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跡地  作者: 陸奥こはる
第1章―国外追放、選びました。―
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0話:国王を倒しました。

0話ですので、プロローグ的なお話です。本編は次の1話目からです。

「……尊敬していました。自らの父親であること以上に一人の男として……そして何より目標とすべき”執事”のあるべき姿として」

「……”いました”か。今は違うか」

「はい。今はもう……」


 青年の頬を涙が伝った。

 本当は、今でも尊敬している。でも、それを無理やりに過去のものにしたのだ。そうやって、心を納得させた……つもりだったのだが、こうして、涙は流れてしまった。


 つもりは、所詮つもりでしか無かった。


 目の前の男――唯一の肉親である自らの父親の腹に風穴を空け、もう幾ばくもないうちに死ぬであろう様にしたのは、他ならぬ青年自身であり、その事実によって走る心の痛みは、”つもり”では誤魔化しきれなかったのだ。


「……そんな顔をされては、私もあの世で自慢話一つすることが出来ない。立派に育った自分の子に、最後は見事に倒れされたのだと、胸を張れなくなる。……踏み越えていけ。超えるべき壁をお前は超えた。……泣くな。顔を上げろ。男の子だろう……」


 青年の父も執事であった。

 国王の執事であった。

 本来であるならば、おぞましき力に身を染めた国王を、そうなる前に諭し理解させるべき立場である。あのようなげに恐ろしき、人の身に憑依する化け物の言う事になど、耳を傾けるなと忠告すべきであるのだ。


 しかし――青年の父には、それが出来なかった。


 理由はどうあれ、事実上、執事としての役目を放棄したに等しい行動を青年の父親は取ったのだ。

 邪知暴虐と化した国王を守る為に戦うことを選んだのだ。


 しかし、だ。

 思う所というのは、あったようだ。

 数分と持たずして迎えるであろう自らの死を、当然に与えられる責め苦であるかのように、自然と受け入れているのは、その証拠であった。


 まもなくして、青年の父は息を引き取る。

 安らかで穏やかな死に顔であった。

 青年は涙を拭うと、父に言われた通りに、その死を踏み越え己の使命を全うする事を心の中で誓った。


 父は死んだ。過去の存在になったのだ。死者の前に、いつまでも留まるワケには行かない。そもそも、この結末は覚悟していた事であり、こうする以外の道は無いと定めたのは、他ならぬ青年自身でもあった。


 国王を倒すには、父の存在は大きな壁であった。この男がいる限り、国王は最強の盾を持っているに等しかったのだ。


 だが、その盾はこうして失われた。青年は、眼前にあった階段を駆けた。


 この先で。

 この階段を昇った先で――


 ――お嬢様が一人戦っている。


 華奢な体躯に見合わぬ大きな心で、鉄よりも硬いその意思で、ただ一人戦っている。

 青年は行かなければならない。

 執事として、お嬢様の傍に寄り添う者でなければならない。支える者でなければならない。お嬢様が求める、悪しき国王を倒す剣とならねばならない。


 駆けあがった階段の先に、大きな扉が見えた。青年は止まらず、勢いに任せて思い切り蹴飛ばして扉を開けた。

 その広間には少女が一人。

 手にした細剣の切っ先を怨敵に向け、ボロボロで肩で息をする姿になりながらも、確かな意思を宿した瞳で、眼前の怪物を射抜く少女が一人。


 ――お嬢様だ。


「……あら。遅くてよ」

「申し訳ございません」

「主人がこんなにボロボロになってから来るなんて、それでもティアハーン家が次女、このアルマ・ティアハーンの専属執事かしら?」

「返す言葉もございません」

「まぁいいわ。……それで、整理はつけてきたのかしら?」


 父の事であろう。

 青年は力強く頷いた。


「はい。確かにこの手で。自らの手で。全てを終わらせて来ました」

「そう……。あなたにとっては、辛い決別であったでしょう」

「決めた事ですから」

「ふふっ、随分と良い顔をするようになったわ。……ところで、私そろそろ疲れて来ているのだけど」

「……左様でございましたか。随分と遅れましたことを、改めて陳謝致します。それではお下がり下さいませ。ここから先は、アルマ・ティアハーンが専属執事のこのヴァルジャンにお任せあれ。……一撃で片をつけてご覧に入れましょう」

「言うじゃない。普段から今ぐらい強気だと、頼りがいがあって、私も安心が出来てよ?」

「……善処致します」


 青年――ヴァルジャンは、苦笑しつつ腰のホルスターから自動式拳銃を取り出すと、怪物と成り果てた国王(・・)へと銃口を向けた。


「――魔術式を展開。番號【(いち)】」


 宙に陣が浮かぶ。

 これは単純で、そして、とても簡易な威力増幅型の魔術だ。

 父との激闘で、力のほとんどを使い果たしてしまっていたから、もはやヴァルジャンには、このような単純な魔術式しか使えない。

 しかし、そうだとしても、これでどうにかしなければならない

 これで駄目なら成す術は他にない。


「……この一発に、ありったけを」


 ヴァルジャンは搾り出した魔力を絶え間なく注ぐ。もう体には魔力があまり残っていないが、それでも無理やりに引き出す。

 だが、無理をしたせいで、制御に使う分の魔力が僅かに足らなくなった。

 魔術式が悲鳴を上げ、陣にヒビが入る。


「ぐっ……」


 ――一あともう少しだと言うのに。ヴァルジャンは、苦々しく眉根を寄せる。そして、魔術式が壊れる寸前、


「……全く、だらしのない執事ね。ほら、私のもお使いなさいな」


 銃を握るヴァルジャンの指に、お嬢様は、自らの指を重ねた。


 お嬢様は、魔力量が少ない、先天性魔力欠乏症という病に罹っている。僅かながらに魔力はあるが、本当に微々たるものだ。無いにも等しいほどの、それほどまでに少ない量である。

 だが、その僅かな魔力が、壊れかけていたヴァルジャンの陣を、元の形を取り戻す一滴となった。


 国王と言う名の怪物が咆哮を上げる。ズシン、ズシン、とこちらに近づいてくる。執事とお嬢様は、一度だけゆっくりと瞬きをすると、まっすぐに前を向き――


「「――くたばれ! 王よ!」」


 弾丸は放たれ、一筋の青紫の光が走った。その光はきっと、この時この瞬間においては、世界でもっとも力強く、そして美しかった。

 後に残ったのは、国王であった存在の灰だけである。

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