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4:潜入成功

「どうだ? 孤児に見えるか?」

 

 魔法が完了してすぐ、ヤクルは引き千切ったローブを体に巻き付け、誇らしそうにその場でくるりとまわる。

 

「素直な感想なら、んなガタイのいい孤児がいるかよって」

 

 地面に寝そべったまま顔だけ上げたニールが、同意を求めるように隣にいるエスカに視線を送る。

 

「まぁ、それを言ったらそんな両耳ピアスばっちばちな孤児がいるかって話しよ」

「んー、エスカのサラサラな髪もなぁ……」

 

 ローブを体に巻き付けた三人は、それぞれの姿を見て苦笑いを浮かべる。

 三人とも見た目は十歳になったかと言った所。

 エスカとニールは色白でひょろりとした体格。

 頑張れば孤児に見えなくも無いが、二人が言ったように髪質やピアスに疑問が残る。

 ヤクルに至っては見るからに健康そのものといった体格で、同年代の子どもの中でも目立つほどだ。

 疑問は残るにしろ、何はともあれ無事子どもの姿になった三人は、各々体の調子を確認する。

 

「んん? いつも通りじゃないけど、子どもにしては力強い、か?」

「私は年相応かな。あ、違う。足の速さはそのままかも」

 

 ヤクルは小枝を折りながら力を確かめ、エスカは適当にその辺を走り回る。

 バキバキと手当たり次第に小枝を拾っては折るヤクルと、違和感しか無い速さで走り回るエスカに、ニールは声を上げて笑う。

 

「あんたはどうなのよ」

 

 ニールの元に戻ってきたエスカは、未だ寝そべったままのニールの顔を覗き込む。

 

「魔力はまぁ減ったかなー程度だけど、方陣に魔力の四分の三くらい持って行かれてて正直しんどい。書くの面倒くさがるんじゃ無かった」

「じゃああんた今初級魔法くらいしか使えない、本当にただの味噌っかすなの?」

 

 容赦ないエスカの言葉にじろりと睨むも、特に否定しないあたり本当にそうらしい。

 

「それ位軟弱な方が孤児らしいかもな。よし、早いとこ集落に行こう」


 とどめとばかりにヤクルはそう言い放つと、ニールを肩に担ぎ上げる。

 着ていた服は綺麗に畳み法陣の近くに隠し、早速三人は集落に向け歩き始めた。

 集落の近くに降りたつもりだったが、子どもの足では思ったより道が険しい。

 途中何度が坂を滑り落ち、木の枝に服を引っかけたりと、集落の入り口に突く頃には程よくみすぼらしくなっていた。

 

「靴が無いのは辛かったな……」

 

 少し山を下っただけで、ニールの足は傷だらけになった。

 エスカも思い切り服を破り、際どい丈になってしまった。

 三人はそのまま恐る恐る集落の入り口を潜り、辺りを見渡してみる。

 街を抜けてきたのは早朝だったが、何だかんだ日は高くなり、朝の準備で慌ただしくなる時間帯だ。

 だが、集落の中は驚くほど静かで、人の気配が全くしない。

 廃墟には見えないがと、三人は顔を見合わせると、そのまま集落の中を歩き始めた。

 鶏やヤギはのんびりと餌を食みながら三人を見上げてくる。

 家畜に餌を与えてあると言う事は、一先ず人は住んでいるらしい。

 しかし依然朝の煮炊きの匂いもして来ず、なんとも言えない不安感が押し寄せる。

 すると、集落の奥から人の声がした。

 ようやく人の気配がしたと、三人は足早に奥へと進んで行った。

 

「あら、あなた達は……」

 

 途中、女性に呼び止められ三人は足を止めた。

 丁度水汲みに行くらしく、大きなタライを抱えた老婆が、目を丸くし三人を見つめていた。

 

「あらあら、こんなに擦り傷を作って。また街の人が置いて行ったのね……。あなた達、どこから来たか分かる?」

 

 腰を折り丁寧に話す老婆に、三人は一度顔を見合わせる。

 孤児として一ヶ月厄介になろうとしか決めておらず、何処から来たかもいくつかも、名前さえも決めずにいた。

 どうしたものかと顔を見合わせていると、老婆がふぅっと深く息を吐き、三人の頭を順番に撫でた。

 

「そうよね、何も分からないわよね。さぁ、こっちへいらっしゃい」

 

 困惑する三人に、老婆は柔らかく微笑むと、エスカの手を引き歩き始めた。

 どうやら都合良く解釈されたようだと、三人は小さく笑うと、大人しく老婆について歩く。

 老婆は集落の奥へ奥へと進んで行くと、あちらこちら傷んではいるが、他の家々を見る限り、この集落としては相当贅をかけ作られたであろう教会に辿り着いた。

 その質素な教会の表で、まだ年若い女性が一人、掃き掃除をしていた。

 

「おはようございますシスター」

「あら、おはようございます」

 

 和やかな挨拶を交わしながら、三人に気付いたシスターは目を見張る。

 

「朝からごめんなさいね。この子達……またみたいなのよ」

 

 老婆に背を押されたエスカが一歩前に出ると、シスターは途端に眉を下げ泣きそうな顔でエスカの前にしゃがみ込んだ。

 

「まぁ、まぁ……。まだこんなに小さいのに」

 

 我が事のように目に涙を浮かべエスカを抱きかかえたシスターに、ヤクルとニールは居心地の悪さを感じ後退る。

 すると、ヤクルの隣で突然ニールの体がふわりと浮き上がった。

 はっとヤクルが顔を上げると、男が一人、ニールを抱え上げていた。

 

「あぁ、神父様……!」

 

 絞り出すようにそれだけ言うと、シスターは涙を堪えるようにぐっと唇を噛む。

 神父は丁寧に老婆に挨拶をすると、汚れたニールの体を軽くはたく。

 

「また街の人達ですか。もう生贄など要らない時代だとあれ程……」

「生贄?」

 

 神父の溢した言葉に、思わずヤクルは聞き返す。

 すると神父ははっと息を飲むと、老婆とシスターと顔を見合わせ言葉を探すように小さく唸る。

 少し唸った後、神父は静かにニールを降ろすと、三人の前にしゃがみ込んだ。

 

「まだ魔物と戦っていた時の、昔の話ですよ。三人とも災難でしたね。ですが安心なさい、これからはここがあなた達の家ですよ」

 

 多くを語らず聞かず、神父は慣れた様子で三人を迎え入れようとしている。

 話しが早いのは有り難いが、この集落はどうにも色々と訳ありのようだ。

 さすがに不気味さを覚え狼狽える三人だったが、今はどうすることも出来ない。

 そのまま神父に迎えられ教会に入ろうとしたが、ふと砂を踏むいくつかの足音に足を止めた。

 

「おや、また捨て子ですか。そちらでは三人も面倒見切れないでしょう、良ければうちで引き取りますよ」

 

 そう声をかけて来たのは、付き人と思われる人物を二人従えた男。

 装いを見る限りこちらも神父のように見えるが、こちらの方が些か裕福そうであり、所々に信仰の違いが見える。

 この狭い集落内に、違う信仰の教会が二つあるのかと、三人は老婆の顔を見上げた。

 三人の視線に気付いたのか、老婆は無理矢理笑顔を作ると、三人の背を押しシスターと一緒に教会の中に半ば逃げ込むように進んで行く。

 教会の入り口では二人の神父が何か話しをしているが、扉を閉められてしまい詳しいことは聞こえなかった。

 

「ごめんなさいね。まずは身を清めましょうか」

 

 シスターは先程の事など無かったように、どことなく楽しそうにエスカの手を引き教会の奥へと進んで行く。

 教会を入りメインの廊下を右に折れると、左右に幾つか部屋があった。

 その部屋を通り過ぎ、シスターは更に奥へと歩を進めていく。

 

「おい味噌っかす」

「んだよ」

 

 シスターと四人で奥へと進んでいると、ヤクルが小声でニールを呼び止める。

 

「この魔法はいつでも解除出来るのか?」

 

 自分の体をつつきながら、ヤクルは前を行くシスターをちらちらと気にする。

 

「……は? 夜這いでもすんのか?」

「クソ馬鹿かよテメー。脳まで退行したのか味噌っかす」

 

 些か声が大きくなり、慌てて口を塞ぎシスターをちらりと確認する。

 立ち止まり振り返っては居たが、相変わらずシスターはニコニコと笑ったまま、エスカの手を引き歩き出した。

 が、歩き出す前少しだけ見えたエスカの顔は明らかに呆れを通り越し軽蔑に近い物だった。

 

「何か焦臭い集落だからだよ。有事の際は戻らないと何も出来ないだろ」

 

 ああそう言う事かと、本当は分かっていたらしく、ニールは前を見たまま小さく鼻で笑う。

 

「生粋の勇者様かよ。……魔力を法陣に送らなきゃ良いだけの話だ。いつでも戻れる。逆に夜だけ元の姿でってのも出来るぞ」

 

 横目でにやりと笑うニールの頭をはたき落とし、ニールは小走りにエスカ達の後を追う。

 ニールとしてはいつでも戻れると言う所より、魔力の供給が無くなれば戻ってしまうと言う危うさを伝えたつもりでいたが、改めて伝えたところで『だから?』と言われてお終いだろうなとため息をつく。

 しかし、そんな簡単にボロを出すようなニールでは無い事もヤクルは十分知っている。

 ニールは有事の際を気にかけながら、それまでは完璧に術を維持してやると一人目を輝かせた。

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