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第9話 自動式フェニックス

 



 夏休みが明け、人の増えた図書館でわたしはいつも通り過ごしていた。

 奥の一角にあるテーブルの上に集めて来た本を積み上げ、更に私物の教科書や何枚もの紙が乱雑に放置されている。これはもう占拠以外のなんでもない。

 いつもと少し違う所と言えば、よく分からない木彫りの置物が鎮座している事だろう。

 見ていると呪い的な意味で吸い込まれそうな瞳に、変なポーズを決めた鳥の胴体、躍動感のある鮭を鷲掴んだ大きな足。見た事も無いような不気味な置物なのに、どこか既視感があるのは気のせいだろうか。

 鳥が熊だったら何かこう……知ってるような……何だっけ。

 そして、通常なら近寄り難いその場所に、今日は珍しい人物が訪れていた。


「鳥?」

「火の鳥です!」


 わたしとその珍しい人物は鳥的な木彫りの置物……ではなく、魔法陣の描かれた紙を間に挟んで話していた。

 珍しい人物というのは、久しぶりだから挨拶に来たと言う第二王子エイベルだ。

 決して気さくな間柄ではないのだが、わたしは魔法陣の描かれた紙を第二王子の眼前に突き出して熱く語っていた。


「フェニックスって言うんですよ!めっちゃカッコイイんですから!」

「名前までつけているなんて、随分とお気に入りの魔法なんだね」

「カッコイイですから!」

「そんなに『カッコイイ』の?」

「性能面は二の次でカッコ良さを追求してます!」


 聞かされている第二王子は嫌な顔一つせず、楽しそうにわたしの話を聞いてくれていた。そして、突きつけられた魔法陣をまじまじと見て、わたしのその熱量に不思議そうな顔をする。


「観賞用ではないの?」

「多分、戦闘にも使えるかと。火を使う相手なら、多少有利に戦える……かな?」

「限定的だね?」

「火を吸収して取り込めるんですよ。あと、今回の改良で火も吹けるようになりました!」

「なるほど。火のタンクみたいな役割ができる、という事かな?」

「有り体に言えばそうなりますね。でもフェニックスの本質はそこじゃないですよ。やっぱり……」

「カッコ良さ、だよね?」

「その通りです!」


 自然とテンションが上がって声が大きくなるが、ここが図書館である事を思い出して慌てて口を手で塞ぐ。

 オタク特有の『聞く人を選ぶ話』に笑顔で付き合ってくれる第二王子は心が広い。とても話しやすかった。

 苦手意識は相変わらずあるけれど、今はそれほど気にならない。好きな魔法の話に夢中になっているからだと思う。

 わたしが周りを気にして反省していると、第二王子が何か思いついたように声を上げる。


「そうだ。この辺りに防音空間を作ろうか。そうしたら気兼ねなく話せるよ」

「いいですね。じゃあ、その魔法わたしが使います」

「ありがとう、クレアさん」

「いえいえ」


 手早く手のひらサイズの魔法陣を机上に構築して魔法を発動させた。

 魔法陣を中心に見えない空間が広がり、周囲と音が隔絶され、わたしと第二王子のふたりきりになる。景色は変わらないけれど、周囲の音をシャットアウトした空間は気密性が感じられる。

 わたしはキョロキョロと視線を泳がせながら、素直な感想を口にした。


「これ、逆に落ち着かないですね。周囲の状況を音で把握できないと、ちょっと怖い気も……」

「それなら、ついでに防護壁も張っておこうか。気休めみたいなものだけどね」


 そう言うと、第二王子はわたしの出した黒い魔法陣の上に白い魔法陣を並べた。わたしは「ありがとうございます」とお礼を言いながら、目は第二王子の魔法陣に向けられていた。

 至近距離で白い魔法陣を見たのは初めてだったので、わたしは顔を近づけて興味津々に観察する。発見はというと、魔法陣に書かれた精霊文字が白くて読み辛い事だった。くだらない発見をしてしまった。

 一頻り観察して満足した後、顔を上げると第二王子と目が合った。


「あっ、ジロジロとすいません」

「構わないよ。僕もクレアさんの魔力には興味があるからね。何か気づいたことでもあった?」

「うーん……いや、特に気になるとこは無いですかね。見た目には色の違いしか……」

「だよね。僕もだよ」


 第二王子はそう言って軽く笑った後、お互いの魔法陣に目を落として「何がそんなに特別なんだろうね」と呟くように言葉を続けた。

 何らかの複雑な感情を覗かせる反応にわたしは目を瞬かせる。いつもの眩しい笑顔の裏側に触れた気がしたからだった。

 向けられた視線に気づいたのか、第二王子は顔を上げる。次の瞬間には、わたしの感じた裏側なんてただの勘違いとしか思えない、いつも通りの眩しい笑顔を浮かべていた。

 第二王子は口元を緩めて問いかける。


「クレアさんは自分の魔力を特別だとは思わない?」

「特別……なんじゃないですか?」

「事実としては当然、特別なんだろうね。でも、僕は自分のアイデンティティになる程、この魔力を特別とは思えないんだ」

「えーっと……」

「つまり、他人が思っている程僕は特別なんかじゃないってことだよ」

「なるほど……?」


 分かった風に頷いて見せると、第二王子は可笑しそうにくすくすと笑った。今日は色んな第二王子の顔が見られる日のようだ。

 ……で、何で笑っているんだ?


「ごめんね。クレアさんが一番、この魔力を特別だとは思っていなさそうだったから」

「……まあ、わたしは色んな魔法が使えてラッキーくらいの認識ですし、そこまで特別視していないのは事実ですけど……これっておかしいですか?」

「ああ、違うんだ。おかしくはないよ。なんて言ったらいいのかな……クレアさんと話していたら気が抜けてしまってね。クレアさんは間違っていないよ」

「そうなんですか?」

「うん」


 第二王子の言葉の意味を全ては理解していなかったけれど、間違ってはいないらしいので取り敢えず納得しておく。それに、第二王子の輝かしい笑顔から悪意は感じられないし、いつもより晴れやかにも見えた。

 もしかして褒め言葉だったのかな?と、わたしは自分の都合の良いように捉える。ポジティブって大事よね。うん。


「話が逸れてしまったね。フェニックスの話の続き、聞かせてくれる?」

「あ、はい!えーと、まずはどんな魔法か説明すると……」


 第二王子に促され、わたしはテーブルの上に積み上げられた本の山に向かって躊躇い無く手刀をぶつけた。達磨落としの要領で間から飛び出して来た本をキャッチし、パラパラと頁を捲る。その動きは誰がどう見ても慣れていた。

 あれ?参考にした魔法陣が書いてある本ってどれだっけ?この辺に挟んだ筈なんだけどなぁ。ええい、まどろっこしい!

 整理整頓のできない自分を恨めしく思いながら、時間を惜しむように慌ただしく魔法の構成や効果について説明をする。側では、わたしが目的の本を探す為に退かした本を第二王子が片付けていた。

 正直、とても助かる。第二王子にさせることじゃないけど。

 お互いに手を動かしながら話は進行する。


「基本は精霊に任せていて行動範囲に制限を設けている感じですけど、必要に応じて意思の介入ができるようになってるんですよ」

「そこまでするのなら、似たような魔物を使役した方が早い気もするね」

「あはは、ですよねー。まあ、作るのが楽しいんですよ。あとフェニックスはフェニックスで似たような存在じゃダメなんで……あ!これですこれ!この部分を引用したんですけど」

「ここ?」

「そこです!あと鳥の動きを忠実に再現する為にバードウォッチングもしたんですよ。みんなが帰省している間暇だったのでめっちゃ捗りました!」

「細かい所まで凝っているんだね。鳥の動きか……」


 第二王子はそう呟くと、本を片付けていた手を止めて、今まで一切意識を向けてこなかった存在感溢れる木彫りの置物を横目で見た。心なしかいつもより神妙な面持ちをしている。

 そして、第二王子は置物に目を向けながら、恐る恐るといった様子で口を開いた。


「あれは鳥……だよね?フェニックスはああいう動きもするの?」

「しませんよ、あんな不気味なポーズ」

「そうなの?じゃあ、あれは……」

「悪友の趣味です。ついでに言うと、あれはただの鳥っぽい何かです。フェニックスとは一切関係ありません」


 ネイトが「帰省土産だ!」と言って有無を言わさず置いて行ったのだ。決して、わたしの好みではない。

 いや、ずっと見ていると逆にカッコイイんじゃないかと思わなくもないが、『逆に』なんて言い出したらそれはもうゲシュタルト崩壊と同じだ。

 まだわたしの感性は生きている。地獄ですら恐れられていそうなクリーチャーを教科書に落書きするネイトのように死んではいない。

 よって、わたしの趣味だと思われるのは心外なので、そこの所はくれぐれも誤解なきようお願いしたいのである。


「友達の帰省土産だったんだね。実は僕もクレアさんにお土産があるんだ」

「えっ」

「見た瞬間、これはクレアさんにプレゼントしなくちゃいけないなって思ったんだ。後で使いに頼んで寮に送っておくから、よかったら受け取って欲しいな」

「え、いいんですか?」

「勿論だよ。好きに使ってね」

「使う……?」


 首を傾げて疑問符を浮かべているわたしに第二王子はにっこりと微笑んだ。お土産の内容は届いてからのお楽しみらしい。

 この話はもう終わったようで、第二王子は片付けていた本を傍に寄せると、わたしの手元に目を向けた。


「フェニックスの魔法陣、もう一度見せて貰ってもいいかな?」

「あ、はい。どうぞ」


 わたしが素直に魔法陣を描いた紙を差し出すと、第二王子はそれを受け取ってじっくりと魔法陣の内容に目を通す。

 ネイトに見せるのとは違う緊張感がある。あいつは魔法陣の完成度には興味が無いし、面白ければそれでいいと思ってるからだろう。


「なるほど。珍しい魔法式を使っているんだね。繋げ方も他ではなかなか見ないし……」

「分かりますか!これブラッドリーって言う人が作った魔法を参考にしたんですけど、精霊文字の使い方が独特なんですよね!まるで本当に精霊と会話してるみたいで!」

「へえ、ブラッドリーという人は知らないけれど、興味が湧いて来たよ。何か本を書いている人なの?僕も読んでみたいな」

「えーっと、本というか魔導書なんですけど、見せて貰う機会があって……あっ、写しがあるんですけど見ますか?」

「いいの?是非見せて欲しいな」


 和気藹々と会話をしながら、そう言えばと思い浮かんだことがあった。

 第二王子は鬼軍曹のことも知っていたし、もしかしたら物置部屋を自室にしているフィル先輩のことも知っているかもしれない。

 わたしは興味深そうに魔法陣に目を落としている第二王子に向かって遠慮がちに話しかけた。


「あのー、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 第二王子はわたしの声に顔を上げると、僅かに首を傾げて朗らかに笑った。うっ、眩しい。

 目を細めてしまったのは条件反射だ。


「いいよ。何かな?」

「知らなかったら知らないでいいんですけど、高等科1年のフィル先輩って知ってます?」

「フィル先輩?うん、知っているよ。彼は学園内外問わず有名だからね」

「えっ、そんなに有名なんですか?」

「魔具のエキスパートとしてね。彼がどうかしたの?」


 魔具のエキスパート……そう言えば、フィル先輩の本棚って付加魔法に関する本が多かったな。部屋も使い道の分からない機械で埋め尽くされていたけれど、あれが魔具の部品だとすれば納得がいく。

 そうか、特待生みたいな立場の人だったんだ。

 第二王子から知らされた情報に、ずっと不思議に思っていた事の全てが繋がった気がした。フィル先輩って全然自分のこと話さないからなぁ。


「夏休みの間に会ったんですけど、ブラッドリーの魔導書を見せてくれたのがフィル先輩だったんです」

「フィル先輩と話したの?」


 第二王子はわたしの話を聞いて少し驚いたような反応をする。わたしはその反応に戸惑いながら「はい」と肯定した。


「彼はなかなか人前に姿を現さないから驚いたよ。よく話したりするの?」

「んー……いえ、そんなには。たまに?です」


 わたしはフィル先輩の自室に勝手に押しかけているだけだし、家主はほぼ寝ていて、起きていたとしてもお互い別のことに熱中していて会話は無い。

 ブラッドリーの魔導書についての質問や答え合わせで話したりはするけど、それ以外のことは何も話さない。

 そう考えると、あんまり仲良くない気もしてきた。というか、ただの先輩と後輩でしかない。

 フィル先輩が何故わたしに希少価値の高い魔導書をあげると言ったのか、益々疑問だ。


「クレアさんには驚かされるばかりだよ」

「驚かせるつもりも、ビックリ人間になった覚えも無いんですけどね……」

「あれ?そうだったの?」


 第二王子はわざとらしく驚いたような事を言って、悪戯っぽくクスクスと笑った。

 うーん、第二王子って意外と意地悪な所あるよなぁ。悪戯好きのネイトと気が合いそう。

 わたしは第二王子と一緒になってあははーと笑いながら、そんなことを思っていた。



 後日、寮に帰省土産として食虫植物が届いた。

 「王子!!」と、思わず送り主の肩書を叫んだのは当然の反応だと思う。

 えっ、どういう意味!?使ってねとか言ってなかった!?何に!?料理に!?有り難く受け取るけども!


 この日からわたしの殺風景な部屋の窓辺を、毒々しい食虫植物と、不気味なポーズの鳥が支配する事になった。

 図書館に置くわけにもいかないし、世話をしに部屋に戻らないといけないし、まんまと第二王子エイベルに嵌められた気分だった。

 サボテンか、せめて普通の花じゃ駄目でしたか。いいんだけどね、別に食虫植物でも。でも何で食虫植物?わたしのイメージどうなってんだ。


 疑問は尽きない。



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