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第6話 仲良くなれない人

 



「イルメラァ!勝負だあああッ!!」


 気合いの入った掛け声と共に、中庭に金属がぶつかり合う甲高い音が響いた。

 わたしは足を止めて廊下の窓から外を見下ろす。眼下の中庭では、下級生たちが疎らに集まって二人の人物を遠巻きに眺めていた。

 またやってんのか。誰もがそんな感想を抱いただろう。かく言うわたしがそうだ。


 わざわざ足を止める程の騒ぎでは無いのだが、事の中心にいる二人の内の一人が自分の知人となれば、少しは気になる。

 叩き付けるような力強い剣技と、流れるようなしなやかな剣技の競い合い。目で追うのも困難な息つく暇も無い動きと、遠目からでも伝わって来る切迫した雰囲気は剣に疎いわたしでも凄いと思う。


 勝敗はいつもどちかの僅かな遅れが決め手となる。今回も気づいた時には決着がついていた。

 一方が真正面に迫る一撃を撫でるようにして横へ弾き、その勢いのまま体を捻って、剣で風を切りながら背後へと回り込む。

 もう一方は弾かれた剣を構え直して、咄嗟に後ろへ振り抜こうと足を踏み込んだ。しかし、目標を捕捉しようと先行した目で、首元に突き付けられた刃を認識した瞬間にピタリと静止する。

 相手を牽制しようと中途半端に振り抜かれた剣が、まるで時が止まったかのように見せていた。


 決着を知らせるようにわっと周囲が騒がしくなり、突き付けられた剣が離された後に両者が構えを解く。

 観客は散り始め、中心にいた二人は勝敗がついた後も何やらまだ言い争っている。重心が崩れてただとか、あれは乱暴だとか、あそこはもっと上手くできただとか、わたしにはよく分からない話。


「今回はネイトの負けか」


 勝敗が分かったところで、わたしは再び図書館に向かって歩き出す。

 イルメラはネイトと同様に騎士を目指しているネイトのライバルだ。前回はネイトが勝って得意げにしていたから、今のところ互角だろうか。

 確か、イルメラはわたしとネイトよりひとつ年上だった筈。長身でクールな印象の女の子だ。

 二人は犬猿の仲で、ああして争っているところ以外は見た事が無い。ただ、ネイトの話を聞く限りでは良いライバル関係ではあるようだ。

 イルメラの方とは面識が無いから、詳しい事は分からないけれど。


 まあ、そんな事よりもだ。

 鬼軍曹に話しかける隙が全然無い。あれから3日間、鬼軍曹の行動に注視するようになったのだが、とにかく忙しないのだ。

 授業が終われば瞬間移動するかのように消えているし、昼休みもどこに行っているのか分からない。かと思えば忙しそうに誰かの雑用を手伝っていたりする。

 第二王子の言っていた事は強ち間違いではないようだ。奴は結構なお人好しなのかも知れない。それに、思っていた以上に真面目なのかも、と思った。


 校舎を出て外の渡り廊下を歩く。横の中庭ではまだ二人が言い争っていた。お互いの悪口に発展しているようだが、関わるつもりは無いので素通りする。

 視界の隅でネイトが回し蹴りを喰らって地面に崩れ落ちたような気がするが、どうせ大した事は無いだろう。

 喧嘩するほど仲が良いって言うよね。


「おのれクソババ───ぐはっ!」


 追撃を受けているような気もするが、あれもどうせ大した事は無い。

 中庭を通り過ぎて、校舎から少し離れた図書館へやって来る。重厚感のある木製の扉を開けて、中へと足を踏み入れると、一面本で埋め尽くされた静かな空間がわたしを出迎えた。

 実家のような安心感。本の香りがたまらなく愛おしいね。


 わたしは一直線にいつもの奥の一角へと向かい、長テーブルの前の椅子に座る。そこで大きな欠伸をしてから、脇に積み上げてあった本を一冊手に取って開いた。

 早速文字を目で追うが、どうも頭に入って来ない。どうやら眠気が限界に近づいているらしい。

 最近は鬼軍曹に話しかけるタイミングを見計らう為に素直に授業に出ていたから、代わりとばかりに徹夜が続いていた。


「……だめだ、寝よう」


 本を元の場所に戻して重い瞼を閉じた後、間も無くガンッと長テーブルに額を打ち付ける打撃音がした。



***



 ……人の気配がする。

 夢と現実の狭間でそんな事を思う。


 コツコツと静かな足音が近づいて来て、わたしの側で止まった。聞き慣れた紙が擦れる物音がしてから、一拍置いて踵を返すように再び聞こえた足音が遠ざかる。

 何だかこのシチュエーションは覚えがある。いつだったか、あれは雪が降り積もった冬の出来事。

 そうだ、これは……


「メリークリスマス!?」


 飛び跳ねるようにして素早く顔を上げ、寝ぼけた思考のままに声を上げる。

 弾みで手に触れた何かに視線を落とすと、そこにはわたしが最近ずっと探していた紙の束があった。紙には魔法陣と、雑な文字が綴られている。

 わたしは驚きながらそれを手に取って周囲を見渡した。すると、遠巻きにわたしを見ていた鬼軍曹と目が合う。えっ、鬼軍曹?


 呆気にとられている内に、彼はわたしから目を逸らしてこの場から離れようとする。

 明確な理由も無く引き止めなければいけないような気がして、わたしは焦って呼び止める為に叫んだ。


「まっ、まって!鬼ぐんそ……じゃなくて、レナード!いや、レナちゃん!?」


 咄嗟に出た呼び名は迷走していた。鬼軍曹とは本人に向けて言いづらいし、レナードはなんかしっくり来ない。だからって最後にレナちゃんと呼んだのは、自分で自分に驚いた。

 しかし、呼び止める事には成功したようで、鬼軍曹はわたしに鋭い視線を向けて早足で戻って来る。


「図書館では静かにしてください。それと、そのふざけた呼び名はやめてください」

「えっ、どれ?」

「貴方が勝手に作ったものに決まっているでしょう」


 声量は変わっていないのに、語気が強まって威圧感が増す。言葉こそ丁寧だが、態度がその真逆を行っていた。こえぇ。

 第二王子はどこをどう見て、わたしと鬼軍曹の相性が良さそうだと思ったのだろう。ここ数日鬼軍曹を観察していたが、そう思えた時は一瞬たりとも無い。


「……」

「……」

「……」

「要件は」

「あー……ええと」

「無いのなら行きます」

「あります、あります!」


 性急に背を向けて立ち去ろうとした鬼軍曹を、再び慌てて引き止める。どうやらのんびりさせては貰えないようなので、わたしは手に持っていた紙の束を突き付けて早々に話を進めた。


「これ!鬼ぐ……レナード、さん?が持ってたんですね?」

「そうですね。貴方が倒れた後、そのままにもして置けなかったので拾いました」

「日数経ってるし、てっきり捨てられてるかと」

「人が大切にしている物を簡単に捨てるほど無神経じゃありません」

「じゃあ、どうして今返って来たんです……?」


 しかも、わたしが寝ている間にこっそり。サンタが来たのかと思ったじゃないか。

 鬼軍曹は一拍置いてから、億劫そうにわたしの質問に答えた。


「貴方が何か言いたそうにしていたのには気付いていたので、それの事かと思ったんですよ。こんな事が聞きたかったんですか?」


 それとも別に本題があるのかと、そう言っているようだった。

 確かにわたしは事実確認しかしていない。わたしの自己満足みたいなものだ。付き合わされている鬼軍曹の方は、質問の意図が分からないだろう。

 しかし、この事実確認はわたしにとってちょっと別の意味もあった。鬼軍曹は何を思ってわたしに関わって来ているのかが知りたい。


「あれですよ、謎を謎のままにして置けないと言いますか、レナードさんが何でわたしに関って来るのかなぁと、理由が知りたくて……?」

「先生に頼まれたから。以上です」


 ズバッと端的に答えが返って来る。遠回しに知ろうとしたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい。

 予想通りの理由ではあった。第二王子がそうなんじゃないかと言っていたし、鬼軍曹はわたしとクラスも学年も同じだから、自ずと全ての授業を一緒に受けている。

 あのお人好しの性格を考慮すれば、先生にわたしを授業に連れ出すように頼まれる理由はあるだろう。今なら納得もできる。


 いや、でも違うんだよ。わたしが知りたいのはそこだけじゃないんだよ。

 第二王子と話した事によって複雑化したと言うか、食い違いがあれでああして、どっちが正しいのかみたいな事になって、眩しい笑顔がフレンドリー……。

 言いたい事が纏まらない内に鬼軍曹は勝手に話を終わらせて、さっさと背を向けて立ち去ろうとする。


「あっ、まだ話は……!」


 引き止めようと声を上げるが、今度は足を止める事なく本棚の向こうへ姿を消した。

 追いかける事も出来ただろうけど、追いついたところで取り合ってはくれなさそうだ。

 分からない……!なぜ鬼軍曹はわたしにああも冷たい!あんなに粗暴になる!わたし以外と話してる時は全然そんな感じしないじゃん!普通のお人好しな優等生じゃん!意味不明!


「レナちゃんって呼んでやるうぅ!!」


 まだ近くにいるであろう鬼軍曹、もといレナちゃんに向けて大声で叫ぶ。引き止めたい気持ちと、理不尽な態度に対する不満が爆発して出た言葉だった。

 今の自分にできる最大限の嫌がらせがこれ。ちっちゃいな、と言った後に気づいた。

 あと、『レナードさん』は違和感がありすぎた。呼び名くらい可愛げが無いと、鬼軍曹の冷ややかな眼差しに耐えられる気がしない。

 他の図書館の利用者に注意を受けたが、後悔は無い。



 後日、図書館の奥の一角で、長テーブルを挟んでわたしとネイトは椅子に座って駄弁っていた。


「ほんと意味が分からない。第二王子もレナちゃんも何考えてんだか。わたしが思い通りに動くと思うなよ」

「あの暴力女まじ意味わかんねー。すました顔でなに考えてんのかわかんねーんだよ。俺がどこで何しようが関係ねーだろうが」

「何でわたしはあいつらに逆らえないのか……」

「どうして俺はあいつに負けるんだ!」


 会話というよりは、お互いの言いたい事を好き勝手に言っているだけだ。しかし、妙にシンクロしているのが奇妙である。

 言いたい事を言い終えた後、わたしとネイトは溜息を吐いて、椅子の上でぐでっと体の力を抜く。


「いや、でもネイト。あんたがイルメラに蹴らるのはデリカシーが無いからだよ。もうちょい言葉を選べ」

「イヤだね。あいつも俺をタンサイボウだとか言ってんだぜ?どうして俺だけ気ぃ使ってやらなきゃいけないんだ」

「事実じゃない?」

「こっちも事実いってんだよ。悪いか」

「自覚あったんだ」

「うるせー」


 わたしもネイトも言葉に力が入っておらず、だいぶ気を抜いて話していた。ネイトの方は腕にできたかさぶたを引っ掻きながら話しているくらいだ。

 わたしは手持ち無沙汰になって、だらけた姿勢のまま長テーブルに置かれた本を手に取り、パラパラと頁を捲る。どこまで読んだっけ。


「つーか、レナちゃんってオニグンソウのことか?」

「そうそう、本名はレナードって言うみたい。親しみと憎しみを込めてレナちゃんって呼ぶ事にしたの」

「へー、めっちゃ嫌がられそう」

「覚悟の上よ」

「うわ、そのセリフかっけぇ。言ってみてー。あ、そういえば、そのレナード?あんな奴だったんだな」

「え?どういうこと?」


 思いがけないネイトの言葉に、わたしは本の文字を追っていた目を離して顔を上げた。

 まさかの知り合いかと思ったのだが、ネイトは「いやいや」と真っ先に否定する。


「話したことはないけどさぁ、顔だけなら知ってるぜ。俺、6歳の頃からここにいるし」

「おお、長いな」

「まあなー。でも、あいつは途中からだった気がするけど」

「貴族はみんな最初から居るわけじゃないの?」

「んー?途中から入んのは、なんか事情がある奴だけだと思うけど……」

「知らんのか」

「知らんな!」

「ちなみにいつから居るのかは……」

「気づいたらいた!」

「さすがネイトクオリティ」


 中途半端な情報しか寄越さないな。まあ、悪友にそこは求めていないのだが。

 わたしが視線を落として本を読む作業に戻ると、ネイトは感慨深そうに話す。


「おとなしい奴だと思ってたら、あのただならぬ迫力……わかんねーぜ」

「わたしは意外だと思う気持ちが分かんないね」

「お前あいつになんかしたんじゃねーの?」

「してないって。初対面からあんな感じだったし」

「ほんとか?」

「まじまじ。ネイトはイルメラと初対面の時から仲悪かった?」

「おう。俺間違えてあいつに水ぶっかけたからさー、スゲー怒られた」

「それはしょうがない。わたしの時も背中からタックル食らわせてたけど、注意力が足りないんじゃない?」

「しょっちゅう転んでるお前に言われたくねーよ」

「あんなところに物を落とす奴が悪い!何で廊下にバナナの皮!?何で異世界に来てまでバナナの皮を踏まなきゃならない!?死んだらどうする!」

「そんくらいで死ぬか?クレアってときどき意味わかんねーよな。呪われてんのかってくらい運ねーし」

「ミステリアスだろう」

「それとは違う気がする」


 ネイトらしくもない冷静なツッコミ。真顔で言う程つまらなかったか、今の返し。

 暫くグダグダとどうでもいい話をした後、わたしは「そうだ」と話を切り出す。


「実験結果を書た紙が返って来たからフェニックスの魔法の改良を始めたんだけど、来週あたりに出来そうなんだよね」

「来週かー。来週は俺いねーな」

「えっ、どっか行くの?」

「行くっつーか、クレアは残んのか?」

「え?残る?」


 話が噛み合わない事にお互い「ん?」と首を傾げた。

 学園の外に出る行事って何かあったっけ?お祭り?

 外出には面倒な手続きが必要で、わざわざ出掛けようとする生徒は少ない。だから、学園を出るのが当然のように話すネイトが理解できなかった。

 しかし、次の言葉でわたしは否応なく理解した。


「帰省しねーの?」


 困惑したネイトの問いに、わたしはハッと声を上げる。


「忘れてた!!」



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