番外編;エスカ様
ボツネタ供養
朝起きて身なりを整え、朝食を食べたら教会の掃除をし、聖水を作る。
最近は人の出入りも増え、聖水の消費が激しい。
以前はなんとも無かった作業だが、最近は朝から倒れそうになるほど魔力を消費するようになった。
「疲れたぁ、休憩……」
まだ作業が残っていると言うのに、エスカは水瓶に覆い被さったままぐったりと動けなくなった。
「エスカ様すみません。私にもっと魔力があれば良かったのですが……」
申し訳なさそうにエスカの背を撫でるメリッサに、エスカは力を振り絞り笑顔を見せる。
ただの酒場のウエイトレスだったエスカも、ヤクル達と世界を回りながら結界と治癒魔法を使い続けたせいか、魔法使いになってもおかしくない程の魔力を有する。
ほとんどの人は魔法とは無縁の生活をしているせいで魔力がない。
メリッサは申し訳なさそうにしているが、多少なりとも魔力があるだけで凄い事なのだ。
「今日は王都からいっぱい人が来る予定……魔力が回復するまで待てない……ニール、ニール今すぐ来てぇ……」
弱音を吐き祈り始めたエスカの背をさすり、メリッサが立ち上がった瞬間、すぐ後ろの扉が開いた。
「え、まさか本当にニール様?」
「え、ヤクルでごめん」
「ニールがドアから入ってくるはずない……」
「え、ドアから来ちゃってごめん」
全員が全員状況が分からず顔を見合わせる。
水瓶に覆い被さっていたエスカは、最後の力を振り絞り崩れ落ちると、ずるずるとニールの足元まで這っていく。
「ニ、ニールールールール……」
「やめろ怖い怖い怖い! 分かってるからもう休め怖い! 助けてメリッサ!」
真っ白な顔ですがり付くエスカに、たまらずニールはメリッサに助けを求める。
「こっちはもう運んで良いやつか?」
部屋中に敷き詰められた水瓶の水を聖水に変え始めたニールの横で、ヤクルは端に避けてあった水瓶を二つ担ぎ上げる。
「お二人とも、その為に来てくださったのですか……?」
エスカを支えながら、メリッサは心底驚いたような声を上げる。
驚き魔力を込めすぎたニールは何個か水瓶を割ってしまい、ヤクルも危うく水瓶を落としそうになる。
「うん……。今日は大勢来る予定だから、水瓶運ぶの手伝わなきゃなって……」
「うん……。エスカだけじゃ魔力足りないだろうから手伝わなきゃなって……」
何故か二人とも申し訳なさそうに答えると、居心地が悪そうに背中を丸め水瓶を運び出す。
「エスカ様、やはりお二人は英雄様なんですね。ここぞと言う時頼りになるんですね」
不思議な感想を言うメリッサに、エスカは床に臥せったまま大爆笑した。
「エスカぁ、ちょっと助けて。痛てぇ」
夕方、ようやく教会から人が去り始めた頃、泥塗れで何故かあちこち焦げたニールが、子どもを二人担いで教会に姿をあらわした。
悲鳴を上げ駆け寄るメリッサに子どもを渡したニールは、その場にどさりと座り込むと、裏山を指差す。
裏山からは、ヤクルが子どもを二人担ぎ、更に数人の子どもを引率しながらこっちに向かってきていた。
「今日の楽しい勇者様とのふれあいタイム、凄かったぜ。王都の名のある魔法使いが引率のふりして入り込んでたらしくてな、力試しにこっそり俺とヤクルの足元の地面吹き飛ばしやがった。俺が魔法の実演をした瞬間を見計らって子どもごとドカーーン。発動のタイミングと合わせて防御遅らせるとか、確信犯過ぎる」
ニールの話を聞いたメリッサは、子どもの様子を確認する。
しかし、子どもはニールと違って怪我どころか、汚れのひとつもついていなかった。
「魔力の流れを感じたから、すぐ実演と同時に子どもには結界張ったんだけどなぁ。ほら、いつも結界ってお前任せだったし、癖でつい」
丁度合流したヤクルは、ニールの話を聞くとへらへらと笑って見せた。
「いや、マジであの結界意味分かんなかった。俺とこいつの足元が爆発したのに、その俺らには結界張らねぇんだもん」
「癖でついな。守るものが多すぎてすんげー焦った。まぁ、あれくらいの爆発ならいつも通り握り潰せるから良いんだけど、焦ってたから右手が黒焦げー」
ぱっと差し出したニールの右手は、二の腕まで黒く焼けていた。
エスカは卒倒しそうになるメリッサを支え座らせると、大きなため息をつく。
「久しぶりにニールが魔法で怪我したの見たわ。基本的にあんた自分に向かってくるどーでも良い攻撃魔法は防御しないで握りつぶすから、昔は毎日火傷だ骨折だ凍傷だって、本当に大変だったわよね。それにしてもその魔法使い、賢者に一撃入れたって勘違いしちゃうんじゃない?」
リリックに引きずられてくる例の魔法使いを横目で睨み付けたエスカは、慣れた様子でニールに治癒魔法をかける。
瞬く間に火傷が癒えていき、ほんの数秒ですっかり元通りになった。
「あーそっか。おいニール、さっき握った魔法、まだ持ってるだろ? そっくり投げ返してやれよ」
「馬鹿馬鹿。リリック神官も一緒に爆発するわ。返すけど」
ヤクルの変な提案を否定すると思いきや、提案通り握っていた魔法をそっくりそのまま投げ返す。
見事に命中し爆発し、魔法使いは吹き飛んでいく。
しかし、着弾する瞬間、しっかりとエスカが建物や地面、リリックや魔法使いに結界を張り、怪我はない。
ただただ命中した魔法の威力で、魔法使いは吹き飛んだだけだった。
「そこのお馬鹿な魔法使いさん。勇者と賢者に挑むのは勝手だけど、子ども達を巻き込まないで貰えるかしら? 正々堂々と手合わせしてごらん。魔力が勿体無いし面倒だから防御しない、攻撃こそ最大の防御の全力攻撃型の賢者の魔法、あなたは耐えられるかしらね。爆裂魔法でさえ切り捨てられる勇者の一撃に、あなたは耐えられるかしらね。魔族から二人を守り続けた聖女の結界に、あなたの魔法が通用するかしらね」
吹き飛び目を回す魔法使いに、エスカは冷たい声色で投げ掛ける。
「エスカ様いつもありがとーございまーす!」
「キャーエスカ様最高! エスカ様さいこー!」
冷たく魔法使いを見下ろすエスカの後ろで、ヤクルとニールがキャッキャと囃し立てる。
騒ぎを聞き付けたレイが教会から飛び出し、子ども達を教会の中へと導いていく。
「ニ、ニール様、お体はもう大丈夫なのですか……?」
心配そうにニールの腕をとったメリッサに、ニールは驚いたように振り返る。
「そりゃもう、エスカ様の治癒魔法だぜ? 余裕で全回復。なんたって俺たちを守り抜いた聖女様だ。俺の両腕が吹き飛んだ時も、ヤクルが全身丸焦げになった時も、顔色一つ変えずに一発で治した聖女様だ。これくらいの火傷、無傷と同じだ」
「そうそう。さ、あとはエスカ様に任せて、俺たちは教会に戻ろうか。これから何よりも怖いエスカ様によるお説教タイムだから、みんな見ない方が良い」
ヤクルとニールはさぁさぁとメリッサとリリック、再び戻ってきたレイの背中を押し、早々に教会の扉を閉める。
「えっでも、相手はいきなり攻撃してきた魔法使いなのですよね? エスカ様だけでは危険では」
不安そうに扉に駆け寄ったメリッサの腕を、ヤクルとニールはがっちりと掴む。
「メリッサは知らないだろうけど、一番怒らせたらヤバイのは俺でもヤクルでも無い。あいつだ」
「ホントに洒落にならない。見たきゃ覗いて見れば良いけど、トラウマになるからオススメはしない」
見たことが無いほど真剣な二人の顔に、メリッサだけではなくレイとリリックも何かを悟りにっこりと微笑んだ。
数時間後、信じられないほどスッキリとした顔で一人で戻ってきたエスカに、誰もなにも聞けなかった。




