死ねない天皇
押川バルセブ冬馬は、使い込まれた狙撃銃を構え、腹這いで相手を狙っている。狙うは、戦車の上で部下に向かって指示を飛ばしている、相手の指揮官らしき人間だ。ざっと、距離は350mくらいか。目星をつけた彼は、すうっと息を止める。そして、ひとつ、発砲音を響かせ、指揮官が脳漿を撒き散らし倒れたことを確認すると、すぐさまそこから消えて行った。
「おい!誰か、止血しろ!」
「将軍が撃たれた!」
「『死神』がいるぞ!」
西日本の最前線は、一発の射撃によって、多大なる混乱の渦が巻き起こった。正確無比な射撃、こめかみを撃ち抜くというその神業に、彼らは戦慄した。指揮官を失えば、雑兵など子鹿にすぎない。西日本は、前線の防衛ラインを東日本へと明け渡し、撤退して行った。
冬馬は魔法使いだ。というか、魔法使いとか、異能者とかいう奴らが、地球が壊れるに連れてちらほらと現れた。令和が250年間も続いているのには、理由がある。要は、天皇も異能者になったのだ。天皇は、『不老の呪い(オールドロス)』の持ち主だ。
文字通り、歳をとらない、というだけの異能だ。ただし、老いない、ということは、自然死への時間も短くならないので、死にたければ、殺されるしかない、という厄介な呪いだ。
当然、最初は天皇も喜んだ。そりゃ、老けない、と聞いて嫌な気分になるものはいないだろう。だが、だんだん嫌になってきた。体の状態が常に一定で、どんな努力を重ねても、一向に成長しない。
その癖、しっかり護衛はついてる上に、一人になる時間は作らせない、と言っているので、自殺すら出来ないのである。