2月14日
2月14日。校内が普段より賑やかになるこの日に、一人静かに第二音楽室で待つ少女。
「遅いです……」
スマートフォンの画面をちらちらと見ては部屋の入り口へ目を向ける。そのまま10分程経つとようやくドアが開かれ、4人の少女が入って来た。
「遅いですよ!」
痺れを切らした少女は4人の姿を見るや否や、口をとがらせてそう言った。
「ごめんね心春ちゃん。クラスの子と色々お話ししてたら遅くなっちゃった」
ほんわかした雰囲気の少女が、待っていた金髪の少女に声をかける。
「どうせそんなことだろうと思ったです」
心春はため息をつき、やれやれといった様子で4人を見る。
「でもこはるちゃん、今日は特別な日でしょ?」
背が高く、おっとりとした少女が心春に問いかけると、
「そうですね、今日は私の好きな作品のキャラクターの誕生日です。軍人の娘ということもあり、普段はクールで大人っぽいですが、可愛い物が好きで縫いぐるみを作るなど意外な一面も魅力的です。SNSでは生誕祭と称してイラストや小説が多数投稿されていて、追い切れないぐらいです。菫先輩、背格好が近いですし、もしかしてコスプレすれば似合うかも……」
やや早口でそう返され、困惑の表情を浮かべた。
「うーんと、そうじゃなくて、バ、で始まるやつで……」
「ああ、バレンタイン卿の処刑日の方ですか」
「間違ってはいないけど……そう、今日はバレンタインデーなのよ! 多くの女の子がこの日を待ちわびていたのよ!」
菫は心春に負けじと鼻息を荒くする。
「……そこまで楽しみにしてたのはすみれくらいじゃないかしら?」
少々目つきが悪く、クールな雰囲気の少女が菫に言う。
「そんなことないわよ、さやか。ここ最近、毎日テレビとかお店で取り上げられてるでしょ? つまり、それだけの需要があるのよ! わかなちゃんもそう思うでしょ?」
「あはは、確かにそうですけど、菫先輩ぐらい熱が入ってる人は少ないんじゃないかなと思いますね」
わかなと呼ばれたスポーティーな雰囲気の少女は笑いながらそう返した。
「そうかしら……」
菫は残念そうに肩を落とす。
「それはさておき、みんなに手作りチョコを持って来たの。はい、これはかずねちゃん」
菫は再び目を輝かせ、鞄からチョコと思われる包みを取り出し、一人ひとりに手渡した。
「ありがとうございます! 手作りって凄いですね……! 私は市販のですけど、よかったら貰ってください」
かずねが少し照れ臭そうに全員にチョコを配り、同様にさやかとわかなもチョコを配った。
そして視線は自然と心春へと向き、
「こはるちゃんのチョコも欲しいなあ」
と菫がねだった。
「いいですよ、私も市販の物ですが」
「なんだかんだ言って心春もしっかり用意してるんだな」
「ええ、ソシャゲでもバレンタインは一大イベントですし、バレンタインなんて海老で鯛を釣る絶好の機会じゃないですか」
そう言いながら心春は、鞄から義理チョコとして有名な安価なチョコ菓子を取り出した。
「うわ……」
わかながあからさまに冷たい視線を向ける。
「若菜さん、こういうのは大きさとか値段じゃないですよ」
「そうね、こはるちゃんからの愛をひしひしと感じるわあ」
「前言撤回です! これはただの義理チョコです! いいから早く練習始めるですよ!」
2月14日。第二音楽室は普段通り賑やかだった。