1話:牢屋にぶち込まれました。
「お、お嬢様……」
「どうかしたのかしら?」
ヴァルジャンは、ズレそうになった自らの眼鏡をかけ直した。
外出の為に着替えた、お嬢様の服装が、変だったからだ。
ピンクと紫のシマシマ模様のタイツを穿き、変なキャラの絵が描いてある上着を羽織っている。それは、小さな女の子が好む着合わせであって、16歳にもなろうというお嬢様がして良い服装では無かった。
「このヴァルジャン……とても悲しみでございます」
「な、なんでよ」
「お嬢様、その服はご自分で用意されたのでしょう?」
「……どうして分かったのかしら?」
「そんなファッションセンス皆無の服を、侍女が用意するとは思え――」
――パァン!
手のひらの痕がつくほどの勢いで、ヴァルジャンの頬を、お嬢様がぶった。
「どうしてそんなヒドいことを言うの⁉」
「い、いえ別に酷い事を言おうとしたワケでは……」
「言ったじゃない! ファッションセンス皆無って!」
「申し訳ございません……」
ヴァルジャンはゆっくりと頭を下げる。
確かに、些か気分を悪くしそうな事を言ってしまった。
自覚はあった。だから謝った。
だが、お嬢様はぷぅと頬を膨らませた。
「重ねてお詫び申し上げます」
追撃で謝ると、なぜか、お嬢様は更に面白くないような表情となる。
どうして、更に不機嫌になるのだろうか……。
ヴァルジャンにはそれが分からなかった。困惑する。すると、それを見たお嬢様が溜め息を吐く。
「……ねぇヴァルジャン、国王と相対した時、そう、あの時の惚れ惚れする力強さは、一体どこへと消えたのかしら。……私は、あの時のあなたのような、堂々と真っすぐ立つ男が好きよ」
「ええっと……その……突然何を?」
「だから、あなたにもっとシャキっとして欲しいの」
「は、はぁ……」
お嬢様が何を言いたいのか、ヴァルジャンにはよく分からず、空返事をした。
それが気に入らなかったらしい。
お嬢様は眉間に皺を寄せ、膨れた頬をもっと膨らませてカエルのような顔を作った。
「――出てお行きなさい!」
突然の退室命令に、ヴァルジャンは瞬きを繰り返した。
「で、ですが……」
「――出なさいったら出なさい! 私は今から着替えます! この服はダサイのでしょう! ならば着替えます! それとも私の下着姿を見たいのですか!?」
「別に見たくないですが」
ヴァルジャンが言い終わると同時に、お嬢様は、壁に飾ってある細剣を乱暴に手にすると、勢いに任せて鞘から引き抜いた。
「しねしねしねしねしね! ヴァルジャンのバーカ!」
これ以上怒らせると、大変なことになりそうだ。
ヴァルジャンは急いで退室しようとして――扉が、勝手に開いた。中に入って来たのは、国お抱えの憲兵と、そして暫定的に新国王となった元大臣の男だった。
お嬢様とヴァルジャンの二人は、きょとん、と目を丸くする。
侍女たちからは、事前の連絡も無かったので、つまり電撃的な来訪だ。
「ひっ捕えい」
新国王は、憲兵に命令する。お嬢様とヴァルジャンは、状況が呑み込めず、戸惑いのままに捕縛された。
「えっ……? は、話が見えないのですが――」
「な、なにをするのよ! 放して――」
二人が、ようやく抗議の声を上げると、新国王は言った。
「――前国王殺しの罪により、裁判が開かれる事となった」
その言葉に、ヴァルジャンとお嬢様の二人は、揃って仲良くあんぐりと口を開いた。
前国王との一件についての話であるならば、それは全て、終わっている事として処理されているハズだ。
前国王の圧政と変わり果てた姿の事もあって、お嬢様とヴァルジャンは何らの罪にも問われない、と秘密裏に決定されたという話になっていたのだが……。
市民と国民には、前国王は病死したと伝え、何もかもは闇に葬られると言う話もされた。
なのに、今になって、一体どうして……。
二人の困惑は、見事に表情に現れていた。だが、そんな事もお構いなしに、新国王は二人を牢屋へぶち込むようにと指示を出した。
屋敷の侍女たちが見守る中、ヴァルジャンとお嬢様の二人は、連行されて行った。
※※※※
お嬢様とヴァルジャンは、二人仲良く揃って、同じ牢屋の中に入れられている。ここで、続報が来るまでの間、待てと言われたのだ。
「ねぇヴァルジャン」
「なんでしょうか、お嬢様」
「どうして、このような事態になっているのかしら」
「さぁ、私にも分かり兼ねております」
「確か国王殺しの件は、不問のハズ……よね?」
「そのように私も話は聞いております」
「じゃあどうして?」
「ですから、それは分かり兼ねます」
「あなたの”魔術”で、この牢屋を、ぶち壊せないかしら?」
アルマが物騒な事を言う。だが、それは出来ない相談であった。ヴァルジャンは太腿のホルスターを叩く。そこには、銃が入ってはいなかった。
「”魔術”は発動体ありきです。私の発動体は銃であり、それが無ければ、”魔術”は使えません」
「そんな……」
がくり、とアルマが肩を落とす。しかし、そんな様子を見せられても、ヴァルジャンにはどうする事も出来ない。肩を竦めて、「仕方ありません。待ちましょう」とだけ述べた。