招待客の作法
聖女候補者として過ごしてきた日々。
最初こそ、全員で揃って講義を受けたり、研修をしたりする機会はあった。だが、それぞれの特性が際立つにつれ、得意を生かした個別の活動が増えていき、顔を合わせる回数は減っていった。
二人程度ならともかく、四人が一堂に会することは稀であった。
「せっかくだから四人で楽しくお茶を飲んでみるのも良いと思うんだ。親睦会」
発起人、アンゼルマ。
いつもぴりぴりしている義理姉妹が、よもやそんな言葉につられて集まるものだろうかとナディアは半信半疑であったが、セレーネとサンドラからは「是非に」との返答があったとのこと。
数日後、お茶会は敢行される運びとなった。
* * *
神殿の奥庭。
古の聖女像や粋を凝らされた噴水があり、周囲を咲き乱れる種々の薔薇の生け垣によって囲われている。そこは、参拝客もほとんどの神殿関係者も足を踏み入れることが許されておらず、対外的には「聖域」として存在だけが知られている。
その日は、瀟洒なテーブルや椅子が並べられ、選り抜きの神殿兵たちが警備を固める中、聖女候補たちによるお茶会がいままさに始まろうとしていた。
形式の上では公爵家に引き取られた、公爵令嬢四人姉妹(義理)。
「腐っても王家出身のアンゼルマの主催ですもの。中途半端なものではないわよね。楽しみにしてきたのよ。お招きありがとう」
豊かな黒髪に、それとなく女性らしいラインの強調される真珠色のドレスを身に着けたセレーネが、到着早々開口一番でそう言った。
アンゼルマの背後に立っていたナディアは、それだけで笑顔のまま固まる。
(「腐っても」……、腐ってもって言った。王家の前に置く言葉じゃないと思う……)
「来てくれてありがとう。聖女候補になった時点で王家とは縁を切っている。今日は気楽な催しだよ」
答えたアンゼルマの表情は、ナディアの位置からは見えなかったが、余裕いっぱいの笑みを浮かべているのは想像に難くない。
対峙しているセレーネもまた、「女神」と称される美貌に優しげな笑みを絶やさぬまま。
形の良い唇を開いて、さらに言った。
「見え透いた嘘は結構よ。その首に巻き付いた王家の縄がよく見えるわ。聖女になった暁にはどれだけ王家に便宜をはかる約束なのかしら。聖女選定に王家の発言権はなく、一切の関与も許されないはずなのに、あなたの周りには王家の息のかかったものがずいぶんとたくさんいるみたいね。この王家の犬が」
「あっはっは。『わんわん』って言えばいいのか? ご挨拶だな」
明るく笑い飛ばすアンゼルマ。セレーネも何事もなかったように、にこにこと笑っている。
周囲の神殿兵たちはみな、薔薇や空を見ていた。自分のことを人間ではなく草木とみなしているかのような静けさであった。
硬直しかけていたナディアも、自分もそうしようと思ったが、「ナディア~!」と名前を呼びながら歩み寄ってきたセレーネに、両肩に両手を置かれてしまう。
「この間、神殿の敷地内で暴漢に襲われたんですって? 大丈夫だった?」
「その件は、関係者以外極力伏せていたはずですが」
「あらあ。姉さまは関係者じゃないってこと? そんなことないでしょ。姉妹の身に何かあれば、大抵のことは誰かが教えてくれるわ。本当に無事に切り抜けたの?」
ぎりっと肩に指が食い込む。ふわふわの笑顔のままのセレーネがどこからその馬鹿力を発揮しているのか、いっそ恐ろしい。
(暴漢、自分で仕掛けたはずなのに、この豪胆さ。しかも「情報を伏せても神殿内で起きたことなら全部筒抜け」という宣言付き。「切り抜けたの? 残念」という幻聴まではっきり聞こえるように思うのですが。聖女候補者の日常会話、これなんですか……!)
肩も痛いが、胃も痛い。
一方、遅れて姿を見せたサンドラが、アンゼルマににこにこと挨拶をしているのが見えた。
「みんなで仲良くしようなんて、何かの間違いかなーと思ったけど、面白いから来ちゃった」
「他意は無かったんだけどなぁ。そこまで言われるなら落とし穴のひとつや二つ用意しておけば良かった。期待にこたえられない主催者で悪かった」
声だけ聞けば、和やかそのもの。
ナディアは若干混乱して、目の前のセレーネに尋ねてしまった。
「姉さま。私、神殿に入る前は貧乏貴族の娘だったせいか、ご令嬢方とのお茶会なんて縁がなくてですね。挨拶ってもしかしてああいうのが正式なんですか? つまり『今から殺すぞ』っていう」
他にどう表現して良いかわからず、ナディアは芸のない直接的な表現をしてしまった。
セレーネは、ばさりと音が立ちそうなほどの睫毛を瞬かせて、朗らかに頷いた。
「ええ、もちろんよ。『無事に帰れると思うな』って気持ちをこめて挨拶をするのがお茶会の正式なルールよ。ナディアも言ってみて?」
「騙して……ませんか?」
「全然。姉さまの責任として教えてあげているの。でもそれをそのままこの私に言ったら倍返しじゃ済まないけど。この間よりもっとひどい目に遭わせてあげる。一回切り抜けたくらいで気を抜いていたら死ぬほど後悔することになるからね? むしろ死んでから後悔かな」
(姉さま、表情と声とセリフの内容が合ってないです)
無事に済むわけのないお茶会が、はじまった。




