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5:お名前は

「ごめんなさいね。着替え、これしか無くて」

「いえ、ありがとうございます」

 

 体を洗いさっぱりとした三人は、廊下の突き当たりの部屋で、お揃いの真っ白なワンピースとサンダル姿で、お互い必死で笑いを堪える。

 シスターの何度目かのごめんなさいに、三人は揃って頭を下げた。

 ひと心地つき、魔法を多用していたニールは眠いのか、タオルに包まったまま床に転がり大欠伸をかく。

 そんなニールの姿に顔を蕩けさせせっせと毛布を用意するシスターは、心底子どもが好きなようだ。

 

 ようようニールが寝息を立て始めた頃、部屋の扉が数回ノックされた。

 部屋に入って来たのは意外にも、教会の前で話し込んでいた二人の神父だった。

 

「ああ、寝てしまいましたか」

 

 入り口のすぐ脇のソファで眠るニールの顔を指で撫でながら、神父は小さく笑う。

 

「三人はうちの教会で面倒見ますが、こちらのリリック神官様も支援して下さるそうです」

 

 シスターとヤクル、エスカと順番に視線を送り端的に説明し、リリックに微笑みかける。

 リリックはそれに答えるようににっこりと微笑むと、ヤクルの前にかがみ込み頭をポンポンと軽く撫でた。

 

「あなた達はこの村の子どもです。レイ神父様とシスターメリッサの言う事を良く聞き、元気に大きくなりなさい」

 

 ヤクルが大きく頷いてみせると、リリックもレイもメリッサも満足そうに微笑んだ。

 宗派が違う教会かと思っていたが、教会と神殿だったらしい。

 ヤクルはニールが起きていたらさぞ嫌そうな顔をしただろうと思いつつ、ニールの神殿とは服装が微妙に違うなと小首を傾げる。

 大人三人が眠るニールを微笑ましくつつく横で、ヤクルとエスカは一先ずほっと胸を撫で下ろした。

 

 すぐ近くで鐘の音が鳴り響くと同時に、大人三人は揃って立ち上がった。

 突然鳴り響いた鐘の音に、寝ていたニールも何事かと目を覚まし、目の前に居るリリックとレイに驚き目を見張る。

 

「あぁ、良い時間ですね。三人とも準備が出来たら神殿にいらっしゃい。村の子ども達と一緒に勉強をしましょう」

 

 リリックはニールの頭をひと撫ですると、レイとメリッサに一礼し部屋を後にする。

 レイもメリッサに後を託すと、リリックを追うように部屋を出て行った。

 

「勉強? 神殿で?」

 

 エスカはメリッサに駆け寄ると、極めて子どもらしく辿々しい口調で話し掛ける。

 そのあまりにも自然な姿は、ヤクルとニールは言葉を失うほど。

 目尻を下げるメリッサは、エスカの髪を手で梳きながら、こくんと一度頷いて見せた。

 

「小さな村だけど、あなた達と同じ様な理由でここに来た子達がたくさんいるの。その子達には、教会と神殿で交代で勉強を教えているの」

 

 神殿と言う言葉にニールがうぇっと小さく舌を出したが、すんでの所でヤクルがニールに毛布をかけ隠す。

 先程の鐘は勉強が始まる合図かと納得していると、廊下をどたどたと走って行く幾つかの足音が響いてくる。

 メリッサの話しぶりとこれまでの話を総合すると、この集落にはそれなりに養い子が居ると考えて良いだろう。

 うんうんと頷くエスカを尻目に、ニールは再び毛布の中で寝息を立て始めてしまった。

 

「さっ! そうとなったら早速準備をしましょう。最初は……そうそう、名前はなんと言うの?」

 

 小さくぱんっと手を叩き棚に向かったメリッサだったが、ふと思い出したように振り返る。

 名前。

 一人だけならまだしも、三人揃ってそのまま名乗ってしまうのはさすがにまずい。

 エスカは眉を下げヤクルを見つめるも、ヤクルもどうした物かと首を傾げ、メリッサを見上げる。

 その様子を見たメリッサは少し考え込んだ後、ぱっと笑顔を浮かべ一人うんうんと頷きはじめた。

 

「ここに来る子達は名前が無い子も多いから、気にしなくて良いわ」

 

 メリッサは棚からノートと筆記用具を出すと、一人一人にはいっと渡していき、寝てしまったニールの分は棚の上に置く。

 そしてエスカに向き直ると、両手をとりゆっくりと言い聞かせるように口を開く。

 

「あなたはそうね……今はローズマリーの季節だから、ローズマリー!」

 

 エスカは小さくローズマリーと口の中で復唱すると、気恥ずかしげにヤクルを見上げる。

 

「そして赤髪のあなたはコリウス!」

 

 今度はヤクルの手を取り元気にそう告げるメリッサは、そしてと、ニールの髪を撫でながら小さく笑う。

 

「この華奢で金髪の子はレモングラス」

 

 全員にハーブの名前をつけたメリッサは、どことなく満足そうに胸をはる。

 

「ローズマリー、コリウス、レモングラス……」

 

 ヤクルは確かめるように順番に指差しながら、貰った名前を覚え込んでいくが、どうにも笑いがこみ上げてくるせいで顔がにやけてしまう。

 

「ローズマリーにコリウス。準備して神殿に行きましょう! 今日は私が連れて行きますけど、明日からは自分達で行くんですよ? さ、レモングラスも起きてー!」

 

 メリッサは元気良くニールの毛布を剥ぎ取ると、ささっと三人の身支度を整えてしまった。

 

  朝食を取る時間も無く神殿に連れてこられた三人は、あれよあれよと言う間に勉強に参加していた。

 教会とは違い、街にあっても見劣りしない程立派な神殿に、子どもが九人。

 眩い彫刻と光りが燦々と降り注ぐ大窓に囲まれた部屋で、勉強するにはどうにも居心地が悪い。

 しかし、ヤクル達をちらちらと気にしながら、大人しく他の六人はリリックの言葉をメモしている。

 

「こんな田舎なのに、勉強はしっかりしたものね。さすが神殿と言うか」

 

 心底感心したように、エスカがぽつりと溢すと、ヤクルとニールもうんうんと相槌をうつ。

 

「真面目に学校なんか行かなかったから、新鮮というか」

「行かなかったと言うより、魔族との抗争が酷くて行けなかったんだけどな。いやー、こうやって教えれば良いのか。勉強になるわー」

 

 純粋に楽しむヤクルと、本来教える立場にあるニールは、終始感心したようにノートに書き記していく。

 教えていることは単純で、魔族の抗争の歴史なのだが、それでも三人は楽しそうに話しに聞き入っていた。

 

 再び鐘が鳴り、勉強はあっという間に終わってしまった。

 どうやら一日中勉強するのでは無く、午前中だけのようだ。

 田舎とは言え神殿も教会もやる事はある。そこまで時間は割けないのだろう。

 鐘が鳴り走って神殿を出て行く子ども達を見送りながら、ヤクル達も荷物をまとめ外に出る。

 外に出るとすぐ、子ども達がどっと三人に群がってきた。

 そのうちの一人、リーダー格と思われる少年が、腕を組みヤクルの前に立ちふさがった。

 

「おい赤髪」

 

 リーダー格の少年はヤクルとほぼ同じ位の背丈で、他の子ども達より一回りほど大きい。

 エスカとニールがさっとヤクルの後ろに隠れると、ヤクルは呆れたようにはぁ? と小さく声を上げる。

 

「おい赤髪」

「ヤ……コリウスだ」

 

 しょうがないと言った風にヤクルが返事をすると、少年は更に胸を張りふんぞり返る。

 

「何? コリウス?」

「私はローズマリーでヤクルがコリウス、あんたがレモングラスよ。覚えて」

 

 ヤクルの後ろで、ニールはエスカに名付けの経緯を聞き、へーと気のない返事をしている。

 どうにも場違いな背後の二人に、ヤクルもただただため息が出るばかりだ。

 

「俺様はワイルドストロベリー。こっちはバジルにクローバー、チコリにローリエ、ゼラニウム」

 

 リーダー格の少年、ワイルドストロベリーが自己紹介するも、ヤクルはその名前の響きに、表情を取り繕うのに必死だ。

 順次紹介された子ども達が頭を下げるが、誰がどの名前か今はどうやっても覚えれそうに無い。

 しかしそれを見越してか、ワイルドストロベリーは苦虫を噛み潰したかのように渋面を作ると、胸を張って高々と声を上げた。

 

「俺様のことはワイルディと呼べ!」

「ワッ……!」

 

 危うく吹き出しそうになるエスカをニールが押さえ付け、ヤクルが重々しく頷きながら二人を隠す。

 

「実がつく俺がリーダーだ!」

 

 実がつく? と三人は顔を合わせた物の、ストロベリーだからかと、変に納得し相槌をうつ。

 ならばワイルドの部分では無く、ストロベリーの部分を残した呼び名にした方が良いのではと思うが、それは言ってはいけない事なのだろうと三人は言葉を飲み込んだ。

 

「同じ赤色で、男で、でかいけど、俺様がリーダーだ! 分かったな!」

 

 そう言われてワイルディとヤクルを見比べてみれば、確かに似た体格に似た髪色。

 どちらかと言えばヤクルの方が鮮やかな赤なのでストロベリーの様な印象だが、その辺りは仕方が無いと言える。

 

「よろしくワイルディ。こっちがローズマリーで、これが……レモングラス」

 

 どうにか笑わず自己紹介を返すものの、慣れない呼び名に一瞬ニールの顔を見たまま固まってしまった。

 

「軟弱グラスに俺様の女マリーだな。午後はこの村の掟を教え込んでやるから、ご飯を食べたらここに集合だ!」

 

 軟弱と言われ舌打ちをするニールだったが、俺の女と呼ばれたエスカの唖然とした表情に思わず吹き出してしまった。

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