまだに排除できてないですよね? 手心加えていたんですか?」


 カチン、とセレーネはカップを皿に置いた。


「今まで私が『遊んでいた』みたいな言い分だけど、しっかりやることはやってきたわよ。ただ二人とも見かけ以上にしぶといだけ。いえ、見た目通りとも言うかしら。少なくともあの二人、弱そうには見えないでしょ?」


 促されて、ナディアはサンドラを見て、正面のアンゼルマを見る。

 まさにそのとき、話に耳を傾けていたらしいアンゼルマとばっちり目が合った。

 うつくしい黒髪は、後頭部で一房結い上げて、あとは背に流している。体の線が出ない服を身に着けていることが多いが、すらりと背筋が伸びていて、どこもかしこも引き締まった印象。座っていてさえ揺るぎない強さを感じさせる。整いすぎた美貌の中で薄い唇が釣り上がり、深い青の瞳には光が瞬いていて、面白そうにナディアを見返してきた。


「アンゼルマはね、あんな男だか女だかよくわからない見た目だけど、人気があるのよね。見せ場は戦場くらいなのに。いつも赤とか黒の衣装で『返り血が目立たないように』なんて言っているけど、一度解き放つとどこの野獣かって戦いぶりなのだとか。私は後方支援だからそういう野蛮なこと、ちょっとよくわからないのだけど」


 花も恥じらうほど可憐かつ妖艶な笑みを浮かべたセレーネ。

 くす、とアンゼルマも軽やかに笑う。


「セレーネは本当に役に立たないからなぁ。いつも『歩く宗教』みたいに白い法衣で仰々しく従軍するわりに、前線に出る兵からは実はあんまり人気ないんだよね。怪我は治せるけど、怪我しないように魔獣を倒すことができないのは、やっぱり聖女候補としては力不足かな」

「『歩く宗教』いいわね、たしかに私、『癒やし』の魔力を行使すると、感謝感激した怪我人たちから『ここに神殿を建てよう』ってよく言われるわ」

「そうだね、言われてるよね、セレーネ。神々しすぎるし女神すぎるって。いっそ独立して宗教開けば? 止めないよ?」

「あなたこそ開祖になっちゃえば良いんじゃない? どうせ王宮は神殿が目障りなんだもの。完全に王権に忠実な宗教作って適当に神託垂れ流していればいいじゃない。何も旧式の聖女やら聖女選定に拘らなくてもいいのよ?」

「なるほど。新たな宗教か。私が開祖になったらセレーネは神役やってくれる?」

「いいわよ~。『女神』って言われ慣れてるから全然アリだと思う」


 言うだけ言い合って、二人はしめやかにお茶を飲んだ。

 

(……この二人の会話は、神殿組織的にアリなんだろうか……放っておくとここに新興宗教が爆誕なんですけど。というか仲良い?)


 止めることもできずに、ナディアは黙って聞いているもうひとりの候補者、サンドラの方へと顔を向けた。


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