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駅にまつわる5つの怪異夜話  作者: 風吹(かざふ)流人(るじん)
3/5

染み

(1)

ぼくはことし、電車で2つ向こうの小学校に入学しました。「しりつ」の学校で、何回も「しけん」を受けていけました。その時、お父さんもお母さんも、ぼくをとても褒めてくれました。


駅までは、毎朝お父さんが送ってくれます。学校が終わって、電車が着くころにはお母さんが迎えに来てくれます。家までの少しのあいだ、手をつないで、その日学校であったことを話すのがとてもたのしいです。

お母さんは僕の話を聞きながらニコニコしてるけど、お腹が重くて、ときどき立ち止まっては、ふうとため息をつきます。


ともだちのお母さんのお腹はみんなぺちゃんこなのに、どうしてぼくのお母さんのお腹は大きいのかお父さんに聞いたら、そこには、ぼくの妹がいると教えてくれました。


人間は生まれる前に、少しの間、お母さんのお腹の中で大きくなるまで待つそうです。そして、もうだいじょうぶになってから、お母さんのお腹から出てくるそうです。ぼくの妹はお母さんのお腹の中でその時を待ってるんだそうです。


あるとき、うちに遊びにきたおじいちゃんにぼくは言いました。


「ねえ、おじいちゃん、お母さんのお腹の中に妹がいるんだって。もうすぐ出てくるんだって。楽しみだなあ」


そうしたら、おじいちゃんは少し怖い顔になって、


「ばかだなあ、お前。そんなもん生まれたら、おやじさんもおふくろさんも、お前なんかほっておくんだぞ。みんな小さい妹ばかり可愛がるんだぞ」と言いました。


その言い方が怖かったので、ちょっと泣きそうになったら、おじいちゃんは急に困った顔になって、


「あ、すまん、すまん。お前のお父さんとお母さんさんはしないよ」と優しく言いました。


でも、妹がきて、ぼくはいらない子になったらどうしたらよいでしょう。そうしたら、とても悲しいです。いらない子でも、家にいられるのか、お母さんはご飯を作ってくれるのか。もし、一人ぼっちになったら、どこに住んだらいいのでしょう。


そう言えば知り合いのお姉さんが言っていました。公園で夜に鳴いている猫は、もともと人間の子どもだったそうです。でも、弟や妹が生まれていらなくなった子が家から追い出されて、外で泣いているうちに身体が小さくなって猫になるんだそうです。


かわいそうだなあと思ったけど、でも、ぼくも猫になるかもしれないなんて。そうなら、妹がなんか生まれないほうがいい、と思いました。


(2)

「ひろくん、ほら・・・」


お母さんは、ぼくの手を大きなお腹に当てました。

暖かい、でも空気のいっぱい詰まった風船のようでした。


「わかる?」


「ん、よく分からない」


「やっぱり、外からは分からないかもね」


「お母さんは分かるの?」


「分かるわよ。お昼になると、ものすごくよく動くのよ。もう少しで生まれる時のために、準備運動をしてるのかな。それとね」


「うん」


「ひろくんが近くにくると、もっと動くのよ。まるで、お兄ちゃんに早く会いたい、って言っているみたい」


「へー、お母さん、赤ちゃんはどんなかな」


「見てみる?」


「うん、見たい」


「エコー写真って言って、お母さんのお腹の中をうつしたものなの」


「えこー?」


「う〜ん、ひろくんには難しいかな」


お母さんは笑いながら机の引き出しから黒い写真を出しました。


「真っ暗だ」


「そう、真っ暗よ。これはお母さんのお腹の中なの」


そう言ってお母さんは大きなお腹をさすって揺すりました。


「でも、ほらよく見て。ここが目よ。小さな口、そして手と足とお腹。分かるかしら」


最初は白いシミのようなものしか見えませんでした。でも、ジッと見ていると、ぶよぶよとした固まりがぐにゃりとしたキューピー人形のように思えてきました。でも、なんてかっこ悪いキューピー人形なんだろう。それに顔もなんだか気持ち悪くて怖いと思いました。


「お母さん・・・」


「なあに?」


「ぼく、もういいよ。見たくない」


「あ、ごめんね。なんか怖かった?」


「う、うん。ちょっと・・・」


「でもね、この子はまだ人間として全部出来上がっていないの。でも、もうすぐとっても可愛くなるのよ」


「ほんと?」


「うん、ひろくんもそうだったもん」


それからぼくは黙ってしまいました。

ぼくが生まれてくるまではあんなのだったなんて、とても信じられませんでした。


・・・。


そうだ。きっと、お母さんは何か気持ちの悪いお化けにのっとられているんだ。だから、あんなのを可愛いなんて言うんだ。きっとそうなんだ、と思いました。


(3)

「ねえ、ねえ、お父さん」


「なんだ?ひろ」


「あのね、お母さんのお腹の写真から見たよ」


「お腹の写真?」


「うん、えこーって言うんだ」


「ああ、お腹の中か。赤ちゃんが写っているやつだろ?」


「うん、でも赤ちゃんじゃないなかった。なんかね、気持ち悪いなんかだった」


「え?」


お父さんはとてもびっくりしました。そして、とても怖い顔になって、


「そんなはずないだろう」と言いました。


「だって・・・」


「だって?」


「だって見たんだもん。なんかぐにゃりとした白いなんかがいたもん」


「ひろ・・・」


「うん」


「あれは人間なんだよ。お母さんのお腹の中で身体を作っているんだ。だから、もう二度と気持ちが悪いなんて言うんじゃない」


「でも・・・」


「分からないのか?」


だけど、ぼくは何も答えられませんでした。


「・・・」


「そうか、そんなことも分からないような子は知らないぞ」


そう言ってお父さんは向こうへ行ってしまいました。


今まで、何回もしかられたけど、こんな言い方をされたことは、一度もありませんでした。


そして、ぼくは気がつきました。


あのぶよぶよと白いものの正体を。


あれは、妹なんかじゃない。人間でもない。


お母さんのお腹に住み着いた宇宙人です。そして、宇宙人は不思議な力を使って、お母さんも、お父さんもおかしくしてるってことを。


そうでなければ、あんなへんなものをぼくの妹なんて言うはずがありません。


そして、あの宇宙人は、お母さんのお腹の中で大きくなって、十分強くなったら、外に出てきて、ぼくを家から追い出すんです。


家から追い出されたら、かわいそうなぼくは野良猫になって、夜の公園でほかの子供たちと鳴くのです。


「みー、みー」って、とても悲しそうに。


(4)

「ひろくん、ひろ〜くん」


お母さんの声がしました。


学校から電車に乗って駅についたぼくは、階段の一番上に座っていました。


いつもは、かいさつぐちの外に出て待っているのに、そうしませんでした。


ぼくは考えました。


どうしたら、あの気持ち悪いものをお母さんのお腹から追い出せるか、を。


お母さんが寝ている時に、思い切り踏んづけてやろうか。お腹を掴んで、思いっきり揺すってやろうか。


でも、お母さんまで痛い思いをするから、可哀想です。


だったら、あの宇宙人を追い出してくれるまで家に帰らないぞ。


どうせ、お腹の中から出てきたら、ぼくは家から追い出されるし、このまま帰らなくたって構うもんか。


「ひろく〜ん、中なの?」


階段の下からお母さんの声が聞こえました。きっとかいさつを通って探しにきてくれたんです。


「お母さん、ごめんね」


大きな声で謝って、近くまでいきたかったけど、あのお腹の宇宙人が笑っている気がして、声が出せませんでした。


そうしたら、下の方から上がってくるお母さんが見えました。お母さんは、真っ赤な顔をしていました。そして、「ふう、ふう」ととても苦しそうに息をしています。


そして、ぼくの方を見て、


「ひろくん、コラっ、心配したじゃないの。さあ、帰りましょう」と困ったように、でもとても優しく言いました。


でも、ぼくは


「やだっ!帰らない!」と言ってしまいました。


だって、あんな宇宙人が妹なんて、あんなお化けが大事だなんてお母さんも、お父さんもおかしいからです。


「ひろくん。何いってるの、お母さんを困らせないで。さ、帰るわよ」


そう言って、お母さんは座り込んでいるぼくの腕をつかんでムリヤリ立たせようとしました。


「もう、やだったら!」


そう言ってぼくがお母さんの手を振りほどいたら、


「あ・・・」と小さく声をだして、お母さんは階段から下に落ちていきました。


そして、くるくると葉っぱが落ちるように転がって、階段の下で動かなくなりました。


お母さんのお腹の下から、赤い、赤い、真っ赤な水が広がって、ぼくはこわくてこわくて泣き出してしまいました。


・・・


それから、10年たって僕は高校生になった。


そして、今もお母さんが落ちた階段を上がって学校に通っている。


あの日お母さんは、階段を落ちた時にお腹を打って、子供を流してしまった。その時に流した水は、僕の妹になるべき赤ん坊の血なのだと思う。


お母さんの流した血はすぐに洗い流されたけど、いくら洗っても薄い染みが残った。


それは、白くて小さな染みだった。僕はその染みが嫌いだった。それは、その染みの原因が僕だったこともあるけれど、補習で帰りが遅くなった時、暗闇の中に浮かび上がるそれは、


あの日


お母さんのエコー写真で見た


あの胎児の形


だったから。

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