番外編;授業参観
ボツネタ供養
「うーーん、ごめんね~。うちのおとーさんスーパー味噌っかすだから、お近づきになっても意味無いと思う」
「うん。信じられないくらいスーパー味噌っかすだから、取り入るならもっと他の人が良いと思う……って、あれ? それが目的で僕たちに話しかけてきたんだよね?」
分かっていても普通言えない事をさらりとのたまったバジルとチコリは、仲良く揃って軽く頭を下げる。
顔を真っ赤にし半開きの口をガタガタと震わせた女生徒達は、人目から逃げるように形振り構わず走って行ってしまった。
女生徒達が遠ざかっていくのを確認したのか、廊下の柱の陰に隠れていたワイルディとクローバー、ローリエとゼラニウムがそろって顔を出した。
「すげぇ、さすがに俺でも言えないぞそれ。あいつらにも、グラスにも」
さすがのワイルディも、これには女生徒達が走り去っていった方に同情の視線を投げ掛ける。
「入学してからいっぱい言い寄ってくる人は居たけど、今日は特に多いね。今日、授業参観だからかな?」
「ああ、なるほど。勇者様達とお近づきになりたい人なんて王都にはいっぱい居そうだもんな。親にそう言われてるのかな? みんなが居るのは一年だけだし、必死だよな」
クローバーも覚えがあるのか眉を下げ、ゼラニウムが納得したとばかりに頷く。
ワイルディ達がヤクル達に引き取られ六年。
将来、本人達がどう生きていくか選択肢を広げる為、村の外を見ておいた方が良いかもしれないとエスカは考えた。
すぐにメリッサとレイ神父とリリック神官の意見を聞き、ワイルディとクローバー、バジルとチコリに王都の学校で一年だけ学んでみないかと話を持ちかけてみた。
すぐ乗り気になったバジルとチコリとは反対に、ワイルディとクローバーはどうにも気が進まない様子で、嫌ともなんとも言わなかった。
しかし、ゼラニウムとローリエの居る学校ならどうかと更に話を進めたところ、二人とも目を輝かせてすぐに承諾した。
期間限定だが勇者一行の養い子達が揃って入学して来たとあって、学校内は大騒ぎであった。
休み時間の度に教室の入り口に人が集まり、ギラギラとした好奇の目で養い子の四人を見に来るのだ。
とても気の休まらない休み時間が終わり、ようやく授業が始まっても、これまた気の休まるものではない。
授業がはじまると、その時間授業が無い先生達がうろうろと廊下で様子を伺ってきたり、後学の為になど見え透いた嘘を並べ授業を見学してきたりするのだ。
学校側の計らいでローリエとゼラニウムと同じ教室にしてもらったのは良かったのかも知れないが、ローリエ達もどうにか取り入りたい人達の餌食になってしまっていた。
しかし、最初の頃こそはそれこそみんな不登校になりそうな程悩みに悩んだが、入学し三ヶ月も経つとそんな事などどうでも良くなってしまい、先程のようにバジルとチコリは思いきり口に出すようになった。
「一年間少し世界を見てこいって会いに来ないし、コリウスに会うのも入学説明の時以来かー。三ヶ月、あっという間だな」
「そう? みんなが来てからの三ヶ月、すっごく長かった気がするけど」
ワイルディがぽつりとこぼすと、ローリエが苦笑いをする。
午後の授業参観に生徒達がふわふわと浮き足立つなか、ワイルディ達はどこか楽しみなようなそうでも無いような、むず痒い不思議な感覚にとらわれていた。
「親が見に来るって気恥ずかしいよね。学校で会うの照れ臭いって言うか、まだ慣れないんだよね」
授業参観を何度か経験したことのあるゼラニウムが、ワイルディ達の心境を察し照れ臭そうに鼻の頭をかく。
そんな話をしていると、パラパラと保護者達が教室に集まり始めた。
貴族も多く居る学校だが、学校と家庭の繋がりを大切にする校風らしく、身分もなにも関係なく在籍している。
爵位持ちの大貴族の娘から、下町の服屋の娘や農家の三男坊など、身分も何もあったもんじゃない雑多なせいで、授業参観に参列する保護者もこれまた降り幅がおかしな事になっている。
大貴族も普段なら顔を隠していたりするのだが、この時ばかりは身分など気にせず、むしろ誰よりもこの状況を楽しんでいたりもする。
今も、重厚なドレスをまとった女性と、簡素なエプロンドレスをまとった女性が仲良く教室に入ってきたところだ。
「あ、おかあさんだ」
ローリエが華やいだ声を上げ、養母へ軽く手を振る。
ローリエの養母の後ろにはゼラニウムの養母もおり、二人揃って満面の笑顔で手を降ってきた。
そうこうしていると予鈴が鳴った。
バラバラとみんな席につき始め、保護者達も自分の子どもの隣に座る。
普段の授業参観は保護者は教室の後ろに並んで立つのだが、これまた勇者一行が来るとあって、生徒の隣に座らせ、普段なら一教科だけのはずが、丸一日すべての授業が参観日となっていた。
「なぁクローバー、コリウス達来てるか?」
「ううん、まだ三人とも来てないみたいだけど……もう始まっちゃうのに、お母さんどうしたんだろ」
不安げに後ろを気にするクローバー。
途中から参加する保護者も勿論いるが、もしかしたら来ないのでは無いのかとそわそわ不安らしい。
ついに本鈴がなってしまった。
教室に先生が入って来て、まさに今授業が始まろうとした瞬間、突如バジルとチコリが揃って立ち上がると、慌ただしく机を退かし始めた。
「バジル君チコリ君?」
「バリバリ髪の毛逆立つ!」
「これ味噌っかすな時なるやつ! 駄目なやつ!」
先生の言葉を遮り、二人はアワアワと口を開く。
語彙も吹き飛ぶ程慌てた二人が教室のはじに小さな空間を作った直後、その空間にバリッと大きな亀裂が走った。
亀裂はバリッバリッと徐々に広がり、大きく崩れ落ちたと思った瞬間、亀裂の中からヤクルが顔を出した。
「間に! 合っ! た!」
「村から王都まで直通、三人分、しんどい。魔力ギリッギリ、気持ち悪りぃ。帰り馬車馬車泊まる泊まる無理無理嫌だ嫌だ」
「なんで出掛けに急に着替えさせるのかしらね! ほんっっっと、リリック神官なに考えてんの!」
ヤクルが現れたと思った矢先、雪崩のようにニールとエスカも姿を現し銘々文句を垂れる。
突如現れた勇者一行に全員が言葉を失う中、ワイルディ達だけは「あーあ」と呆れた声をあげる。
「いや、間に合ってないぞ」
「おとーさん、なんでいつも僕たちめがけて飛んでくるの。今日だけはちょっとズラして欲しかったんだけど。早くその穴塞いで」
「ねぇその服なに? このあと王様と謁見するの? 誰か偉い人の結婚式いくの?」
不満そうにワイルディとバジルとチコリが口を開く。
せっせと空間の穴を塞ぐニールの隣で、ヤクルとエスカはばつが悪そうにお互いの服を眺める。
「王都の授業参観は正装だってリリック神官が用意してくれたやつだけど……やっぱり絶対違うよな」
三人の服装は、チコリが言ったようにあまりにも場違いだった。
エスカはとても修道院暮らしとは思えない、ウエディングドレスを思わせる華美なドレス。
いつもローブ一枚のニールは、大司教のミトラのような物をかぶり、ローブの上からもいくつもの布をまとい着ぶくれしている。
そしてヤクルに至っては、物語の王子さまや大英勇のような華々しい純白の鎧を身にまとい、これまた華美なだけの剣を腰にさしている。
ヤクルは気まずそうにバジルとチコリの机を元に戻すと、ニールとエスカを無理矢理席に座らせ自分も席につくと、にっこりと先生に微笑む。
先生は咳払いをひとつすると、まずはと本日の予定を説明していく。
「えぇと、本日の一限目は私の魔法学の座学兼簡単な実技。二限目は運動学の実技で、三限目は薬学の実技になりま、す……」
先生の言葉は徐々に尻窄みになっていき、顔色も悪くなり額には汗が浮かぶ。
先生は泣きそうな顔でちらりと最前列に座るニールに視線を向けると、ニールは顔を輝かせバジルのノートと筆記用具を奪い取る。
「マジかよっしゃ! 俺全部独学だったから、一回こうやって基礎から習ってみたかったんだよな~」
「おとーさんの言う基礎ってどの辺? そよ風とか?」
「そよ風は苦手だな。魔力の調整が出来ねぇ」
「おい、そろそろ黙れ味噌っかす。賢者に基礎魔法教えなきゃいけなくなった先生の気持ち考えろや。先生、気にせず始めて下さいスミマセン」
楽しそうに話すニール親子の隣で、ヤクルはさっと先生に話を向ける。
勇者に先生と呼ばれ、先生の顔色は更に悪くなる。
どうにか授業は始まったが、ニールが相づちを打つ度先生の肩が跳ね上がる。
「ではえっと、今教えた事を踏まえ、誰か火の玉を三つ打ち出す法陣を前に出て書いてみてください。決まった正解は無いので思い思いに……」
「はいはーーい! 俺書くー!」
「ちょっと賢者は静かにしててくれるかなぁ!? イヤ、待てよ。賢者の実演が見れるなんて良い勉強になるのか……?」
「なんないわよ。普通に迷惑。大人しく静かに座って新しい魔法でも作ってなさい味噌っかす」
誰よりもうるさい勇者一行に、教室中の変な緊張感は解れていく。
相変わらず先生は顔面蒼白で今にも倒れそうだが、自由な校風に慣れている生徒と保護者は対応力抜群だった。
「賢者様申し訳ございません、うちの子のこれはあってますか?」
バジルとチコリの後ろの席に座っていた保護者がそうニールに問うと、ニールは不思議そうに目を見開いた。
「え? いや、質問は先生にしようぜ。先生の説明めちゃくちゃ分かりやすかったから、聞いたらちゃんと答えてくれる良い先生だと思うぞ? 俺に聞くよりあっちのが優秀だ」
思いがけず賢者に褒められた先生は、ついに膝から崩れ泣き出してしまった。
「あーあ、グラス最低だ先生泣かせた。いーけないんだーいけないんだー」
「今日、少なくともあと二人は泣くと思うなぁ。運動学と薬学の先生」
ワイルディが変に囃し立て、ローリエが呆れたようにペンを置く。
感情がぶち壊れた先生は良い感じにふっ切れ、授業は和気あいあいと進む。
そしてローリエの予言の通り、二限でヤクルと模擬戦をした先生はやはり感動で泣き崩れ、三限でエスカが何の気なしに作った薬を先生にあげたところ、家宝にすると泣き崩れた。
放課後、ワイルディ達は校庭で先生達に取り囲まれたヤクル達を遠巻きに眺めていた。
「みんな肩書きに騙されすぎだろ。三人ともポンコツなのにな」
「実力があれば勇者って誰にでもなれるんだね。メンタルとか思考とか関係ないみたい」
「学べる機会があって良かったー。おとーさんの味噌っかすっぷりが良くわかった気がする」
「僕はリリック神官のヤバさに気付けて良かったかな。あのまま神殿でリリック神官に育てられたらと思うとさ」
ワイルディが呟くとローリエが続き、バジルとチコリがぽつりとこぼす。
「おーいバジルチコリ! 新しい魔法考えたけど見に来るかー?」
「見る!」
「なになにどんな魔法ー!?」
「ヤクルとの合体技ー」
「待ってそれ俺もみたい!」
ニールの言葉に即反応し、バジルとチコリが走り出すと、そのあとをワイルディが続く。
「誰のところで育ってもああなってたような気がする」
「うん。本当に血の繋がった家族みたいだよね。思考とか単純なところとか」
ヤクルが剣を振ると、何故か飴が飛び出す意味の分からない魔法を遠くで眺めながら、その皆の変わらぬ姿に、ゼラニウムとローリエは少しだけ村が恋しくなった。




