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第1話 わたしの複雑な前世事情

 


「あっ、やべ、失敗した」


 わたしが呟いてすぐ、校舎裏に爆発音が響き渡った。

 砂埃が視界を遮り、周囲が騒がしくなって人が集まり始める。この騒動の犯人であるわたしは至って冷静で、「おかしいなぁ」と言いながら舞い上がる砂の中心へと歩を進めた。

 脇に抱えていた重量感のある本を開き、足元に描かれた魔法陣と見比べる。そうしてわたしが首を傾げていると、建物の中から聞き慣れた力強い声がした。


「クレア!!」


 わたしは反射的に顔を上げて、声のした方向に目を向ける。2階の建物の窓から身を乗り出している人物を見つけ、わたしは笑顔で手を振った。


「おお、レナちゃん」

「ふざけんじゃねえ!クレアてめえ、またやりやがったな!?」


 レナードことレナちゃんは、よく通る大声でいつものようにわたしを叱責する。

 そう、わたしは常習犯だった。これと似たような事を何度もやらかして、うっかり校舎に穴を空けた回数は一度や二度じゃない。

 周囲に集まっていたこの学園の生徒達は、レナちゃんの登場を受けて安堵したように散って行く。


「そこから動くなよ!すぐそっちに行くからな!」

「はーい」


 そう返事をしてわたしは一歩前に踏み出す。素直に言う事を聞く気など毛頭無かった。

 大人しく待っていたらこの魔法陣を消されてしまう。そうなったらなぜ失敗したのかを確かめられない。


「……ん?この部分の文字———」


 違和感のある魔法陣の一部分を、しゃがんでじっくりと覗き込む。そして手を伸ばして触れた瞬間、黒い閃光が走った。

 あっ、そっか。文字の配列が悪かったんだ。だからこの部分で注ぎ込んだ魔力が滞って失敗したんだ。ならもうちょっと魔法式の構成を……いや、今はそれどころじゃないな。これはマズイ。死ぬかも。

 レナちゃんの「言うこと聞けやボケが!!」という言葉を最後に、わたしは意識を手放した。



 目を覚ますと鬼の形相をしたレナちゃんがいた。見慣れた保健室の天井を見て、どうしてここにいるのかを思い出す。

 あー、しくじったんだった。

 早速起き上がろうと試みるが、わたしの体はなぜか動かない。不思議に思って自分の体を見下ろすと、縄で縛られていた。


「レナちゃん、わたしそういう趣味は……」

「全治1週間。何もすんじゃねえぞ」


 吐き捨てるようにわたしに言葉を投げかけた後、レナちゃんはあっさりと背を向けて去って行った。

 えっ、このまま?

 ジタバタと体を動かしてみるが、手足が拘束された上に、ベッドに繋がれているので逃げられない。そしてさっきの魔法陣の影響か、暴れた弾みで身体中に激痛が走り、呻き声を上げながら暫く悶える。

 おや?放置されたのかな?


「レナちゃーん。レナちゃーん!あれ、いないの?嘘でしょ?えっ、どこ行ったのレナちゃん!?」



 ***



 農民の少女クレアは、死んでは生まれ変わる転生を何度も繰り返してきた。


 前回の一生では普通の家庭に生まれ、普通の両親に育てられ、ごく普通に日本で高校生活を送っていた。しかし、自転車での下校途中、坂道を下っている時にブレーキが壊れ、小石に乗り上げ、更に頭の打ち所が悪く呆気なく死んだ。

 その前の一生も片腕を骨折して病院に向かう途中、長い階段を降りている時にバナナの皮を踏んで転落し、更に頭の打ち所が悪く呆気なく死んだ。他にも様々な不幸で命を落としが、キリが無いので割愛する。

 共通点と言えば、いずれもわたしは日本人の少女で、成人することなく命を落とした事だろう。


 わたしは死んでも治らないくらい運の悪い人間らしい。周囲からは心配されて、お祓いを勧められるレベルだ。

 ところがわたしは楽観的だった。楽観的であるが故に、用心深さも無かった。

 生まれてから死ぬまで毎回そうなので、普通の出来事として順応していたのだ。


 クレアとしてファンタジーな世界に生まれた今世でも、例外無く運の悪さは健在だ。なぜ今回に限って世界観が違うのかは知らないが、優しい両親と4歳になる弟、生まれたばかりの妹とのんびり暮らしている。

 クレアの両親は何かと不幸に見舞われる注意力散漫な我が子に危機管理能力について熱く語りかける日々だが、大方普通の家庭である。

 そんな農民の少女クレアは『死んでしまったものは仕方がない、今世こそ長生きしよう!』と前向きに捉えていた。


 以上の事から分かる通り、わたしは人に『変わり者』だとよく言われる。生まれつきの不幸体質や、何度も転生を繰り返して来た独特の価値観の所為なのだろう。

 しかし、そもそもの話をすると、わたしは人間として生まれてきていない。こうなった切っ掛けと言えば、あれしか無いだろう。




 わたしの一番最初の記憶。それは、荒れ果てた大地にぽつんと佇む自己の認識だ。


 眼球を通して初めて見た光景は、なぜか見飽きた物に思えた。自分がいつからここに居るのかは分からなかったけれど、意思を持ったのはこれが初めて。

 分厚い雲はぐるぐると強風に掻き混ぜられ、枯れた大地は暗闇に包まれている。正面に向けられていた眼球を動かすと、視界に硬質な鱗がいくつも折り重なった巨体が映り込む。これが自分の身体だと気づくのに、結構な時間が必要だった。


 何がしたいとか、目的や使命のような物は何も無く、ただそこに存在しているだけ。意思を持った存在は自分以外どこにもいない。だから、わたしは背中に生えた翼を広げて、まだ見ぬ刺激を求めた。

 するとどうだろう。上空を飛翔する自身の眼下に、蠢く小さな物体を発見したのだ。

 わたしはその小さな生き物を遠くから眺め、見様見真似で同じ行動をするようになった。身体を丸めて瞼を閉じたり、口を開いて音を発したり、牙を剥いて爪を突き立てたり、体内に固形物を入れてみたり。


 そうやって過ごしている内に、生き物にはたくさんの種類があり、同じ姿をした個体が複数存在ている事に気付く。同じ個体は寄り添って、集団で同じような行動をとっていた。

 でも、わたしと同じくらい大きくて、同じ姿をした生き物はどこにもいない。わたしは彼らを羨ましく思い、遂に小さな生き物達の中に飛び込んだ。


 小さな生き物達はわたしから逃げ惑い、鼓膜が痛くなるような音を発する。人間となった現在ではその意味を理解するのは容易かったが、この時のわたしは本当に分からなかった。

 小さな生き物を追いかけ回して、大きな手で捕まえて振り回したり、口に入れてみたり。やっている事はおもちゃで遊ぶ幼児そのものだった。

 しかし、遊ばれている小さな生き物達にしてみれば、たまったものじゃなかっただろう。


 わたしは何も知らずに暴れ回り、周囲を滅茶苦茶にしていった。命もたくさん失われたと思う。

 そうしている内に、わたしは小さな生き物……主に人間達にとって看過出来ない存在となっていた。彼らはわたしを『ドラゴン』と呼び、やがてわたしの前に聖剣を携えたひとりの人間が現れる。

 わたしは生まれて初めて血を流した。彼は戸惑うわたしに目もくれず、聖剣は硬い鱗に守られた心臓を貫いていた。何だかとても呆気なかった。

 これがどうしようもないドラゴン(わたし)の、短いようで長い一生の話である。




 要は天罰なのだろう。

 このような経緯があって、わたしはドラゴンなど存在しようもない平和な世界に転生し、人間として運の無い生活を送っていた。

 物を食べるのは生命維持の為だという当たり前の事を知り、社会の仕組み、知識を得る有用性と面白さなど様々な事を知った。

 優しい家族に囲まれる事もあれば、父親が浮気して家庭崩壊した経験もあるし、生まれてすぐ両親が去って行った経験もある。

 元はドラゴンのわたしだが、今となっては人間として生きた時間の方が長いし、得た知識も経験も人間社会で学んだ事の方が圧倒的に多い。

 ……まあ、成人した経験は無いのだけれど。


 短命の要因である不幸体質は成長と共に度が過ぎて行き、最終的には命を奪う。しかし、不幸とは言っても命に関わらなければ大したものではない。

 例えば、わたしが楽しみにしていた家族旅行や学校行事の際はもれなく雨が降る、またはわたしが風邪で寝込む。逆に気が進まない物事に関しては、参加率100パーセントを誇った。

 くじ引きなどの運試しで当たりを引いた事は一度たりとも無く、代わりに鳥の糞がわたしに命中する確率は異様に高かった。


 ちなみにわたしはチーズケーキが大好物なのだが、ずっと昔に一度食べて以降、口の中に入れた記憶が無かったりする。

 チーズケーキ目当てに出かけると近所の小学生に捕まったり、カラスに追っかけられたり、道端にぶっ倒れた人が居たり、様々な障害を乗り越えてようやく店に到達しても、チーズケーキは売り切れているか営業時間を終えているかのどちらかだった。

 自分で作るにしてもわたしの料理の腕前は壊滅的で、チーズケーキと呼べる代物はできなかった。


 他人に頼んだ事もあったが、わたしと同じような事がその人に起こったり、運良く買えてもコレジャナイ感が強かったりした。

 わたしはチーズケーキの種類にこだわりがある。わたしが好きなのは『スフレ』じゃない『ベイクド』なのだ。『レア』はまあ好きではあるけど、わたしが愛しているのは濃厚な『ベイクド』なのだ!更に言えば『ベイクド』でも美味しい物とそうじゃない物が……このように主張したところ、わたしは周囲に面倒くさいと見限られ、静かにベイクドチーズケーキの写真を部屋に飾った。


 楽しみにしていた旅行には行けなかったけれど、参加したくなかったマラソン大会で鬱憤を晴らす勢いで走り、靴紐を踏んで、盛大に転倒し流血。結果、保健室で大好きな漫画を読めたので満足した。

 くじ引きでは確率論を無視した異常な統計に奇跡を感じていたし、わたしの上空をわざわざ通過して行く鳥には並々ならぬ好意を感じた。

 そして、ベイクドチーズケーキは空想上の食べ物である。わたしの中で美化され過ぎて、もはや神格化している。


 こんなわたしを面白がる奇特な友人にも出会い、短いながらも毎日は割と充実していたと思う。

 しかし、わたしはどうしたって早死にしてしまう運命で、中身も普通の子供とはかけ離れている。だから転生を繰り返している内に両親に対して罪悪感を抱くようになり、今世こそ長生きしようという思いが強くなっていた。




 現在に戻り、クレア(わたし)が産まれて早10年が経った。転生先の違いはあれど、わたし自身に変化は無い。

 今日も家の手伝いで農作業をしながら、ぼうっと考える。


 スプリンクラーが欲しい。


 この世界は科学技術があまり発展していない。特にわたしが住んでいるのは田舎の辺境であり、それは顕著に表れていた。

 1日の全てが生きる為の活動に費やされ、休日らしい休日も無い。毎日、水を汲みに行かないといけないのも大変だ。

 その為、水は貴重で畑の水やりも雨に頼りきり。力及ばずせっかく育てた作物を枯らしてしまう事も多々あった。

 前世は便利な世の中にいただけに辛い。あの生活を知っていると、余計不自由に感じてしまう。


 それでも、希望を捨ててはいけない。


 この世界には魔法使いがいるらしい(・・・)

 らしい(・・・)と言うのも魔法使いとは希少な存在で、貴族には多く居ても平民であるわたしには到底縁が無い。お目にかかった事など勿論無かった。

 魔法の存在があるからこそ、科学が発展せずわたし達平民は不便な生活をしているとも言えるのだが、今はそれは置いておこう。


 前世の友人が漫画やアニメ、ゲームが大好きな人だったので、わたしも影響を受けてそういった事には興味がある。しかし、平民の自分には非現実的で、関係の無い話だ。

 存在しても手が届かなければ、欲しても意味が無い。ベイクドチーズケーキでそれを思い知っていたわたしは諦めが早かった。


 ところが、魔法使いの中には『魔具』と呼ばれる物を作っている人がいて、それさえあれば誰にでも魔法が使える。王都は魔具が普及しており、それはそれは便利だと言う。

 これはわたしの村に来た行商人が、先ほど得意げに駄弁っていた話だ。


 普段であれば想像するのみだったが、その日は魔法について教えてくれた行商人の所為もあり、気分が高揚していて、いつになく本気だった。

 わたしは僅かな期待を胸に、勢い良く人差し指を空に掲げて言う。


「スプリンクラー!」


 その時だ。ボフンと唐突に雨雲が現れて、わたしを中心にした半径1メートルの範囲に雨が降る。

 わたしは茫然と頭上を見上げた。雨雲は自然に現れたとは思えない程、ピンポイントでわたしを襲っている。

 わたしは雄叫びを上げた。目の前で起こったファンタジーな出来事に、これ以上無いくらいに興奮した。


「うおおおっ!!?ちょっ、おとーさん!おかーさん!見てすごっ、えっ、これホントに現実!?うっひょおおぉおおっ!!」


 付近で農作業をしていた両親に駆け寄る。両親はテンションの高いわたしに何事かと視線を向け、わたしの頭上を執拗に追尾する雨雲を見ると驚愕の表情を浮かべた。


「クレア!おまえ流石にその不幸はあからさますぎないか!?なぜおまえの場所だけ雨が降る!?」

「やっぱり教会へ行きましょうクレア!あなた呪われているのよ!!」


 どうやら両親はこの現象をわたしに付き纏う不幸の集大成と見たらしい。まるで不治の病が発覚したかのようなリアクションだ。

 静かだった畑に親子それぞれの叫びがこだまする。弟はわたしの頭上を指差してケラケラと笑い、母に背負われていた小さな妹はこの騒ぎに大号泣だ。

 わたしがいくら魔法だと訴えても両親は話を聞かず、その日の内に教会へと連れて行かれた。

 その間、雨雲はわたしの頭上で雨を降らせ続けた。


 教会に居た神官さんは、雨に打たれてガタガタのわたしを見て大変驚いたようだが、それぞれの話を聞いて状況を正確に把握してくれた。

 信用の無いわたしに代わって神官さんが両親に「これは魔法によるものですよ」と説明すると、そこでようやく両親に話が伝わる。半信半疑ではあったけれど。


 それからの展開は早かった。

 魔法を使えると発覚した子供は全員、魔法の扱い方を学ぶ為に王立の魔法学園に入らなくてはならない。

 そこで学んで、魔法を扱う為の免許のような資格を得なければ、外で魔法を使う事は前世で言う無免許運転と同義なのだ。


 あれよあれよと言う間に話は進み、わたしの意志とは無関係のところで準備が行われる。

 魔力というモノの測定をして、その結果がなんか凄かったらしく、遠方からやって来た大人達はわたしに対してやけに気を使っていた。

 もう訳が分からない。わたしはただ魔法を使ってみたいなぁと思っただけで、こんな大事になるとは思っていなかった。


 魔法には憧れるけど、10年間一緒に過ごしてきた家族と離れるのは嫌だ。唯でさえわたしは長く生きられるか分からない状態なのに、その貴重な時間を親孝行に使えないだなんてとんでもない。

 両親はわたしを大切に育ててくれたし、弟や妹も可愛い。それくらいの恩は返したい。

 そして、何より両親が猛反対した。「この子はとんでもなく不幸で注意力が無いんです!迷惑をかけてしまいます!」と言って。

 異論は無いけども……そこまで?


 しかし、抵抗むなしく発覚から僅か1週間後、わたしは魔法学園の初等科に編入していた。魔法が暴走する危険性について説かれれば、わたしも両親も頷くしかない。

 初等科には6〜12歳の子供が在籍しており、クラス分けは年齢問わず魔法の成績によって決められている。とは言え、そこまでバラけてはいないらしい。

 わたしはA〜Eの5つあるクラスの中で、一番下のEクラスに入った。


 更に、王都にある学園へ通う為、住み慣れた村を離れて学園の敷地内にある寮へと引っ越した。与えられた部屋は家族5人で暮らしても持て余すくらいに広い。

 他の学生は使用人を連れているらしいので、これくらいの広さが必要なのだろう。平民のわたしに使用人は居ないけど。


 学園は貴族の子供達ばかりで、当然ながら平民のわたしは周りと馴染めていなかった。

 ロングスカートの制服も、いかにも清楚なお嬢様が着ていそうなデザインで苦手だ。女生徒はみんな義務として同じ指定の制服を着ているが、わたしだけ浮いているような気がする。

 学園内での生活は文句無く便利である。村に来た行商人が話していた通り、魔具がそこかしこにあり、前世と比べてもお金持ちの生活だと思う。

 しかし、どこか虚しくて楽しくない。ここには魔具の便利さを共有したいと思う家族が居ない。


 孤独だ。

 だだっ広い畑が恋しい。


 でも魔法の授業は面白い。

 ひとつの事をとことん突き詰めるのは好きだったし、他にやりたい事も無かった。魔法についての本がたくさん置かれた図書館に入り浸り、暇さえあれば本を開く。

 ここに来た目的なんてそれくらいだろう。わたしは寂しさを埋めるように魔法にのめり込んだ。


 こうしてわたしは編入してから僅か2週間でEクラスからAクラスまで一気に駆け上がり、魔法学園初等科の中でもトップクラスの実力を身につける事となった。

 どうやらわたしには魔法の才能があったらしい。



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