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選ばれるのは一人だけ

 ナディアは聖女に一番遠い存在だった。


 聖女候補として【聖女の家】に集められた四人の少女たちの中にあって、一番の落ちこぼれ。

 他の三人はそれぞれ、三種の魔力――「癒やし」「恵み」「浄化」のいずれかが突出しており、順位をつけがたいほどに優れていた。

 一方で、ナディアはといえばすべての能力がぱっとしない。どれもこれも平均的で、何か一つでも他の誰かに勝てるものがない。

 よってその話は、寝耳に水どころではなかった。


 * * *


「聖女選定の魔法具『三叉の燭台』に魔力で火を灯すことができるのは、バランス型のナディアだけだろう」


 早朝、神殿の菜園にて。

 神官長が、青々とよく育った丈の高いとうもろこしの間を歩きながら、お供をしていた神殿兵にのんびりと語っていたのだ。

 

 一列挟んだ隣。

聞こえてくる会話に何気なく耳を傾けつつ、とうもろこしをもいで収穫していたナディアは、ひゅうっと変な息を飲み込んだ。

 そして、背中合わせに作業をしていた、同じく聖女候補のセレーネを恐る恐る振り返った。


(姉さま……?)


 候補者たちは、慣習に従って互いを「姉妹」と呼ぶ。

 ナディアは最年少の十七歳。

 一方、豊かな黒髪に豊満な体つき、ばさりとした睫毛で顔立ちのくっきりとした美女セレーネは十九歳。

最年長で、「癒やし」の力特化型。

聖女選定前とはいえ、魔物に押され気味の前線に出ていったときは、その秀でた能力が重宝され「女神」と崇められていたほど。

 実際に、とても慈悲深く優しい性格をしており、落ちこぼれのナディアにも分け隔てなく接してくれていた。

 そのときまでは。


 セレーネは、ぼりっ、とへし折るかのような音を立ててとうもろこしを収穫し、背負ったかごに放り込む。その間、無言。

 うつむき加減の横顔は完全なる無表情。

 見開かれた黒の瞳は、見たこともないほど冷たい光を湛えていた。

 ナディアはごくりとつばを飲み込んだ。


 ――この子には聖女の資質がある。


 聖女の三種の魔力は、母系遺伝。代々母から娘へと受け継がれる。その大元は、(いにしえ)の王の妻であった初代聖女。それゆえに、聖女の資質を持つ者は王家やその縁続きの貴族から現れる。王家と遠ければ遠いほど、可能性は低い。


 三年前。年頃の貴族の令嬢たちは、神殿に集められて審査を受けた。


 貧乏子爵の三女であるナディアが参加できたのは、偶然の成り行き。長姉はすでに嫁いでおり、審査を受ける予定だった次姉も屋敷の使用人と恋仲に。聖女の要件である「清らかな体」ではないとのことで、資格を喪失。急遽、ナディアが審査に向かうことになったのだ。

 その場で、「三種の魔力」をすべて持つことが判定され、【聖女の家】に引き取られる運びとなった。


 資質があるからといって、聖女になれるわけではない。候補者は他にもいる。その誰もが聖女を目指して、国の頂点にふさわしい教養を身につけるべく勉強に励み、なおかつ魔力を伸ばすための厳しい修行の日々を送るのだ。

 施療院では「癒やし」の力を用いて傷ついた人々への奉仕を。菜園では「恵み」の力を用いつつ、自ら手を動かし畑を耕して日々の糧を得る。そして、瘴気が溜まって淀んだ土地があると報告が上がれば「浄化」を施しに向かう。


 聖女に遠いとみなされてきたナディアとて、【聖女の家】で義理姉妹たちと修行と奉仕の日々を続ける中で、もしかしたら自分にも可能性が、と考えなかったわけではない。

 むしろ、貴族とは名ばかりで、平民に限りなく近い暮らしをしていたナディアには「聖女の三種の魔力」のありがたみがとてもよくわかる。


 適切な医療を受けられぬひとびと。 

 痩せた土地で、家族総出で朝から晩まで働き詰めでも満足な実りが得られず、学校にも通えぬ子どもたち。

 魔物と瘴気に脅かされる暮らし。

 聖女とは権力の象徴ではなく、魔法でしか解決し得ない困難に立ち向かい、人々の生活を向上させるべく働く存在。


(私が聖女になれたら、自分のすべてをその職務に捧げるつもりでいたけれど……、まさか優秀な姉さまたちを差し置いて選ばれることなんてありえないと、自分に言い聞かせてきたのに。神官長の非公式の雑談なのだから、もちろん決定ではないとしても……)


 セレーネに、視線を向ける。

 声をかけようとしたが、喉に石でも詰まってしまったみたいに、息苦しくてしゃべることができない。

 それは、セレーネの醸し出す重苦しい空気が理由でもある。


 ぼりっ。

 茎もろともへし折るかのような音を立てて、セレーネがとうもろこしをもいだ。

 その力のこもった動作を、ナディアは息を止めて見守ってしまう。

 ようやくナディアに顔を向けてきたセレーネは、それまでの無表情が嘘のような笑みを浮かべていた。


「私ね、ナディアだけはありえないと思っていたの。だってあなたは、すべての能力が人より劣っていることでバランスがとれているだけでしょう? 『癒やし』なら私が、『恵み』はサンドラ、『浄化』はアンゼルマ。三人とも、あなたよりはよほど能力が高いけれど……。聖女選定の魔法具が『三叉の燭台』という代物で、そのすべてに『バランスよく火を灯せること』を見るのが最終試験だというのならば、たしかにあらゆる能力が一律劣ったあなたを置いて、他に向いているひとがいないのは事実ね」


 冷ややかなまなざし。

 これまで一度も見たことがない、酷薄な印象の薄ら笑い。

 息を止めたまま、何も言うことができずにナディアは言葉を詰まらせる。

 唇に笑みを浮かべたまま、セレーネはさっと身を翻して背を向け、ナディアから離れて行った。


 ほんの短い時間だったのに、ナディアのこめかみを冷たい汗がすべり落ちる。

 それを手の甲で拭いながら、今の会話を記憶の中で追いかける。胸がキリキリと痛む。

 ナディアは眉間にきつく皺を寄せて、襲い来る嫌な予感に瞑目した。


(……これだけで終わるはずがない……)


 丈の高いとうもろこしの畝が何列も連なるその場には、そのとき、四人の候補者が全員揃っていたのだ。

 サンドラとアンゼルマ、二人の義姉も神官長の発言を耳にしているはず。

 ともに聖女を目指してきた義姉たちが何を考えたか、ナディアにも想像がついた。



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