7:縄張りは広い
「まずは縄張りにいじょうが無いか見に行く」
笑いすぎて息も絶え絶えな中、ワイルディは咳払いをすると鷹揚な態度で言い切った。
時折子どもらしく辿々しい口調になりながらも、行くぞと皆を従え歩き出す。
唯一の女の子のクローバーは、歩き出してすぐにエスカにべったりとくっつきあれこれ説明しはじめた。
「あそこがゼラニウムのお家で、あっちがローリエのお家よ」
指差された家を見ると、一人の女性が家の裏で洗い物をしている所だった。
女性の隣には慎ましやかな衣類が干される中、大々的に地図の描かれた布団が一枚干してあった。
洗い物をしていた女性は子ども達に気付いたのか、こちらに向け大きく手を振って来た。
「ゼラニウム、手振らないの?」
小さく手を振り返しながら、クローバーは不思議そうにゼラニウムの顔を覗き込む。
おねしょをした布団を見られたのが恥ずかしいらしく、ゼラニウムは顔を真っ赤にし俯くと、そのまま走り出してしまった。
呆れたように女性は走り去るゼラニウムを見送ると、もう一度子ども達に大きく手を振り家に戻って行った。
「あー……、競争か? ……よーいどん!」
気まずそうに口を開いたヤクルだったが、変に間を開け一人スタートをきる。
一人が走り出してしまえばみんな大騒ぎしながら後に続く。
元々素早かったエスカは程々に子ども達に歩調を合わせ、些か不格好な走り方になっているが、それがまた子どもらしく見える。
しかし本気で置いて行かれているニールは笑えない。
弱々しい見た目通り、子どもの頃は体力が全くなかったニールだが、魔法で子どもになってもそれは変わらなかった。
ぜぇぜぇと子供らしからぬ呼吸を繰り返しながら、バジルとチコリに背を押されどうにか皆の後をついていく。
か細い道を上っていき山に入ると、道は獣道へと姿を変え、更に進むと獣道すら無くなった。
更に更に山に分け入っていくと、突然ぱっと視界が開けた場所に出た。
崖の上に出たらしく、眼下には山が波のように幾つも続いていた。
ヤクルとワイルディがほぼ同着一番。次はクローバーとエスカが続き、残りの全員でニールを引き摺りぐちゃぐちゃっとゴールした。
「あそこが俺の村で、あれが街。で、あっちがてきこくだ!」
ぐるぐるとあっちこっちを指差しながらワイルディは端的に説明し腕を組む。
崖の下にはヤクル達のいた集落があり、ゼラニウムの地図もはたはたと風に靡いているのが見える。
街と言われた方を見て見るも、何か山間にあるのが確認出来るだけで、街と知っていなければ見落とす程に遠い。
そして敵国と言われた方は崖と反対側だった為確認する事が出来ない。
「敵国って、どんな敵がいるんだ?」
「強くてでかい敵だ。そいつらのシモベが山をうろちょろしてるから、おそって来たら俺が守ってやる」
敵とは子どもの比喩表現なのかなんなのかそれとなくヤクルが訪ねてみるも、ワイルディはクローバーとエスカに向け胸を張るのみ。
「強くてでかい敵のしもべ……。街の猟師と猟犬とかかな?」
ヤクルがワイルディを『さすがリーダー!』と持ち上げている隙に、エスカはこそっとニールに耳打ちをする。
崖についてからまんじりとも動かず地面に突っ伏したままだったニールは、ぎぎぎと音がしそうなかくついた動きで真っ白な顔を上げる。
「あー否定は出来ねぇが、崖の反対に街があるなら『敵の街』とか『敵の根城』とか言いそうだけどな。分からん。情報が少ねぇ」
ほぼ吐息の様なか細い声でぼそぼそと喋ると、ニールは再び地面にくっついてしまった。
要領を得ないワイルディの言葉に悩まされつつも、考えるのは後回しと、子ども達の縄張りをまわることにした。
どうやら崖の上に居るのが見付かったらしく、集落から大人の声が響いてくる。
集落を見下ろせば戻ってこいと手招きする人や、崖に近付くなと追い払うような仕草をする人の姿が見える。
ワイルディはやべっと小さく声をもらすと、ついてこいと声を上げ走り出した。
わらわらとワイルディについて行く子ども達の一番後ろを、ニールを担いだヤクルの半笑いのエスカが走る。
「俺の事は良い……先に行け」
「何ちょっとカッコイイ風に言ってんのよ」
「てめぇ昔魔力切れした時『置いてったら殺す!』って言ってたよな」
不気味な笑い声と共に似合わないセリフを吐くニールに、ヤクルとエスカは冷ややかだ。
険しい山道を慣れた様子で走る子ども達に追い付くため、二人は速度を上げる。
ニールがヤクルの背中でガタガタと不規則に飛び跳ね、時折ヤクルの肩に顎を打ち付ける以外、取り立てて変わったことは無い至って普通の山道。
敵が何か分からないが、とてもそんな風には見えなかった。
どこをどう走ったかもうヤクル達には分からなかったが、少し開けた場所にある一際大きな木の下で、子ども達が手を振っていた。
「コリウス達ビリー」
「達じゃない! ニー……グラスがビリ!」
バジルとチコリが揃って声を上げると、エスカは両手を振り上げ猛抗議に走り出す。
そのまま三人は木の周りをぐるぐると回り始め、ヤクルは乱雑にニールを木の下に放る。
「ここが俺達の基地。ここでにちや技のとっくんにはげむんだ!」
それっぽい言葉を選ぶワイルディだが、言い慣れていないとすぐに分かる舌っ足らずっぷり。
しかし本人は決まったと腕を組むと、木のうろの中から棒きれを二本取りだし、一本をヤクルの足元に投げ置く。
「特訓って、剣術の特訓か」
棒きれを拾い上げ、ヤクルは懐かしそうに二、三度棒を振る。
ヤクルが使っていた剣は、通常の物より一回り大きな物だったが、子どもの頃はよく棒きれを振り回し剣術の真似事をしていた。
些か短くなった手足のせいで感覚がまだ掴みきれていないが、仮にも勇者と呼ばれるだけあり、ただ振り回しているだけでもどこか様になる。
「剣術だけじゃない。敵をけちらすため、薬と魔法もとっくん中だ! マリーはクローバーと薬作り、グラスはバジル達と魔法のとっくんだ!」
ゼラニウムとローリエに棒きれを手渡しながら、ワイルディはキビキビと指示を出す。
「マジか。的確な人選。ワイルディ侮るなかれ」
「誰がどう考えても剣はてめぇだろでくの坊が」
「薬と魔法はまぁ分かりにくいけど、誰がどう見たってこの配役でしょうよ」
小声で深く感心するヤクルに、ニールとエスカは呆れ果てる。
今のワイルディの話しで注目すべきは『敵を蹴散らす』と言う所。
良くある架空の敵に挑む子どもならではの遊びかと流すべきだろうが、敵国と言う言葉を聞いた手前、一言遊びと片付けるべきかどうか。
感心しきりのヤクルを尻目に、エスカとニールが顔を見合わせていると、二人ほぼ同時に真反対にぐいぐいと引っ張られる。
「グラスはこっち」
「一緒に魔法の研究するよ」
バジルとチコリが黄緑色の髪をゆさゆさと揺らし、ニールの体を強引に引き摺っていく。
「マリーは私と!」
エスカはエスカで、クローバーに腕を引かれ木の下まで小走りに移動する。
二人が二人つくべき定位置に収まるのを目で追っていたヤクルだったが、ワイルディの咳払いでふと視線を元に戻す。
「俺達四人はすぶり千回!」
「素振り千回!?」
ゼラニウムとローリエの表情を見る限り、素振り千回は日常的に行われているらしい。
キビキビと掛け声をかけながら素振りをはじめたワイルディの後ろで、ゼラニウムとローリエは訴えるようにヤクルに何度か頷いて見せると、のろのろと素振りをはじめた。