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跡地  作者: 陸奥こはる
第1章―国外追放、選びました。―
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2話:お嬢様は勘当されました。

 出された昼食を食べ終えた辺りで、看守がやって来た。「このご飯美味しくなかったわ」とお嬢様が愚痴を言っていた時だ。

 続報が来たのだろうか? と思っていると、それは違うようで、面会に来た人物がいるとの事だった。


「誰かしら……」

「あまり良い予感はしませんが……」


 ヴァルジャンとお嬢様は、顔を見合わせた。すると、やって来たのは、見事なヒゲを蓄える初老の男――お嬢様の父親である、サーフィス・ティアハーン公爵その人であった。


「お、お父様……?」

「ティアハーン公爵……」


 牢屋の中にいる二人を見て、ティアハーン公爵は、ぎゅっと瞼を瞑り目尻に涙を浮かべた。


「……前国王は病死ではなく、殺されたそうだな。そして、その犯人がお前たちだと」

「そ、それは……」


 前国王殺しについては、あくまで、内密な話であった。それは、アルマの父たるティアハーン公爵にも秘されていた事である。だと言うのに、完全に知られてしまっているようだ。

 裁判をする、という言葉がいよいよ持って真実味を増してくる。

 恐らくは、サーフィス公爵にも、裁判に関わる事情聴取等が行われたのだ。だから、知る所になった。


「なんという、なんという事を……」


 ティアハーン公爵は、ひとしきり泣くと、今度はヴァルジャンを睨みつけた。


「ヴァルジャン、私がお前をアルマにつけたのは、あの”アルドー”の息子であるからだったのだぞ。お前を手に入れるのにも、どれだけの苦労をしたと思って……」


 アルドー。ヴァルジャン自身の手によって葬られたその男は、この国の王に仕える執事たちを束ねる、筆頭執事長であった人物だ。


 王室筆頭執事長という存在は、この国においては、名実ともに執事として一番の存在である事を示している。


 ヴァルジャンは、そんなアルドーの息子だ。そして、そうした父の威光もあり、非常に貴族からの人気が高かった男である。ティアハーン公爵が手に入れる事が出来たのは、偶然が積み重なったのが大きい。


 公爵と言う立場でいて、かつ”苦労”をしたとしても、偶然が無ければ手に入らない程の男がヴァルジャンであるのだ。


 何せ、本来であれば、国王の子息にあてがわれるハズの男だったのだから。


 しかし、だからこそ、なぜこのような事態になったのか、理解し難いと漏らした。主を”正しい道”へと導くのに最適な男である、と太鼓判を押せるお前がいて、なぜ、と。


「どうして、止めなかった? 主が道を踏み外しそうな時は、諭し、そして道を正しく戻してやるのが執事たるお前の責務。一番可愛かったアルマを、跳ね馬のようなアルマを、必ずや立派な淑女に育てるものと思っていた。だと言うのに、お前はそれをせず、あまつさえには自分自身の父親でもあるアルドーも殺した。なぜ……」


 ヴァルジャンは、しばしの間沈黙を貫いた。だが、やがて、一言だけ零した。


「それが、”正しい選択”であったと、そう思ったからです。お嬢様は”正しい選択”をなさいました。ですから、助力致しました。父アルドーをこの手にかけた事については、それこそが、自らがすべき事であると判断したがゆえです」


 その言葉は、嘘偽りの類はただの一つも無い、力強い言葉であった。

 そして、隣にいたお嬢様が、この言葉を聞いた瞬間に、眼を細めて潤んだ瞳でヴァルジャンの横顔を見つめた。


 もともと、国王の異変に気付き、正体を察して動き出したのはお嬢様であった。結果があのようにはなったが、しかし、ヴァルジャンは今言葉にした通りに、お嬢様が動いた事を間違っていたとは思ってはいない。


 それをきちんと言葉で表明した事が、お嬢様には嬉しかったようだ。


「……私にはもう分からぬ。だが、これだけは言わねばならぬ。お前たちは我が家名を汚した。……アルマ、お前との縁も切らねばならぬ。お前はもう我が一族のものではない。フォンティーヌやマイヤ達にもそう伝えよう」


 フォンティーヌ、と言うのはティアハーン公爵の奥方。そしてマイヤは長女である。他にも三女や四女もいるのだが……そこは”達”という言葉に含まれている。

 ともあれ、だ。要するに、家族一同でお嬢様は元から存在しない扱いにする、と言ったのだ。こうなってくると、自動的にヴァルジャンもクビだ。


「……」


 お嬢様は、それを無言で聞いていた。それから、一度だけちらりとヴァルジャンを見てから、「分かりました。お父様」と言った。


 ヴァルジャンの知らぬ事ではあるが、お嬢様は執事としても男性としても、実を言うとヴァルジャンの事を強く好んでいた。

 いつも憎まれ口を叩くけれど、たまに平手打ちもするけれど、それは、安心と信頼を委ねている証拠であった。

 その想いの丈は、イザとなれば、ヴァルジャンの他は何も要らないと言えてしまう程のものである。

 だからこそ、ティアハーン公爵の突きつけた現実を、取り乱す事もなく受け入れたのだ。家族との縁が切れたとしても、ヴァルジャンが傍に居てくれるのなら、それだけで良かった。


「……勘当を告げられたと言うのに、あまり悲しそうではありませんね。お嬢様」

「そうかしら? とっても悲しいわ」


 そんな風には見えませんが、とヴァルジャンは肩を竦めた。

 ヴァルジャンの眼に映るお嬢様は、いつも自由奔放で、それでいて、まっすぐな芯の強い女の子である。

 今もまさにそうだ。

 軽い調子の受け答えからは、揺るぎのない「大丈夫」と言う雰囲気が見て取れた。


 だが、何事もそうだが、物事には理由がある。強さを持つ人物には、その強さの理由がある。それを支える何かがある。


 どちらかというと、女心に疎いヴァルジャンには、分からぬとて無理のない事であった。お嬢様にとってのそれが、他ならぬヴァルジャン自身であるという事に気がつくのは、今はまだ……。


 この時ヴァルジャンが考えていたのは、お嬢様の心の強さの理由についてではなくて、「裁判どうなるんだろうか」とか、そうした事柄である。

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