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番外編;賢者のピアスと小さな決意

ボツネタ供養

「なぁバジチコ、俺も魔法使おうと思えば使えるのか?」

 

 変な略され方をしたバジルとチコリは、明らかに水汲みの途中で抜け出して来たであろうワイルディを静かに出迎えた。

 バタバタと門下生達が出入りする神殿の入り口。

 とりあえずここではなんだからと、二人は自室にワイルディを連れていくことにした。

 

「使おうと思えば使えるんじゃないの? よく分からないけど、僕たちが使えてるくらいだし」

「その水桶部屋に持ち込まないでよ」

 

 部屋の入り口に水桶を置き、部屋に入る。

 二人で使うには手狭な部屋に、更に魔法関連の本やノートが散乱し、座るのもやっとな部屋。

 三人はどうにか体をねじ込み落ち着くと、改めて話を始めた。

 

「法陣に魔力を送れば発動するから、試しにこれに魔力送ってみてよ」

 

 チコリはノートの山の真ん中辺りから一冊ノートを引き抜くと、パラパラとめくり照明と書かれた法陣を見せた。

 ノートを引き抜いた弾みで山が崩れたのをさらりと無視する二人に、ワイルディもなにも見なかった事にした。

 

「魔力を送るって、どうやって? そもそも俺って魔力あるのか?」

「こう、法陣に向かって……あれ、魔力ってどうやって送ってるっけ?」

「わかんない。おとーさんが昔やったみたいに、ワイルディ経由で僕たちが魔力送ってみようか。感覚つかめるかも」

 

 どうにもふんわりしたバジルとチコリだったが、以前ニールが二人に魔力を送り魔法を発動させたことを思い出し、試しにやってみることにした。

 

「んーー……ん?」

「ううん? んー?」

 

 しかし上手く出来ないのか、二人の魔力はワイルディの中をぐるぐると回り戻ってきてしまった。

 

「待って、ちょっと休憩。なんか体の中ぐるぐる回って気持ちわりぃ」

「僕も」

「僕もぉ」

 

 まだ始めたばかりだが、慣れない事に三人ともその場に寝そべってしまった。

 

「おかしいな。おとーさんこうやってたのに」 

「グラスも一応賢者様たから、実は凄い事やってたとかじゃね?」

「えー。じゃあおとーさん喚んだ方が早いかもー」

 

 すっかり子どもの頃のような口調に戻ってしまったチコリが、ノートをパラパラとめくる。

 召喚魔法と書かれたページを開き、なんの躊躇いも無く術を発動させる。

 三人の前に浮かび上がった法陣は、チコリの魔力を帯び徐々に赤く輝き出す。

 しかし、法陣が一際輝き光を振り撒き始めた時、チコリが小さな声を漏らすと同時に、法陣が思いきり弾け飛び三人を吸い込み始めた。

 

「なになに!? チコリ失敗したの!?」

「わかんない!」

「何で法陣完成してんのに失敗するんだよー!」

 

 三人は大騒ぎしながら、どうにか吸い込まれまいと抵抗するも、法陣は更に力強くなっていく。

 一番軽いバジルが浮き上がり、手を繋いでいたチコリも続けて浮かぶ。

 どうにかチコリの足を掴み踏ん張っていたワイルディだったが、法陣の力が強く、三人とも吸い込まれてしまった。

 

「「「うわぁああああああ!」」」

「うっせぇなぁ。耳元で大絶叫すんな落ち着け」

 

 吸い込まれたと思った矢先、なにかに思いきり捕まれ引っ張られ、今度は思いきり地面に叩きつけられた。

 頭が追い付かず地面に大の字で寝そべる三人を、ほとほと迷惑そうな顔でニールが見下ろしていた。

 

「お、おとーさぁあん!」

「おどぉぉざんんん!」


 未だ地面に寝そべるワイルディを蹴飛ばし、バジルとチコリは泣きじゃくりながらニールにしがみつく。

 ゆっくりと体を起こしたワイルディは、ここが神殿の中で、ニールが門下生達に教えている最中だったと気付いた。

 

「おと、おと……怖かったぁ!」 

 

 子どものように泣きじゃくりニールにすがる二人に、門下生達もハラハラと腰を浮かせている。

 しかし、ニールは門下生達を片手で制すると、チコリが持っていたノートをつまみ上げすぐ隣の机に置いた。

 

「チコリ、俺を喚ぼうとしたんだろ。召喚魔法は自分より格上には効かないんだよ。転移魔法と一緒で異界を通る召喚魔法を失敗したら、術者が異界に引きずり込まれるんだ。悪かった。まだ教える気が無かったから言ってなかった。独学でここまで覚えたのか、さすがだな。ワイルディも悪かったな」

 

 いつもの軽いものではなく諭すような口調のニールに、その意味を悟ったワイルディの背筋が凍る。

 三人を異界から引き抜いたであろうニールの右腕には、法陣が割れた時に少し見えた黒いもやと同じものがまとわりついている。

 チコリのノートを顔をしかめ覗き込む門下生達は、チコリの頭を撫で三人が無事だった事を静かに喜んだ。

 

「じゃあ、おとーさんを喚べる人は居ないって事?」

「今んとこな。数人がかりで俺以上の魔力ぶちこめば、何人か死ぬだろうけどまぁ出来るだろな。でもそこまでして俺喚ぶ理由なくね? 魔族との戦争中ならまぁまだ分かるが、今の時代に命と交換に俺喚ぶ理由がねぇ。と言うか、大人数でそんな事しやがった日には全力で抵抗してやる異界にぶち込んでやる。他にも召喚する方法はあるけど、全力で抵抗してやる」

 

 いつもの口調に戻り物騒な事を口走るニールに、ようやく門下生達も肩の力が抜ける。

 すると、普段からバジルとチコリに良くしてくれている門下生二人がそっとチコリに近づき耳打ちをする。

 

「チコリ様、先程のニール様の焦り様、見せてあげたかったですよ」

「本当に。突然目の前に法陣が現れて砕けたと思ったら、今まで見た事のないお顔で割れた法陣に腕を突っ込みましてね……フフフ」

「おいテメェら、異界ピクニック行くか? ……ったく、そりゃ焦るだろ。三人揃って異界に落ちてくとこだったんだぞ。召喚魔法重ねて喚べば良かったんだけど、人間焦ると手が出るもんだな。魔法なんか全部すっ飛んだ」

 

 和気あいあいとした雰囲気に戻ったが、門下生達は必要以上にバジルとチコリ、ワイルディの三人を撫で回す。

 ニールも安心したのか、ため息をつくとどかっと机に腰かけてしまった。

 

「で、なんか用があったんだろ」

 

 思い出したようにそうニールが問うと、バジルとチコリも思い出したように顔を上げた。

 

「そうだった。ねぇおとーさん、ワイルディも魔法使える? 魔力ある? 使ってみたいんだって」

「昔おとーさんがやったみたいに僕たちの魔力送ろうと思ったんだけど、上手くいかなかったんだ」

 

 すっかりいつも通りになったバジルとチコリは、交互に口を開き矢継ぎ早に聞く。

 順番に二人の話を聞き終えたニールは、心底珍しいと目を見開きワイルディに視線を向けた。

 

「へー、ワイルディが。でもパッと見すぐには無理そうだな。全く魔力が無い。驚く程無い。綺麗さっぱりまぁ芸術的。そりゃいくら二人が魔力を送っても足りねぇわ。人を経由して魔法使うのは、自分が魔法使う時の何倍何十倍もの魔力を使うからな。多少魔力があればまだそうでもないけど、ワイルディ魔力すっからかんだからなぁ。まずは多少でも魔力を作る練習か、手っ取り早く使いたいなら俺の魔力使うか」

 

 じろじろとワイルディをなめ回すように見ていたニールは頷くと、十個あるうちの一番小さなピアスを一つ取り、ワイルディに投げて寄越す。

 

「なに、これ」

「俺の魔力の結晶。戦争が終わって有り余る魔力の発散場所が無くて、どーしよーかなーって時に、そう言や賢者になった時王都の神殿の宝具を継承したなーって。んで、それに魔力注ぎ込んで発散してた。戦争が終わって六年? 毎日俺の魔力たらふく吸ってたピアス。さすが宝具、壊れない。十個あるからお好きにお使いください」

 

 好きなものを取れと言わんばかりに両耳を引っ張るニールに、ワイルディはそっとピアスを机に置き返す。

 話を聞いていた門下生達も、あからさまにピアスを避けるようにさっと離れていってしまった。

  

「怖すぎて使えるか! ……俺やっぱり魔法使えなくていい」

「そもそもワイルディは何の魔法が使いたかったの?」

 

 今さらバジルが問えば、何故かワイルディは言い淀み顔を反らす。

 不思議そうにバジルが首をかしげ、続けてチコリが首を傾げると、門下生も揃って首をおる。

 それでも尚言い淀んでいたワイルディだったが、ニールが首をかしげたのを見て、諦めた。

 

「毎日何回も何回も水汲み行くの、面倒だったから。魔法で出すか、庭に井戸掘れないかなって、思って」

 

 ポツリとワイルディがこぼすと、部屋中が静まり返った。

 ワイルディも、そんな些細なワガママでまさか異界に落ちそうになるとは思っておらず、どうしても言い出しにくかったのだ。

 微笑ましそうに笑う門下生の前で、バジルとチコリは開いた口が塞がらない。

 気まずそうに顔を背けるワイルディをしばらく眺めていたニールは、何を思ったかローブを脱ぐと机に広げ、法陣を刻み始めた。

 

「おとーさん、なに? なんの魔法?」


 賢者のローブを気にせず駄目にしていくニールに、気にした様子もないバジルは無邪気に覗き込む。

 

「いや、そうだよな。この村、いろいろ不便だよなって」

 

 珍しく複雑な法陣を描いているからか、返事になっていない。

 大きく複雑な法陣を一つ描くと、これまた珍しく一度手を止め考え込む。

 悩みながら法陣を描くことなどほとんど無いニールに、門下生達は今日は珍しいものばかりだと前のめりになる。

 ニールはまたすぐ動き出すと、その法陣の隣にいくつも小さな法陣を描き足していく。

 ローブ全体にまんべんなく法陣を描き終えると、ニールはローブを持ってふらふらと部屋の外へ。

 無意識に全員がニールのあとについて行くと、ニールはたまたま居合わせたレイ神父になにか相談し、レイ神父を連れ神殿を出る。

 ニールとレイ神父はキョロキョロと村を見渡すと、通りの真ん中に立ち二人で頷く。

 そして、ニールは持っていたローブを通りの真ん中に広げると、一番大きなピアスを取り、法陣の真ん中に突き刺した。

 すると、ローブを中心とし、噴水のような石造りの囲いが現れたと思った矢先、法陣から囲いすれすれまで水が溢れだした。

 しばらく法陣の様子を確認していたニールだったが、更に四つピアスを引き抜くと、法陣の四隅に差し込んでいく。

 すると今度は囲いから循環するように村全体に水路が広がっていき、完成したと思いきや、今度は水路が地面に埋まっていく。

 満足そうに成り行きを見届けていたレイ神父は、ニールに大きく頷いて見せる。

 ニールは頷き返すと、更にピアスをもう一つ、法陣に突き刺す。

 すると、村中の全ての家の裏に、石造りの洗い場付きの水道が現れた。

 

「よっし、これで良いだろ。今は魔力で動いてるけど、まぁそのうち魔力で引き寄せられた水が更に水を呼び自然に湧き出すだろよ。いやーーーーしんどい」

 

 立ち上がったと思った矢先、ニールは盛大に後ろに倒れた。

 異界から三人を引き抜いた時、大幅に魔力を使ったのもあったが、水の魔法の発動に残っていた全魔力を。魔法の調整と維持に宝具のピアスを六個。

 規模はそれほど大きくないが、常に湧き出す綺麗な水とその維持に、念には念をと意外な程魔力を消費してしまった。

 

「今日はもう無理賢者様終了のお知らせです寝ます起こさないでくださいおやすみなさい。ただ水場作っただけなのにざまぁないな俺。クッソ、鈍ってるなぁ。今後の為に改良すっか」

「はいはい。バジル、チコリ。お父上をお運びしてください」

 

 レイ神父の言葉で、ぶつぶつと独り言を言っていたニールは二人に引きずられていく。

 

「ニール様の魔力と宝具が六個。これは水が水を呼ばなくとも、半永久的に枯れないでしょうね。村の皆様に説明をしなくてはいけませんね。それにしても、地形や生態系を崩さないように、強制的に水を呼ぶなんて事をしないのが、あの方の素晴らしいところですね。そうした方がきっと手っ取り早く楽なのでしょうに」

 

 嬉しそうに呟いたレイ神父は、メリッサに状況を説明し、手分けして説明をしに行ってしまった。

 一人取り残されたワイルディは、湧き出す水に手を入れ、その冷たさと綺麗さを噛み締める。 

 てっきりサボるな等責められると思っていたワイルディは、ニールの姿に賢者を垣間見た。

 普段の軽薄な雰囲気のまま、当たり前のように術式を考え大魔法を使い、ワイルディの願いを満たして余りある形で解決してみせた。

 ワイルディも着想までは良かった。助けを求めた先も悪くなかった。

 足りなかったのは実力だけ。

 常人ならばどれだけ修行してもなし得ない事なので深く思い詰めなくても良いなのだが、ワイルディは違った。

 人を巻き込まず、着想から解決まで自らの手で。

 

「早く大人になろ」

 

 家の裏の水場で手を振るヤクルを眺めながら、ワイルディは越えるべき目標は身近にたくさんいると、目を輝かせた。

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