第4話 鬼軍曹、現る
魔法の種類は大きく分けて3つ。
一番簡単なのが自然系統魔法。
魔法陣も難しいスペルも必要としない、原始的な魔法だ。それ故に、使用者の素質が顕著に現れる。
自然系統魔法は基本的に使用者の魔力の属性に準じた魔法しか使えない。その上、単純な事しか出来ないし魔力の消費も激しい。
不便な点は多いが、インターバルも無く瞬時に発動する事が可能なので扱い易く、魔法使いの基盤とも呼ばれている。
一番手間がかかるのが付加魔法。
特定の魔法効果を媒体に組み込み、決められた手順を踏めば誰にでも扱える二次的な魔法だ。一般には魔具として流通しているが、燃料である魔石の魔力が尽きると使えなくなる為、使い切りの品として扱われる事も多い。
魔具の作成には時間と労力がかかる上、魔法効果を与えても壊れない媒体と、それを担う魔石が必要なのでお金もかかる。
応用で人体に身体能力向上など特定の効果を与える事も出来るが、人体に直接魔法効果を組み込み、自身が媒体と魔石の役割を担う方法の為、これを使い熟せる者は限られている。
一番自由度が高いのが複合魔法。
自然系統魔法をより複雑化した魔法で、複合魔法の発動には魔法陣が必須だ。
魔法陣は謂わば魔法の設計図。起こしたい事象を精霊文字で言語化し、それを組み合わせて魔法式とする。魔法式を魔法陣に再構築し、発動にスペルが必要な場合もある。
使用する魔法式が多い程高度な魔法となり、使用者に求められるレベルも上がる。複合魔法が下級から特級に分類されるのはこの為だ。
複合魔法を使いたい時、その都度魔法陣を描くのは手間がかかる為、魔導書と呼ばれる本を使用するのが一般的だ。
作りようによっては、魔力の消費量を最小限に抑えられたり、属性に左右されない魔法も作り出せるので制約は少ない。
初等科で習うのはもっぱら自然系統魔法だ。
わたしが学園で評価されているのはまさにコレで、膨大な魔力量はそれだけで魔法の規模を拡大し、持久力を高める。規格外なのはわたしの黒い魔力が、四元素すべての属性に対応できる事だった。
大前提として、魔力に宿る属性は例外無く一つだけである。わたしは四元素すべての属性を持っている訳では無い。要は黒い魔力で代替できたという話なのだが、それこそ常識から外れていた。
生まれ持った素質が大きく影響する中、唯一努力が必要なのは魔力のコントロールだ。
魔力のコントロールは魔力量が多い程難しくなり、魔法が暴走する危険性も増す。その為、素質はあってもここで躓く者が後を絶たない。
……が、わたしは常識的に考えてコントロールが難しい筈の魔力を、あっという間に掌握した。慣れ親しんだ感覚を思い出すかのように出来てしまったのは、もしかしたらわたしが元ドラゴンだからなのかも知れない。
こうなると同年代でわたしに匹敵するのは、対極の白い魔力を持つ第二王子のエイベルのみだった。
これから何処をどう突き詰めて行けばいいのか。そう考えた時、わたしが目をつけたのが複合魔法だ。
図書館には様々な人物が考えた多種多様な魔法陣が溢れかえっており、わたしの興味を一瞬で独占した。
魔法陣から見て取れる作成者の人間性に触れるのも、類稀なる才能に感嘆するのも、芸術品のような魔法陣を眺めるのも、自分なら……と考えるのも大好きだ。
何より、知識を蓄えれば蓄えるほど、自身の魔法の幅が広がる。それがたまらなく面白い。
わたしは魔法に夢中だった。
本当に、夢中だった。
食事も睡眠時間も、学生生活も蔑ろにするくらい。
***
「おっ、クレア!今日は図書館じゃないんだな」
「ああ……うん」
校舎内の食堂でもそもそとパンを口に運んでいると、悪友ネイトが話しかけてくる。いつもなら授業中も放課後も図書館に籠っているので、わたしがここにいること自体珍しいのだろう。
ネイトは覇気の無いわたしの様子に気がつき、不思議そうな顔をする。
「どーした?」
「寮で寝泊まりしろって、鬼軍曹が……」
「オニグンソウ?誰だそれ」
わたしはネイトにこれまでの経緯を話した。
図書室で意気揚々と魔法に没頭していたら、謎の男の子に教室へ連行され、そのままキッチリ授業を受けさせられた事。
放課後は大人しく寮へ帰り、大人しく食事をし、大人しく寮の自室で寝るように言われた事。
男の子は始終不機嫌で、有無を言わさぬ雰囲気に従わざるおえなかった事。
あの気迫は鬼そのものだった。
「べつにフツーのことじゃね?」
「違うんだよ!そーゆう事じゃないの!」
わたしは頭を抱えて嘆く。これまで自由に出来ていた事が出来なくなる。その絶望感は言葉では言い表せない。
そんなわたしをよそに、ネイトは気にした風も無く正面の席に座り、テーブルの脇に置いていた3冊の本と分厚い紙の束に目を向ける。
「本読んで魔法陣かくくらい、どこでもできそうだけどな」
「集中できる空間というモノがあるんだよ。それに図書館から持ち出せる本には限りがあるし不便。いちいち往復してらんないよ」
「まあなー」
ネイトはわたしの愚痴を軽く聞き流しながら、勝手に分厚い紙の束を手に取って内容に目を通す。そこには雑な走り書きと合わせて、丁寧に描いた魔法陣が数十枚に渡っている。
魔法陣と睨めっこしているネイトは、眉間に皺を寄せて難しそうな顔で唸った。
「あいっ変わらずスゲーなぁ。俺ぜんぜんわかんねーや」
「ネイトはもう少し魔法について勉強した方がいいよ。せっかく魔法が使えるのに……」
「俺は魔法使いじゃなくて騎士になるからいーんだ!」
「ふーん?」
よく分からない理屈だ。別に騎士になるからと言って、魔法が全く役に立たない訳じゃないだろうに。
まあ、わたしが身体を鍛える必要性を感じないのと同じ理屈だとは思う。魔法使いに腕力は必要無い……みたいな。
すると、何やらネイトの興味に引っかかる魔法陣があったようで、ネイトはその一枚の紙をジッと見つめながら首を捻る。
「これはどーゆう魔法なんだ?」
「火属性の魔法だよ。でも威力上げようと思って自分で少し弄ったら発動しなくなった」
「マジか。発動したら面白そうなのに、なんでダメになるんだ?」
「多分、わたしが新しい要素を詰め込みすぎて、整合が取れなくなったからかな」
初等科でトップの成績を収めても、わたしはまだまだ魔法への理解度が足りていない。いずれは一から魔法を作りたいのだが、道のりは長そうだ。
自分の未熟さを悔しく思っていると、ふとある疑問が思い浮かんで口を開く。
「あ、ネイトの魔力って火属性だったよね。魔力の相性が良ければ結果も変わるかも知れないし、使ってみてよ」
「えー明らかに失敗作じゃん!お前この間、魔法で校舎に穴あけたの俺しってんだかんな!お前大怪我して保健室に運ばれてただろ!俺イヤだからな!」
「おいおい、ネイトくん。いつの話をしているんだい?ていうか、お前も校舎の窓割ったり、木から落ちて保健室に運ばれたりしてるだろ」
「俺はわざとじゃないしー!フカコーリョクだしー!つーか、規模がちげーし!」
「そっちの方がやらかす頻度は高いじゃん」
「たしかに!」
いつもの調子でネイトとくだらない会話で盛り上がる。わたしはさっきまで落ち込んでいた事などすっかり忘れていた。
残りのパンを無理矢理口の中に押し込んで、口をもぐもぐと動かしながら魔法陣の描かれた数十枚の紙を食堂のテーブルに広げる。
「ほへはへんへいーにくんれんひょーのひひょーきょかをもらっへためふまほーで、こっひがかいぞーしひゃきょかがもらへなさそーなやふ(これは先生に訓練場の使用許可を貰って試す魔法で、こっちが改造した許可が貰えなさそうなやつ)」
「じゃ、こっちが危険なやつか」
「そーともゆう」
失敗すると分かっていても試さずにはいられない。だって、どんな結果が出るのかは実際にやってみないと分からない。
失敗は成功のもとって言うし。
口の中のパンを飲み込み、パサパサになった口内を水で潤す。そして、危険なモノに分類された魔法陣の紙を手に取り、その中から火属性の魔法をピックアップした。
「ネイトはどれがいい?」
魔法陣をズラリと並べ、わたしが悪い顔でそう聞くと、ネイトは悪い顔をして口角を吊り上げた。
図書館で寝る間も惜しんで本を漁っていると、午後になろうかという時間にまたあの不機嫌な男の子が現れた。
ここのところ毎日じゃないだろうか。
わたしは咄嗟に改造した魔法陣の紙を本の下に隠す。先生同様、この男の子には見られちゃいけない代物だと思ったからだ。
「授業の時間、とっくに過ぎているのは知っていますか?」
「あー……」
「『あー』じゃないですよ。そもそも授業に出る気が全くありませんよね?どういう了見ですか?授業内容に不満があるのなら先生に直接その旨を話して授業を欠席する許可を得るか別の方法を考えてください」
「そ……」
「なぜ無断で欠席をするのか。誰も何も言わないのを良いように受け取って自分だけは許されている気になっているのではありませんか?」
「いや……」
「違うと言うのならどういうつもりですか。他人に迷惑をかけているのを知っていてこの体たらくですか。貴方のやっている事にどれ程の価値があるのかは知りませんがそれ以前にやるべき事があるのでは?」
「ごもっともです!ちゃんと授業に出ます!出ますから!」
「早くしてください」
「はい!」
わたしは絶え間無く聞かされるお説教に堪え兼ね、全面的に同意する道を選んだ。この男の子に楯突くなんて、考えただけでも面倒くさい。
ていうか、男の子は何でわたしに構うんだ?そんなにわたしが嫌いなら関わらなければ良いのに。
考え事をしながらその辺に埋もれているであろう授業用のノートと筆記用具を探していると、男の子の口から荒々しい怒号が飛ぶ。
「遅え!!」
「はい!今すぐ!」
わたしは「鬼軍曹!!」と心の中で叫んだ。
お昼時、太陽の光が遮られる校舎の裏で、怪しいふたつの人影が蠢く。
問題児クレアと、その悪友ネイトだった。
この時間帯は先生も生徒も授業中の為、校舎内を出歩いている人は滅多にいない。魔法の実験をするには絶好のタイミングだ。
「クレア、めっちゃイキイキしてんな」
「最近は鬼軍曹の所為で不自由な生活を強いられていたからね。ようやく実験できる」
「そのオニグンソウってヤツ?お前のこと探しに来たりしねーよな?」
「大丈夫だいじょーぶ。もう授業は始まってるし、今更探しに来たりはしないよ」
「ほんとかぁ?」
「そんな事より早く始めよう。時間が勿体無い」
疑ったような目を向けて来るネイトを無視して、わたしは左手に持った魔法陣の紙に目を落とし、右手を前方に突き出した。
目視で魔法陣の形状を写し取り、体内の魔力でそれ再現する。今回はその辺の適当な地面でいいだろう。
普段は目に見えない魔力が可視化され、淡く光る黒い線がパズルのように魔法陣を形作る。瞬く間に完成した直径1メートルの魔法陣は、わたしが魔力を巡らせると途端に閃光を発して、魔法が発動した。
この瞬間は、何度経験しても高揚する。
───バリッ
瞬間、弾けるような大きな音と共に魔法陣から飛び出た何かが、上空へ向かって恐ろしい速さで突き抜けた。
目で追うこともできずに、魔法陣が消え去った後の地面を見つめる。予想外の恐怖を味わい、心臓が止まったかと思った。
なんだ今のは。
「……一瞬だったな」
わたしの背後にいたネイトが呆気に取られたように呟く。
目の前を雷が通り抜けるのって、こんなに命の危機を感じるのか。ていうか、一瞬過ぎて制御どころじゃなかったぞ。あの雷どこに消えた?急な方向転換とかしてないだろうな?
「うーむ……あの魔法式はこうならないようにする為の首輪だったか。消したのマズかったな」
「元はどんな魔法だったんだ?」
「なんかジミーな、観賞用みたいな雷だったんだけど……」
「観賞どころじゃなかったぞ」
「それな」
制御系の魔法式を消したら退屈な魔法はどんな感じになるかなーなんて考えていたのだが、完成された魔法陣を未完成の状態に逆戻りさせてしまっただけだったらしい。
興味深くはあったが、反省。
「次、俺の番な」
「おっけー」
わたしは駆け足で後ろに下がり、ネイトの斜め後ろの位置から観察する。
ネイトは一枚の紙を凝視しながら、右手の手のひらを地面に向けて唸っていた。地面には赤い線と文字がじわじわと浮かび上がって来るが……
「おそっ」
「うるせー!」
目線は魔法陣に向けたままネイトが吠える。今は軽口を叩く余裕が無いらしい。
怒られたので黙って魔法陣の完成を待ち、ようやく完成したところでネイトがやり遂げたとばかりに「よし!」とガッツポーズをした。
「ネイト」
「わかってるって!」
テンションの上がったネイトは歯を見せて笑ってから、意気揚々と魔法を発動させた。
魔法陣は赤く光を放ち、煌々とした炎が巻き上がる。やがて炎はある一点に収束し、わたしが思い描いた通りの姿を形作った。
その瞬間、わたしの目は大きく見開かれて、揺らめく炎を映した瞳はキラキラと輝いた。
「おおー!これって鳥か?」
「そう!フェニックス!」
驚いた様子で疑問を投げかけたネイトに、わたしは食い気味に返事をする。声は自然と大きくなり、興奮が現れていた。
前へと進み出て、目線は炎に向けられたままネイトの横に並ぶ。じっくりとそれを観察しながら、わたしの口角は無意識に上がる。
やばい、カッコイイ。
「ふぇにっくす?」
「不死鳥だよ!小さいし形だけだけどね!」
この世界にフェニックスは存在しないのだろうか。いや、それよりフェニックス!
炎で形作られた鳥、命名フェニックスは本物の鳥のようにネイトの周りをパタパタと飛び回る。ネイトはそれを目で追いながら不思議そうに首を傾げた。
「こいつ飛ぶだけか?」
「まさか。ちょっと見てて」
わたしが右手に小さな火の玉を出してフェニックスに近づけると、フェニックスは自らの身体に巻き込むようにして火の玉を取り込んで行く。
そして、ネイトは一回り大きくなった姿を見て、ようやくその凄さに気づいたようだ。
「すげー!大きくなった!」
「火を取り込める量には限界があって、許容量を超えると消えちゃうんだけどね」
「それでもすげーよ!こいつ戦ったりはできねーの?火吹いたりとか!」
「うーん、今のところ吸収するだけだけど、戦闘用に改造する事も出来なくないかな……。完成したらネイトにあげるよ」
「マジで!?くれんの!?」
「その代わり、ちゃんと使いこなしてよ」
「おう!まかせろ!」
ネイトは満面の笑みで、無駄に自信に満ちた返答をした。こいつの魔法陣を構築するスピードを知っている身としては不安しかない。
まあ、『使いこなせ』とは言っても、別に出来ないのならそれで構わない。正直、わたしは魔法を造る方に興味があるのであって、自身で行使する方にはあまり興味が無い。自分の造った魔法が活躍する姿は見てみたいけれど。
わたしは鼻歌でも歌い出しそうなテンションで、今回の実験結果と改善点を紙に記録する。
「それじゃあ次の魔法を……」
試したい魔法は山ほどあり、時間を惜しむように次の魔法陣の形成に取り掛かる。そんな折、不意に捉えた人物の姿に動揺する。
意識が逸れ、未完成の黒い魔法陣が崩れた。ネイトはわたしの異変に気が付き、困惑しながらわたしの視線を追う。
「なぜ今ここに鬼軍曹が……ッ!!」
驚愕の表情を浮かべて、思わず驚きの声を上げる。
校舎の2階。そこにヤツの姿はあった。
授業中の筈ではなかったのか!?
「オニグンソウ!?あいつが!?」
ヤツと初めて遭遇するであろうネイトは、焦りと戸惑いを見せていた。
しかし、わたしは天敵を前にして余裕の笑みを浮かべる。驚きはしたがそれだけの事。
「ふっ、なぜここに居るのかは知らないが、ヤツの現在地は校舎の2階。逃げる時間は十分……」
「見ろ!クレア、あいつ……っ!」
ネイトの信じられないと言いたげな声。
なんと鬼軍曹は、校舎の窓枠に足を掛けたのだ。その行動から目を離せないでいる間に、ヤツは身を乗り出して校舎から飛び降りた。
そんなバカな!
視界の隅で小さな光が放たれる。反射的に目を向けると、ヤツの落下地点に青白く光る魔法陣が出現していた。
2階から飛び降りたとは思えない程、鮮やかで静かな着地音。衝撃を吸収する魔法……?
素晴らしい身のこなしを見せた鬼軍曹は、改めてわたし達を視界に捉える。同時にわたしの優位性は失われ、先程までの余裕は物の見事に崩れ去っていた。
「くそっ!ネイト、逃げ……逃げてる!!」
振り返ると、さっきまで隣にいた筈の悪友の姿は無く、代わりに走り去る小さな背中があった。
こんなサプライズいらねぇ!!
「おのれネイトおおぉおおッ!!」
わたしは地を這うような恨みの籠った叫びを上げ、裏切り者の背を全速力で追いかけた。
「……何なんだ、あいつら」
一方、鬼軍曹と呼ばれた少年は、ひとり呆れた声を洩らしていた。